やぶ)” の例文
そして、湿っぽい林道の両側には熊笹くまざさやぶが高くなり、熊笹の間からは闊葉樹かつようじゅが群立して原生樹林帯はしだいに奥暗くなっていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
もし駕籠かごかきの悪者に出逢ったら、庚申塚こうしんづかやぶかげに思うさま弄ばれた揚句、生命いのちあらばまた遠国えんごくへ売り飛ばされるにきまっている。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「隣の庭のやぶの中にありましたよ。ろくに掃除さうぢをしない上に、草がひどいから、虫も蛇も出さうで、難儀な搜しものでしたよ、親分」
やぶを突ついて蛇を出した」野村とその同志たちはこう云った、「——われわれの味方だと思ったのに、とんでもない逆手を食った」
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浅く傷を癒す医者はやぶ医者だ。良医は患部を底までえぐる。患者は悲鳴をあげて泣き叫ぶが、これによって完全に治療されるのです。
藤木家の寺院おてらは、浅草菊屋橋のほとりにあって、堂々とした、そのくせ閑雅な、広い庫裏くりをもち、やぶをもち、かなり墓地も手広かった。
あんな大きな腫物はれもののあとなんてあるはずがないし、筋肉の内部の病気にしても、これ程大きな切口を残す様なやぶ医者は何所どこにもないのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
記載されるところによると、この患者は経過がよくて間もなく全快しそうに思われたが、とうとうやぶ医術の犠牲になってしまった。
木ややぶがけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎は黄金きんのどんぐりを見、やまねこはとぼけたかほつきで、遠くをみてゐました。
どんぐりと山猫 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その証拠には、この老人は、ひとの眼に触れたこともないような、やぶかげの一輪の花の消息にさえ、ちゃんと通じているのである。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
田圃が湖にならぬが不思議で、どうどうとになって、前途ゆくて一叢ひとむらやぶが見える、それを境にしておよそ二町ばかりの間まるで川じゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言ったが、やぶから棒ということのようである。若々しく美しい声をしているが、だれであるかを舞い姫は考え当てることもできない。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
おまけにこうやぶから棒では何のために太子が抑留されていられるのか、どうにも私には意味の捕捉も付きようのないことであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ぶらぶらのぼってその辻まできてみると、椿とやぶに埋まって西行さいぎょう法師の歌碑うたぶみがあり、それと並んで低い竹垣根をい廻した高札場こうさつばがある。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「リザヴェータまで殺してしまったんだからねえ!」ラスコーリニコフの方へ向きながら、ナスターシャがやぶから棒にこう言った。
しかしこの場合です。「あんなやぶ医者では」ナンテ、頭から医者を信用しなければ、どれだけ名医せんせいが親切に治療してくれてもだめです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
でも見渡す限りのこの不破の古関のあとの、庭にも、やぶにも、畠にも、爽涼そうりょうたる初秋の気がちて、悪気の揺ぐ影は少しもありません。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なにうまはゐなかつたか? あそこは一たいうまなぞには、はひれないところでございます。なにしろうまかよみちとは、やぶひとへだたつてりますから。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
四郎五郎しろごろうさんのやぶよこまでかけてると、まだ三百メートルほどはしったばかりなのに、あつくなってたので、上衣うわぎをぬいでしまった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
砂路の右側には藁葺わらぶきの小さな漁師の家が並び、左側にはおぎや雑木のやぶが続いていた。漁師のうちにはもう起きて火を焚いている処があった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
國「だがねえ旦那え、それはいが、おめえさんやぶつッついて蛇を出してはいけませんぜ、是りゃアとんでもない喧嘩になりますぜ」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
父の茶道はもとよりしかるべきやぶうちの宗匠について仕上げをしていたのであるが、しかも父の強い個性はいたずらな風流を欲しなかった。
お蓮さまの寮とは、反対側のこの小やぶのなかです。前は、ちょっとした草原になっていて、多人数の斬りあいには、絶好の場処。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そんなら傷ついた曲者はどうして令嬢やアルベールやヴィクトールの眼から逃れ去ったのだろうか?巡査や下男たちがやぶを分けて探したり
雪におおわれたやぶが、経帷子きょうかたびらを着た幽霊のように彼の路を取りまいているのを見て、なんどもなんども彼はぞっとしたものだ。
あの津辺つべ定公さだこうち親分の寺でね。落合おちあいやぶの中でさ、大博打おおばくちができたんだよ。よせばえいのん金公も仲間になったのさ。それを
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「まあ、そんなものでさ。でも、こんなやぶ医者にかかっちゃかなわないなんて、函館の方の人は皆そう言っていましょうよ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは一つのやぶであったか、酒神の祭であったか、それとも一つの要塞ようさいであったろうか。眩惑げんわくの羽ばたきによって作られたものかと思われた。
へんに曲りくねった裏道をすこしも間違えないでずんずん歩いていった。が、そのうちに、大きな屋敷ややぶばかりが続いているところへ出た。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
お時が出て行くや否や、小林はやぶからぼうにこんな事を云い出した。お延は相手が相手なので、あたらずさわらずの返事をしておくに限ると思った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天井桟敷さじきに陣どって見物してたんですが、とつぜんやぶから棒に、いやどうも驚くまいことか、その天井桟敷から、「ブラボー、シルヴァ!」と
と呼びながら、身長せいの高い肩幅の広い男が、大えのきすその、やぶの蔭から、ノッソリと現われて来た。その声で解ったと見え
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼はかたわらのやぶへはいって行ったが、やがて一匹の黄いろいのある大虎が藪のなかから跳り出て、すさまじいうなり声をあげてたけり狂うので
まるでやぶをなしているんだが、みるからにやわらかそうで、食ったらさぞ美味いだろうと思われる。でそこを通るたびにうらやましくてならなかった。
美味放談 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そして、のこしの牛肉のきれをやって、はなしてやりました。たぬきは肉をもらって、あたまをぴょこぴょこさげながら、やぶの中へはいっていきました。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
もうそこを逃げ出して、親しい河岸に駆けてゆき、いつもみずからいろんな話を考えるあのやぶの後ろに、はいり込んでしまいたいような気もした。
それを、指を一本一本折るようにして、やっと放して、やぶの中に、投げ込んだが、突然、おそわれるような気持になって、バラバラと駆け出した。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
やぶの中の黄楊つげの木のまた頬白ほおじろの巣があって、幾つそこにしまの入った卵があるとか、合歓ねむの花の咲く川端のくぼんだ穴に、何寸ほどのなまずと鰻がいるとか
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ほそあしのおかげではしるわ、はしるわ、よつぽどとほくまでげのびたが、やぶのかげでそのうつくしいつのめがさヽ引掛ひつかかつてとう/\猟人かりうどにつかまつたとさ。
農家の庭先、あるいはやぶの間から突然、犬が現われて、自分らを怪しそうに見て、そしてあくびをして隠れてしまう。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おんなの呼び来たりて、お豊を抑留しつ。このひまにと武男はつとやぶを回りて、二三十歩足早に落ち延び、ほっと息つき
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ええ、ええ、『本所ほんじょうに蚊がなくなれば大晦日おおみそか』と云うが、ここのはやぶなんだからなかなか本所どころじゃあない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
柏井かしわいすうちやんがお嫁に来てくれれば、わたしの仕合は言ふまでもない、雅之もどんなにか嬉からう。子を捨てるやぶは有つても、懲役に遣る親は無いぞ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
八幡やはたやぶ知らずで路に迷うて行きづまった場合には後へもどって別の道を試みるよりほかにいたし方がないごとく、哲学者も一度入り口までもどって
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
だんだん遠ざかっていく黒いうしろ姿が村はずれのやぶのかげにかくれて見えなくなると、健はくるりと左をむいた。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
今夜はいつになく風が止んで、墓地と畑の境にそそり立ったはんの梢が煙のように、え渡る月をいて物すごい光が寒竹のやぶをあやしく隈どっている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
道もない険岨けんそな山をきわけて登り、水の音を聞いてこの谷に降りて来た。やぶと木の根を伝い、岩をとび越えまた水の中を押し渡り、砂礫されきを踏みつけた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
のみならず、その夏はまだこのコースを踏んだ人があまりないと見えて、思はぬ場所にやぶがはびこつてゐたりして、女連中の足はなかなかはかどらなかつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
古い池の辺はやぶで、狐や狸が住んでいた位で、その藪を開いて例の「万国一覧」の覗眼鏡の興行があったのです。
とどろく音、枝の裂ける音、そうして光りが十ヤードばかり——松ややぶや、ありとあらゆる物が坂の下へ崩れ落ちて来て、われわれの道をふさいでしまった。