蹴落けおと)” の例文
私は、何よりもそのきとした景気の好い態度ようす蹴落けおとされるような心持ちになりながら、おずおずしながら、火鉢ひばちわきに座って
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
見れば、夜鴉のを根から海へ蹴落けおとす役目があるわ。日の永い国へ渡ったら主の顔色が善くなろうと思うての親切からじゃ。ワハハハハ
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最後に小泉孤松こいずみこしょうの書いた「農家のうか義人伝ぎじんでん」の中の一篇によれば、平四郎は伝吉のいていた馬に泥田どろた蹴落けおとされたと云うことである。(註三)
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
同じ越後えちごの柏崎出のあの伊豆屋伍兵衛を蹴落けおとして、この筆屋が成り変ってお城の御用を仰せつかることも出来ようというものだ
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
才兵衛はひとり裏山に登ってすぎの大木を引抜き、牛よりも大きい岩をがけの上から蹴落けおとして、つまらなそうにして遊んでいた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この評判に蹴落けおとされて春廼舎の洗練された新作を口にするものはほとんどなく、『国民之友』附録に対する人気を美妙が一人で背負せおってしまった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
堂堂どうどう遠慮えんりよなくあらそつべく、よわき者やぶるる者がドシドシ蹴落けおとされて行く事に感傷的かんせうてき憐憫れんびんなどそゝぐべきでもあるまい。
六十歳の老人、長い間の滿ち足りた生活が、此處に眞つ黒な溝で斷ち割られ、一瞬失望のドン底に蹴落けおとされたのです。
ゆかぐるみに蹴落けおとさぬかいやい。(狼狽うろたえて叫ぶ。人々床几とともに、お沢を押落おしおとし、取包んで蝋燭の火を一度に消す。)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さいわい闇夜やみよにて人通ひとどおりなきこそ天のたすけと得念が死骸しがいを池の中へ蹴落けおとし、そつと同所を立去り戸田様とださま御屋敷前を通り過ぎ、麻布あざぶ今井谷いまいだに湖雲寺こうんじ門前にで申候処
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それを聞くと、怒る前に、自分が——屍体したいになった自分の身体が、底の暗いカムサツカの海に、そういうように蹴落けおとされでもしたように、ゾッとした。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「つまり、誰か、このわしを蹴落けおとそうという不逞ふていの部下が居て、わしに相談もしないで敵を攻めているのではなかろうか。そいつは、恐るべき梟雄きょうゆうである!」
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「庭先へ蹴落けおとしてくれよう。色呆いろぼけて、とりとめなくなったとみえる。その扇であやつの頭を叩いてやれ」
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
みぎひだりひかけては大溝おほどぶなか蹴落けおとして一人ひとりから/\と高笑たかわらひ、ものなくて天上てんじやうのおつきさま皓々こう/\てらたまふをさぶいといふことらぬなればたゞこゝちよくさはやかにて
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
蹴落けおとそうかという事ばかり寝ても醒めても忘れていない下等動物でしかあり得ないのだからね。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、昨夜さくや海嘯つなみは、吾等われら一同いちどう希望きぼう天上てんじやうより、絶望ぜつぼう谷底たにそこ蹴落けおとしたとおもはれます。』
おそらく血は刀に附くいとまがなかったろう——切ると一緒に高いところから足で蹴落けおとして(その証拠には、かすりきずがいくつもある)、下へころがって行く屍体の音を聞きながら
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
久米一くめいちがいった。いつか窯焚かまたきの百助ももすけ蹴落けおとした時に、「おれのわざはこんな山の中に封じられて終るような小さなものではないと。偉大なものは世の中へあふれ出ずにはいない」
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、叔母はいきなり私をえんから土間に突き落した。いや、蹴落けおとした。それでもまだ物足らなかったのか、自分も跣足はだしで飛び降りて来て、二尺ざしで私をところ構わずなぐりつけた。
すると、肝腎の鈴虫や、朝すずの声は蹴落けおとされてしまった上、前栽は完全に空家の感じを出してしまった。でも私は、内心かなり得意なつもりで寝たものだ。ところへ父が帰って来た。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
が、詰るところ天一坊の悪事は摘発され、大岡越前としては法の威厳を示す必要上この坊主をば白洲の縁側から蹴落けおとすのであるが、演劇ではここは大向うなるものがうなりだすそうである。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あいちやんはおもつてはるしたはう其煙突そのえんとつ蹴落けおとしました、しばらくするとちひさな動物どうぶつあいちやんにはなんだかわかりませんでした)が、其煙突そのえんとつなか攀登よぢのぼらうとしておときました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
小平のために吾妻川あがつまがわの深い所に蹴落けおとされ、既に私も此の子も助かりようのない所へ北牧村きたむくむらの百姓清左衞門せいざえもんという人が通りかゝり、助けてくれました所、縁あって其のいえにずる/\べったり
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
突然男は両手を腰掛の布団の上に突いて身を起して、両足で、掛けてあった鼠色ねずみいろ外套がいとうを下へ蹴落けおとして、立ち上がろうとした。しかし汽車の動揺に妨げられて、また腰掛の隅へ倒れ掛かった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
彼らは他人ひとを彼らと同程度に引きり落して喝采かっさいするのみか、ひとたび引き摺り落したものを、もう一返いっぺん足の下まで蹴落けおとして、堕落は同程度だが
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中学時代に、あの馬鹿の竹一から、ワザ、ワザ、と言われて脊中せなかを突かれ、地獄に蹴落けおとされた、その時の思い以上と言っても、決して過言では無い気持です。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
幸運こううん悲運ひうんのけじめは勿論もちろんあるとしても、つ者がつにはかならず當ぜん由がある。蹴落けおとされて憐憫れんびんつ如き心かけなら、はじめから如何なる勝負せうふにもたゝかひにも出る資格しかくはないわけだ。
わが子を縁から蹴落けおとし出家入道をげた西行法師さいぎょうほうしが、旧愛の妻にめぐり会ったという長谷寺の籠堂こもりどう。竜之助はともかくもここで夜を明かそうとして、その南の柱の下に来ました。
縁の上から蹴落けおとした——あの一せつなの泣き声に——いつも呼びまされるためである。
あゝ、天上てんじやうから地獄ぢごくそこ蹴落けおとされたとて、人間にんげんまで失望しつぼうするものではあるまい。
公子 (色ややけわし)随分、勝手を云う。が、貴女の美しさに免じて許す。歌う鳥がさえずるんだ、雲雀ひばりは星をしのぐ。星は蹴落けおとさない。声が可愛らしいからなんです。(女房に)おい、げ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「Yのフォード」を一躍「Yの監獄部屋」にまで蹴落けおとしてしまうものであるか、と煽動し、全従業員の一致的行動によって、没落に傾いている自分達の地位を守ろうとでもするらしかった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そして、今、こうした孤独にまで蹴落けおとされた刹那せつな、私ははっきりと知った。教師なんて、どんなに臆病な、不誠意な、そしてその説くところがどんなに空虚な嘘ッ八であるかということを。
その者はただいま谷底へ蹴落けおとしましたが、持って逃げたたいせつな品が見あたらず、追手の者の申すにはこの家へお預けするのを見たとのことで、失礼をも顧みずおたずねいたしたしだいでござる
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私を蹴落けおとす前に、まず生き証人のお安を殺したのでございましょう。
それが取りも直さず彼のまさに死の国に蹴落けおとそうとしつつある友とその細君の家だったのである。彼はある日何気ない顔をして友の住居すまいたたいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吸子きゆうすを取って、沓脱くつぬぎを、向うむきに片褄かたづま蹴落けおとしながら、美しい眉を開いて
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私を蹴落けおとす前に、先づ生き證人のお安を殺したので御座いませう。
ときは長篠ながしの合戦の直後である。久しいあいだ不敗の鉄軍と誇っていた甲山の武田をして、一転、第二流国へ蹴落けおとしてしまった程な大捷たいしょうを博して凱旋したばかりの領主をいただいている職人町であった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らの足もとの石ころを一つ蹴落けおとしてよこす。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分をこんな所に蹴落けおとしたのは誰だと考える暇もない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)