裁縫しごと)” の例文
その時分四十位の中柄ちゅうがらの男で勢いの好い、職人はだで、平日しじゅうどてらを着ていた。おかみさんが、弟子のそばで裁縫しごとをしていたものだ。
清三は夕暮れ近くまで、母親の裁縫しごとするかたわらの暗い窓の下で、熊谷くまがやにいる同窓の友に手紙を書いたり、新聞を読んだりしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
御米が茶の間で、たった一人裁縫しごとをしていると、時々御爺おじいさんと云う声がした。それはこの本多の御婆さんが夫を呼ぶ声であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ついてはの菊を手前の女房にろうと思うが、気に入りませんかえ、随分器量もく、心立こゝろだても至極宜しく、髪も結い、裁縫しごとくするよ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さあ段々絵を見ると其理解わけが聴きたくなつて、母が裁縫しごとなんかして居ると、其処そこへ行つては聞きましたが、面倒くさがつてナカ/\教へない。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
炉のすみに転げて居る白鳥はくちょう徳利どくりの寐姿忌〻いまいましそうにめたるをジロリと注ぎ、裁縫しごとに急がしき手をとめさして無理な吩附いいつけ、跡引き上戸の言葉は針
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お利代は一生懸命裁縫しごとに励んでゐる。時には智恵子から習つた讃美歌を、小声で小供らに歌つて聞かしてる事もある。村では好からぬ噂を立てた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お母さんは何処にいるんだ? と聞くと、下谷にいて、他家よその間を借りて、裁縫しごとをしているんです、と言う。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
……それ源ちゃんは斯様こんなだし、今も彼の裁縫しごとしながら色々いろんなことを思うと悲しくなって泣きたくなって来たから、口のうちで唱歌を歌ってまぎらしたところなの。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
四日程逗留とうりゅうして、台所だいどこをしたり、裁縫しごと手伝てつだったり、折から不元気で居た妻を一方ならず助けて往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
で、私はね、町の女子供を寄せて手習いや、裁縫しごとを教えたり、夜もおそくまで、賃仕事をしましてね。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
お兼 今のに少し裁縫しごとをしよう。(炉のはたに近く縫いさしの着物を持ちきたり針を動かす)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
裁縫しごとやお洗濯にも相当自信がありますし、お望みなら、部屋の中に、いつも花ぐらいは絶やさないようにして置きますわ。……それから、あたしは咳によく利く薬草のせんじ方も知っているんです!
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
裁縫しごとをするそばの火鉢で、丹念たんねんに煮物をする。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
「それではお裁縫しごと?」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
本當ほんたう御天氣おてんきだわね」となかひとごとやうひながら、障子しやうじけたまゝまた裁縫しごとはじめた。すると宗助そうすけひぢはさんだあたますこもたげて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あんたはおうち柔和おとなしやかに裁縫しごとをなすっていらっしゃるは、どうも恐入りますねえ、ド、どうも富五郎どうも頂きました
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
剪刀はさみを袖の下へかくして来て、四辺あたりみまわして、ずぶりと入れると、昔取った千代紙なり、めっきり裁縫しごとは上達なり、見事な手際でチョキチョキチョキ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄暗く火屋ほやの曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈の下で、物思はし氣に悄然と坐つて裁縫しごとをしてゐたお利代は、『あ、お歸りで御座いますか。』と忙しく出迎へる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
嬉いのうと悦んで其儘戸外おもてへ駈け出し、珍らしう暖い天気に浮かれて小竿持ち、空に飛び交ふ赤蜻蜓あかとんぼはたいて取らうと何処の町まで行つたやら、嗚呼考へ込めば裁縫しごとも厭気になつて来る
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
姉は話しながら裁縫しごとの針を止めぬのである。前に鴨脚いちょうの大きい裁物板たちものいたが据えられて、彩絹きぬ裁片たちきれや糸やはさみやが順序なく四面あたりに乱れている。女物の美しい色に、洋燈ランプの光が明かに照り渡った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
裁縫しごとをさせますと、日が一日襦袢じゅばんそでをひねくっていましてね、お惣菜そうざいの大根をゆでなさいと申しますと、あなた、大根を俎板まないたに載せまして、庖丁ほうちょうを持ったきりぼんやりしておるのでございますよ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
裁縫しごとをしていた婆さんは、針の手をやめて、大きな眼鏡めがねの上からにらむように敬太郎を見たが、ただ一口、うらないですかと聞いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富「毎度面倒な事を頼んで、大分裁縫しごとうまいと云うので、大きにさいも悦んでいる、ついては忙しい中を態々わざ/\呼んだのは他の事じゃアないが、此の払物はらいものの事だ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ガタビシする入口の戸を開けると、其処から見透すとほしの台所の炉辺ろばたに、薄暗く火屋ほやの曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈つりらんぷもとで、物思はし気に悄然しよんぼりと坐つて裁縫しごとをしてゐたお利代は
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
でも、そうやって検死されるのを、死ねば……あの、空から、お振袖を着て見ているから可いわ。私お裁縫しごとが少し出来ます、貴方あなたにも、ちゃんと衣服きものを着せますよ、おはかまもはかせましょうね。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
嬉しいのうとよろこんでそのまま戸外おもてへ駈けいだし、珍らしゅう暖かい天気に浮かれて小竿こざお持ち、空に飛び交う赤蜻蜓あかとんぼはたいて取ろうとどこの町まで行ったやら、ああ考え込めば裁縫しごとも厭気になって来る
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
細君は裁縫しごとが一番好きであった。よる眼がえてられない時などは、一時でも二時でも構わずに、細い針の目を洋燈ランプの下に運ばせていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富「中々寝度ねたくない、一服頂戴、お母様はお寺参り、また和尚さんと長話し、和尚様はべら/\有難そうにいいますね、だが貴方あんたがお裁縫しごと姿の柔和おとなしやかなるは実に恐れ入りますねえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「本当に好い御天気だわね」となかひとごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少しもたげて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縁側から突飛つきとばしたり…こんなにきずが有るよ、あのね裁縫しごとが出来ないに出来る振をして、お父さんが帰ると広げて出来る振をして居るの、お父さんが出てくと、突然いきなり片付けて豌豆えんどうまめが好きで
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
敬太郎けいたろうはこう観察して、そっと餡転餅屋あんころもちやに似た差掛の奥をのぞいて見ると、小作こづくりな婆さんがたった一人裁縫しごとをしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富「茶屋町の裁縫しごとをいたす縫というものは何かえ、あれは亭主でも有るのか」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私の知っている母は、常に大きな眼鏡めがねをかけて裁縫しごとをしていた。その眼鏡は鉄縁の古風なもので、たまの大きさが直径さしわたし二寸以上もあったように思われる。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母は寺参りに往ってお隅が一人奥で裁縫しごとをしている。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
裁縫しごとの手をめて、火熨に逡巡ためらっていた糸子は、入子菱いりこびしかがった指抜をいて、鵇色ときいろしろかねの雨を刺す針差はりさしを裏に、如鱗木じょりんもくの塗美くしきふたをはたと落した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
喜いちゃんは、誰が詫まるものか、泥棒と云ったまま、裁縫しごとをしている御母さんのそばへ来て泣き出した。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小女こをんな一人ひとり使つかつて、あさから晩迄ばんまでことりとおともしないやうしづかな生計くらしてゝゐた。御米およねちやで、たつた一人ひとり裁縫しごとをしてゐると、時々とき/″\御爺おぢいさんとこゑがした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
相變あひかはらずせいますね」とつたなり、長火鉢ながひばちまへ胡坐あぐらをかいた。あによめ裁縫しごとすみはうつていて、小六ころくむかふて、一寸ちよつと鐵瓶てつびんおろしてすみはじめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「字が書けなくっても、裁縫しごとが出来なくっても、やっぱり姉のような亭主孝行な女の方が己は好きだ」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして先刻さっき裁縫しごとをしていた時に散らばした糸屑いとくずを拾って、その中からこんと赤の絹糸のかなり長いのをり出して、敬太郎の見ている前で、それを綺麗きれいり始めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうして裁縫しごとを勉強すると、今に御嫁に行くときに金剛石ダイヤモンド指環ゆびわを買ってやる」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相生さんが先へ立って、この狭い往来を通ると、裁縫しごとをしたり、子供を寝かしたりしているかみさん達が、みんな叮嚀ていねい挨拶あいさつをする。しかし中には気がつかずに何か話しているのも見える。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三十分ばかりして格子こうしががらりといたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽をかぶった、弟の小六ころく這入はいって来た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)