“迷(まよい)” の例文
少なくとも血を分けた親兄弟の情としては、これが本人ただ一人の心の迷(まよい)から出たものと解してしまうことが昔はできなかった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ただ躊躇(ちゅうちょ)する事刹那(せつな)なるに、虚をうつ悪魔は、思うつぼに迷(まよい)と書き、惑(まどい)と書き、失われたる人の子、と書いて、すわと云う間(ま)に引き上げる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と迷(まよい)の道は妙なもので、死ぬのが嬉しくなって、お村は友之助の膝に片手を突いて友之助の顔を見詰めて居りましては又ホロリ/\と泣きます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
誰もこの迷(まよい)ばかりは免れぬわ。やっぱりそれこちとらがお花主(とくい)の方に深いのが一人出来て、雨の夜(よ)、雪の夜もじゃ。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くだらぬ歌書ばかり見て居っては容易に自己の迷(まよい)を醒(さ)ましがたく見るところ狭ければ自分の汽車の動くのを知らで隣の汽車が動くように覚(おぼ)ゆるものに御座候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
これは矢張(やはり)自分の迷(まよい)であったかと思って、悠然と其処(そこ)を出て、手を洗って手拭(てぬぐい)で手を拭きながら、一寸(ちょっと)庭を見ると彼は呀(あっ)と驚いた、また立っていたのだ、同じ顔
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
何事か面白相に語らい行くに我もお辰と会話(はなし)仕度(したく)なって心なく一間(いっけん)許(ばか)り戻(もど)りしを、愚(おろか)なりと悟って半町歩めば我しらず迷(まよい)に三間もどり、十足(とあし)あるけば四足(よあし)戻りて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしあの恐ろしい死顔を見たら迷(まよい)の夢が醒めました。何もかも白状致します……ハイ……ハイ……
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(窓に立ち寄る。)何処(どこ)の家(うち)でも今燈火(あかり)を点(つ)けている。そうすると狭い壁と壁との間に迷(まよい)や涙で包まれた陰気な世界が出来て、人の心はこの中(うち)に擒(とりこ)にせられてしまうのだ。
水を泳ぐと木に登ると全く別のように考えたのは一時(いちじ)の迷(まよい)であったと云うことを発明しました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
されども誰人か天国の光景を知らん。ここにヨブの苦みあり、三友の迷(まよい)が在るのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
多くの人々にどうか悪い怪物(ばけもの)にならないで五官の迷(まよい)を捨て修養の道に工夫を凝らし三摩地(さまち)の境(きょう)に入っていい怪物(ばけもの)におなりなさいと勧め、これで一向(いっこう)怖く無い怪物談(ばけものだん)を切上(きりあ)げる事にする。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
ある時はわが大学に在りしことを聞知(ききし)りてか、学士(がくし)博士(はかせ)などいう人々三文(さんもん)の価(あたい)なしということしたり顔(がお)に弁(べん)じぬ。さすがにことわりなきにもあらねど、これにてわれを傷(きづつ)けんとおもうは抑(そも)迷(まよい)ならずや。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「門が明くような音がしたのは、おれの耳の迷(まよい)だったかしら。」
影 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
堕落させ、果し合い、あちこちへ流離(さすら)わせ、迷(まよい)の衢(ちまた)を
災害を予報し、作法方式を示し、時あって憂(うれい)や迷(まよい)を抱く者が、この主人を介して神教を求めんとしたことも、想像にかたくないのであった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
霧が毒だつたり、怪我(けが)過失(あやまち)だつたり、心の迷(まよい)ぐらゐなことは実は此方(こっち)から言ひたかつた。其をあつちこつちに、お前さんの口から聞かうとは思はなかつた。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
古今上下東西の文学など能く比較して御覧可被成(なさるべく)、くだらぬ歌書ばかり見てをつては容易に自己の迷(まよい)を醒(さ)ましがたく、見る所狭ければ自分の汽車の動くのを知らで
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
倘(もし)迷(まよい)を執りて回(かえ)らず、小勝を恃(たの)み、大義を忘れ、寡を以て衆に抗し、為(な)す可からざるの悖事(はいじ)を僥倖(ぎょうこう)するを敢(あえ)てしたまわば、臣大王の為に言(もう)すべきところを知らざる也(なり)。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
愛は迷(まよい)である。また悟(さと)りである。愛は天地万有(ばんゆう)をその中(うち)に吸収して刻下(こっか)に異様の生命を与える。故(ゆえ)に迷である。愛の眼(まなこ)を放つとき、大千世界(だいせんせかい)はことごとく黄金(おうごん)である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然(そ)うしてね、お前とは縁切(えんきり)に成って仕舞ったから、私が出這入りをする訳じゃアないが、縁は断(き)れても血筋は断れぬと云う譬(たと)えで何(なん)となく、お前の迷(まよい)から此様(こん)な難儀をする
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
全国の人が唯(ただ)政府の一方を目的にして外(ほか)に立身の道なしと思込(おもいこ)んで居るのは、畢竟(ひっきょう)漢学教育の余弊で、所謂(いわゆる)宿昔(しゅくせき)青雲の志と云うことが先祖以来の遺伝に存して居る一種の迷(まよい)である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
荒海(あらうみ)の怒(いかり)に逢(あ)うては、世の常の迷(まよい)も苦(くるしみ)も無くなってしまうであろう。己(おれ)はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。
即(すなわ)ち種々(いろいろ)ある手段によって三摩地(さまち)の境涯(きょうがい)に入れば自ら五官の力を借りずに事物を正しく知ることが出来る、古来聖人君子の説かれた教(おしえ)は皆この五官の迷(まよい)を捨てよと云う事に他ならないのである。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
「余りに久しくさいなみ玉ふな。今も我が額(ぬか)に燃ゆるは君が唇なり。はかなき戯とおもへば、しひて忘れむとせしこと、幾度(いくたび)か知らねど、迷(まよい)は遂に晴れず。あはれ君がまことの身の上、苦しからずは聞かせ玉へ。」
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
迷(まよい)の衣(きぬ)の、方々の隅を攫んで引いているのだ。
魂(たま)の上(あが)る時、巫子は、空(くう)を探って、何もない所から、弦(ゆんづる)にかかった三筋ばかりの、長い黒髪を、お稲の記念(かたみ)ぞとて授けたのを、とやせんとばかりで迷(まよい)の巷(ちまた)。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それだから千金の春宵(しゅんしょう)を心も空に満天下の雌猫雄猫(めねこおねこ)が狂い廻るのを煩悩(ぼんのう)の迷(まよい)のと軽蔑(けいべつ)する念は毛頭ないのであるが、いかんせん誘われてもそんな心が出ないから仕方がない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
熟々(つく/″\)考えれば唯(たゞ)不思議な事で、十月からは蛇が穴に入(い)ると云うに、十一月に成って大きな蛇が出たり、又先頃墓場で見た時、身の毛立つ程驚いたのも、是は皆心の迷(まよい)で有ったか
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
身代(しんだい)の釣合(つりあい)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にする男も世に多いわ、おまえの、イヤ、あなたの迷(まよい)も矢張(やっぱり)人情、そこであなたの合点(がてん)の行様(ゆくよう)、年の功という眼鏡(めがね)をかけてよく/\曲者(くせもの)の恋の正体を見届た所を話しまして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
迷(まよい)じゃ、迷は迷じゃが、自分の可愛い男の顔を、他(ほか)の婦人(おんな)に見せるのが厭(いや)さに、とてもとあきらめた処で、殺して死のうとまで思い詰めた、心はどうじゃい。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
迷(まよい)の種であるから、自覚の一助にもなろうかと親切心からちょっと申し添えるまでである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また柔(やさ)しい処のあるは真に是が本当の女で、斯(か)かる娘は容易に無いと疾(とう)から惚込んで、看病をする内にも度々(たび/\)起る煩悩を断切り/\公案をしては此の念を払って居りましたが、今は迷(まよい)の道に踏入(ふみい)って
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
上 迷迷迷(めいめいめい)、迷(まよい)は唯識所変(ゆいしきしょへん)ゆえ凡(ぼん)
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷(まよい)をいたわって、悟そうとしたのである。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔の感激主義に対して今の教育はそれを失わする教育である、西洋では迷(まよい)より覚めるという、日本では意味が違うが、まあディスイリュージョン、さめる、というのであります。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
独(ひと)り生存の欲を一刻たりとも擺脱(はいだつ)したるときにこの迷(まよい)は破る事が出来る。高柳君はこの欲を刹那(せつな)も除去し得ざる男である。したがって主客を方寸に一致せしむる事のできがたき男である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恋じゃ、迷(まよい)じゃ、という一騒(ひとさわ)ぎござった時分は、この浜方(はまがた)の本宅に一家族、……唯今(ただいま)でも其処(そこ)が本家、まだ横浜にも立派な店(たな)があるのでありまして、主人は大方(おおかた)その方(ほう)へ参っておりましょうが。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
才に任せ、気を負(お)えば百人の男子を物の数とも思わぬ勢(いきおい)の下から温和(おとな)しい情(なさ)けが吾知らず湧(わ)いて出る。どうしても表情に一致がない。悟(さと)りと迷(まよい)が一軒の家(うち)に喧嘩(けんか)をしながらも同居している体(てい)だ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
湯の噴出(ふきだ)します巌穴(いわあな)が直(じ)き横手にござりますんで、ガタリといえば、ワッと申す、同一(おなじ)気の迷(まよい)なら、真先(まっさき)がけの道理なのでござりますが、様子を承りますと、何、あすこじゃまた、北隣の大島楼が
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は思わず後(あと)へ退(さが)った。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持(ここち)がした。気の迷(まよい)と思ったが、実はお悦が八郎を引(ひっ)ぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助が駈(か)けて通った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
迷(まよい)の多い人間を、あわれとばかり思召せ。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
心の迷(まよい)か知れませんが。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)