駕籠かご)” の例文
「早く! 早く! 早くしておくれ! 大急ぎだよ! 川を越したら駕籠かごをを飛ばしてね、このあて名のところへすぐ行っておくれ」
もし駕籠かごかきの悪者に出逢ったら、庚申塚こうしんづかやぶかげに思うさま弄ばれた揚句、生命いのちあらばまた遠国えんごくへ売り飛ばされるにきまっている。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
駕籠かごを呼ぶと御近所の人の目に立つし、濡れて歸しちや、万一風邪かぜでも引くと惡いし。と、うまく引止められるものだから、たうとう
甲斐は駕籠かごででかけた。空はうっとうしく曇ってきて、湿気のあるなまぬるい風が、ときどき、乾いた道の上にほこりを巻き立てていた。
修理しゅりは、越中守が引きとったあとで、すぐに水野監物けんもつに預けられた。これも中の口から、平川口へ、青網あおあみをかけた駕籠かごで出たのである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
笠森かさもりのおせんだと、だれいうとなくくちからみみつたわって白壁町しろかべちょうまでくうちにゃァ、この駕籠かごむねぱなにゃ、人垣ひとがき出来できやすぜ。のうたけ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
出入ともに駕籠かごの戸を開かず、家の者も見ることをえなかったが、翌朝出発の時に礼だと称して、こんな物を置いて去ったという。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
これによって見ても、まんなかのお駕籠かごがお雪ちゃんで、前後のあんぽつに、健斎、道庵の両国手が乗込んでいることと想像ができる。
取建四方の道筋みちすぢへは與力同心等晝夜出役して往來わうらいの旅人うま駕籠かご乘打のりうちを禁じ頭巾づきん頬冠ほゝかぶりをも制し嚴重に警固せり天一坊方にては此樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「やや一大事! だれぞないか、伊那丸いなまる駕籠かごをかためていた者は取ってかえせ、敵の手にうばわれては取りかえしがつかぬぞッ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江戸の兄をたよって江戸で暮し、東京で死んだ六十九年、彼女は三十三に私の父を抱いて、通し駕籠かごで故郷を訪れたきり二度とゆかない。
その返事を聞く手段であったと見えて、私は二晩、土間の上へ、可恐おそろしい高い屋根裏に釣った、駕籠かごの中へ入れてつるされたんです。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちにオランダ代理公使ブロックと、その書記官クラインケエスとを乗せた駕籠かごは、正香や縫助の待ち受けている前へさしかかった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「見事なおくらを拝見してありがたい。駕籠かごのなかからはなはだご無礼ではあるが、まことにご苦労であったと厚くお礼を申しております」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「どうじゃ、お梅、今日はだいぶ気あいがよさそうなが、それでも、あまり歩いてはよろしくない、駕籠かごなと申しつけようか」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
土下座とか云って地面じべたへ坐って、ピタリと頭を下げて、肝腎かんじん駕籠かごが通る時にはどんな顔の人がいるのかまるで物色する事ができなかった。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「のう、かかさん。もう今宵も迎える駕籠かごが見えそうなもの……おお、あの跫音あしおとは、ありゃお使かもしれませぬ。早く着更えておきましょう」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
先をいくお絃の駕籠かごが、つと路傍みちばたに下ろされた。前棒さきぼうの駕籠屋の草鞋わらじがゆるんだから、ちょっとここで締め直して行きたいというのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大分だいぶ調子がいから友之助はちょい/\くと、帰りにった時は、大儀だろう駕籠かごに乗って帰るがいと云って、駕籠へ乗せて帰す。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だから私に取っては、土曜日を待つのが何よりも楽しみであった。土曜の昼過ぎになると、いつも蒲平カマートー太良タラー駕籠かごを持って迎えに来たものだ。
私の子供時分 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
ところがある朝、ハボンスがいつもの通り出かけようとしてると、その小さな宿屋へ、王様から迎ひの駕籠かごが参りました。
シャボン玉 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
その日の夕方、日のかげる頃を見計って朝太郎の吉松殿は、牡丹ぼたんに丸の定紋じょうもんのついた、立派な駕籠かごに乗せられて、城下の方へつれて行かれました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
長崎の奉行所に廻勤かいきんに行くその若党わかとうに雇われてお供をした所が、和尚が馬鹿に長いころもか装束か妙なものを着て居て、奉行所の門で駕籠かごを出ると
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
万事がそれだで私も欲しくはなかったけれど、いい気持はしなかった。それで初産ういざんの時、駕籠かごで家へ帰ったきり行かずにしまったというわけせえ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
五百らの乗った五ちょう駕籠かごを矢島優善やすよしが宰領して、若党二人を連れて、石橋いしばし駅に掛かると、仙台藩の哨兵線しょうへいせんに出合った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
御大家ごたいけのお孃樣……だか、奧樣だか、……阿母おつかさん……だか知らないが、お駕籠かごにでも召さないとお疲れになるんだね。』と、小池はひやゝかに笑つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
奉公人への指図はもちろん、旅客の応待から船頭、物売りのほかに、あらくれの駕籠かごかきを相手の気苦労もあった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
頂上の根本中堂こんぽんちゅうどうまではまだ十八町もあるというので、駕籠かごをどうかと定雄は思ったが、千枝子は歩きたいと云った。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「そんなことをいう奴は、よろしく箱根山を駕籠かごで越す時代へかえれだよ。蜂矢君、もし幽霊がでなかったら、君にはいいたいことがたくさんあるよ」
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
佐渡奉行さまは、柄の長い大きい駕籠かごで来られました。その駕籠を船で佐渡ヶ島へ持つてゆくのだと仰有いました。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
または質屋の手代てだい、出入りの大工、駕籠かごかきの九郎助にまで、とにかく名前を思い出し次第、知っている人全部に、吉野山の桜花の見事さを書き送り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
○演技指導における俳優と演出者の関係は、ちょうど一つの駕籠かごをかつぐ先棒と後棒の関係に似ている。先棒の姿は後棒に見えるが、先棒自身には見えない。
演技指導論草案 (新字新仮名) / 伊丹万作(著)
駕籠かごを抜けたが麻雀マージャンお玉。警察さつのガチャガチャ置き土産。アラ行っちゃったア……っていうのはどうだい」
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たとえ身分は駕籠かごかきであれ、病魔を払った今回の大功、人間業と申すよりむしろ神業かみわざとでも申すべきか、戦場における一番鎗より遥かに秀でた立派な働き。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
九月二十四日の夕七つ半頃(午後五時)に二挺の駕籠かごが東海道の大森を出て、江戸の方角にむかって来た。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
調度類ちょうどるい前以まえもっ先方せんぽうおくとどけていて、あとから駕籠かごにのせられて、おおきな行列ぎょうれつつくってんだまでのはなしで……しきはもちろん夜分やぶんげたのでございます。
公卿くげが衣冠をつけて牛車ぎっしゃ参内さんだいするというのは、京の俳趣を現して居るが、大名が鳥毛の槍をふらせて駕籠かごで登城するというのは、江戸の俳趣を現して居るのです。
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
梨地金蒔絵、鋲打びょううちの女乗物。駕籠かごの引戸開けて風を通しながらの高田殿は、又してもここでつぶやかれた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
白米三斗九升が一分、秩父絹二疋で二朱と四百文、駕籠かご賃(飯田台から赤羽橋まで)七十四文、大まぐろ片身二百二十四文、かやの油五合が二十四文、白砂糖半斤五十二文
酒渇記 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
周囲は駕籠かごが通り人々は煙草たばこをふかし、茶をのみ乍ら四方山よもやまはなしにふける普通の現実の世界である。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やがておおいなる古菰ふるごもを拾ひきつ、これに肴を包みて上よりなわをかけ。くだんの弓をさし入れて、人間ひと駕籠かごなど扛くやうに、二匹前後まえうしろにこれをになひ、金眸が洞へと急ぎけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
なんとふことだ。天氣てんき上等じやうとうのとほりの青空あをぞらだ。かうして自分じぶん荷車にぐるまにのせられ、そのうへにこれはまたほか獸等けものら意地いぢめられないやうに、用意周到よういしうとうなこの駕籠かご
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
必死の覚悟を極め御同人御駕籠かごへ近寄り、自己の建議押立て申すべしなど、一旦存立て候段、国家の御為を存じ成し仕り候旨申立つるなれども、公議をはばからず不敬の至り
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
出雲に行わるるところは大分これとちがい爺と媼と姫を鎮守祠に詣らせんとて、駕籠かご買いに出た跡に天探女あまのじゃく来り、姫を欺き裏の畑へ連れ行きその衣服を剥ぎ姫を柿の木に縛り
二寸三寸の手斧傷ちょうなきずて居られるか居られぬか、破傷風がおそろしいか仕事のできぬが怖ろしいか、よしや片腕られたとて一切成就の暁までは駕籠かごに乗っても行かではいぬ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
飛行機に乗って太平洋を横断したり、或は文明を過去に逆行して、古風な駕籠かごに乗って旅行したりするのは詩的であるが、普通の汽車に乗って平凡な旅行をするのは散文的だ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
フェノロサと私とは村まで八マイルを歩き、ドクタアと一行の他の面々とは駕籠かごによった。ドクタアはこの旅行の方法を大いに楽しんだ。時々この上もない絶景が目に入った。
お宮さんの社務所のような大きな玄関、その横の天井には、芝居の殿様が乗ってくるような駕籠かごがつってあった。君子は勝手口らしい入口の大きな戸を泣きながら身体で開けた。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
そこへ駕籠かごの垂れをはねて現われたブラックの幡随院長兵衛、眼色の変った大親分、ぬうと立って握手でもしそうな手付、台詞にかかると高座でお馴染の舌ったるい外人口調に
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
大文字屋の主人は既に棒鼻へ「するがや」の提灯をさげた駕籠かごにどっかり納まっていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)