何処いづこ)” の例文
旧字:何處
唯その人を命として、おのれも有らず、家も有らず、何処いづこ野末のずゑにも相従あひしたがはんと誓へるかの娘の、つひに利の為に志を移さざるを得べきか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
は何者か、われに近くあゆみ寄る跫音あしおと、続いて何事か囁く声を聞き侯ふが、少時しばらくにして再び歩みいだせば、……あゝ何処いづこにて捕へられしや。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこぞと思ふ天井も、一面に黒み渡りて、年経としふる血の痕の何処いづこか弁じがたし、更科さらしなの月四角でもなかりけり、名所多くは失望の種となる。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
明日より何方いづかたへ行かむとするぞ。汝が魂、何処いづこにか在る。今までの生涯は夢なりしか。うつゝなりしか。まこと人の心に神も仏も無きものか。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「男やある、何処いづこにか住む」など、口々に問ふに、をかしき事、添へごとなどすれば、「歌は歌ふや、舞ひなどするか」と問ひもはてぬに
濫僧考補遺 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
この両著書に於て二大家相邇近じきんしたりとは前に述べたる所なるが、て両著書の相邇近したる中心点は何処いづこに存するや。
母子が全く奉公人を使ひをらざりしことは確実なり。家屋には第四層の外、何処いづこにも家財を備へあらざりしものゝ如し。
まなこ閉づれば速く近く、何処いづこなるらんことの音聴こゆ かしら揚ぐれば氷の上に 冷えたるからだ、一ツ坐せり 両手もろてふるつて歌うたへば 山彦こだまの末見ゆ、高きみそら
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
よろしう御座んすたしかに受合ひました、むづかしくはお給金の前借にしてなり願ひましよ、見る目と家内うちとは違ひて何処いづこにも金銭のらちは明きにくけれど
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
が、此の部屋を離れて、いな母を離れて、彼女は一人何処へ行くところがあらう。たゞ一人、縋り付く由縁よすがとした母を離れて何処いづこへ行くところがあらう。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
何処いづこにか去れる、杜鵑とけんの行衛は問ふことを止めよ、天涯高く飛び去りて絶対的の物即ち理想アイデアルにまで達したる也。
抑々そもそも当流ノ元祖戸田清玄ハ宿願コレ有ルニヨツテ、加賀国白山権現ニ一七日ノ間、毎夜参籠さんろう致ス所、何処いづこトモナク一人ノ老人来リ御伝授有ルハレコノ流ナリ」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ブラ/\と面白おもしろき空想をつれにしてどて北頭きたがしら膝栗毛ひざくりげあゆませながら、見送みおくはててドヤ/\と帰る人々が大尉たいゐとしいくつならんの、何処いづこ出生しゆつしやうならんの、あるひ短艇ボートこと
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
一葉は「うき世にすてものゝ一身を何処いづこの流れにか投げ込むべき、学あり力あり金力ある人によりておもしろくをかしくさわやかにいさましく世のあら波をこぎ渡らん」
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
笑声嗚咽をえつ共に唇頭しんとうに溢れんとして、ほとんど処の何処いづこたる、時の何時なんどきたるを忘却したりき。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
老いたる男 (いぶかしげに四下あたりを見廻はす貌)ここは何処いづこぢや、何処ぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
此のゆゑに労働者は結局雇主が自由に決定せる工場内規に服するの外なく、し労働者が其の工場内規の如何いかん、又は衛生的危険防止等の設備の有無を問ふ時は、何処いづこに於ても絶望不満に堪へざるのみ。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
し方も行方ゆくへも知らぬ沖にでてあはれ何処いづこに君を恋ふらん
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
うつそ身を魂のはなるる時やいつ離れて行くを何処いづことか知る
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
まつたきひかりの日にわがきてうたはむは何処いづこの野べ。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
なりと答ふれば、何処いづこにて求め給ひしやと云ふ。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
とゆき、かくゆき、さまよへる此処ここ何処いづこ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
何処いづこより見ゆるともなくいでおもひをみな
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
総て何処いづこにか罪過なくんばあらず。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
ふるへては何処いづこへかむせび入り
ピアノ (新字旧仮名) / 三富朽葉(著)
さあれ何処いづこへこの河を
都喜姫 (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
今は何処いづこ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
遊覧せんとありしには似で、貴婦人の目をあぐれども何処いづこを眺むるにもあらず、うつむき勝に物思はしき風情ふぜいなるを、静緒は怪くも気遣きづかはしくて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何処いづこを見ても若葉の緑は洪水のやうに漲り溢れて日の光に照される緑の色の強さは閉めた座敷の障子にまで反映するほどである。
花より雨に (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
何処いづこへ蠢めき去らむとするぞ。やよ鬼三郎。何処いづこへ行くぞと。大声にて叫ぶ声、われとわが耳に入りて夢醒むれば、何時いつの間にかまどろみけむ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
胸にたゝまるもや/\の雲の、しばし晴るゝはこれぞとばかり、飲むほどに酔ふほどに、人の本性はいよいよ暗くなりて、つのりゆく我意がい何処いづこにかれらるべき
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今しも書生の門前をうはさして過ぎしは、此のひとの上にやあらん、むらさき単衣ひとへに赤味帯びたる髪房々ふさ/\と垂らしたる十五六とも見ゆるは、いもとならん、れど何処いづこともなく品格しないたくくだりて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
めざるもの誰ぞ、悟らざるもの誰ぞ。損喪そんさうせざるものつひ何処いづこにか求めむ。
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
予は幾度か周密なる思慮に思慮を重ねたるの後、やうやくにして満村を殺害す可き適当なる場所と手段とを選定したり。その何処いづこにして何なりしかは、敢て詳細なる叙述を試みるの要なかる可し。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
他の時なればうるさき混雑こんざつやと人をいとおこるべきに、ただうれしくてこらへられず、車をりて人のすまゝに押されて、言問団子ことゝひだんごの前まではきしが、待合まちあはす社員友人の何処いづこにあるや知られず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
ああ地は広けれども、何処いづこぞや
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
何処いづこに消えしと気付ける時
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
そこ此処こゝに二三けん今戸焼いまどやきを売る店にわづかな特徴を見るばかり、何処いづこ場末ばすゑにもよくあるやうな低い人家じんかつゞきの横町よこちやうである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その歩々ほほおとせし血は苧環をだまきの糸を曳きたるやうに長くつらなりて、畳より縁に、縁より庭に、庭より外に何処いづこまで、彼は重傷いたでを負ひて行くならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さて其の後、二人とも何処いづこにか行きけむ。声も無く、足音もきこえず。半刻はんときあまりの間、寺内、森閑として物音一つせず。谷々に啼く山鶯の声のみ長閑のどかなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
碧空へきくう澄める所には白雲高く飛んで何処いづこに行くを知らず、金風きんぷうそよと渡る庭のおもには、葉末の露もろくも散りて空しくつちに玉砕す、秋のあはれはかり鳴きわたる月前の半夜ばかりかは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
我れ拾ひあげて人にせんと招くもなければ、我れから願ひて人に成らん望みもなく、はじめは浮世に父母ある人うらやましく、我れも一人は母ありけり、今は何処いづこに如何なることをしてと
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
先に拿翁の蹂躪じうりんに遭ひ、今後更に慮るところあり。昔日暴風雨をしのぎ、疾雷閃電の猛威を以て、中原を席捲せきけんし去りたる夢は今何処いづこにかある。平和の君、平和の君、切に此邦このくにを憐れまれん事を願ふ。
想断々(2) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
すなはち人をして才人巨源を何処いづこかの逆旅げきりよに刺殺せしめたりと言ふ。あんずるに自殺にけふなるものは、他殺にも怯なりと言ふべからず。巨源のこの理をわきまへず、みだりに今人を罵つてつひに刀下の怨鬼えんきとなる。
八宝飯 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その親鳥の飛び去れるは何処いづこぞ。
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
梯子段には敷物なければ、恰も氷を踏砕ふみくだくが如き物音、人気ひとけなき家中かちゆうに響き、何処いづこより湧きいづるとも知れぬ冷き湿気、死人の髪の如くに、余が襟元を撫で申候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
むかうのきしかんとしたまひしに、ある学者がくしやきたりてひけるはよ。何処いづこたまふともしたがはん。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あはれかかるよ、歌よむ友のたれかれつどひて、静かに浮世うきよほかの物がたりなど言ひ交はしつるはと、にはかにそのわたり恋しう涙ぐまるゝに、友に別れし雁唯一ただひとつ、空に声して何処いづこにかゆく。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何処いづこより来給きたまふや、知りがた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
今日こんにち築地つきぢ河岸かしを散歩しても私ははつきりと其の船宿の何処いづこにあつたかを確めることが出来ない。わづか二十年ぜんなる我が少年時代の記憶の跡すら既にかくの如くである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)