にが)” の例文
わたし達が子供のときに何か取留めのない化物話などを始めると、叔父はいつでもにがい顏をして碌々ろくろくに相手にもなつて呉れなかつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そして未練というものは微かであっても堪えがたいほどににがい……。清逸はふとこの間読み終ったレ・ミゼラブルを思いだしていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
にがい真実を臆面おくめんなく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々御詫おわびを申し上げますが
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
義男はその爲に毎日出て行くある群れの塲所にゐても絶へず苦笑を浮べてゐなければならない樣な、にがい刺戟にくわすのであつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
かの小さき溪のかこひなきところに一の蛇ゐたり、こは昔エーヴァににが食物くひものを與へしものとおそらくは相似たりしなるべし 九七—九九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
逃げること、できるだけ早く逃げること——あたかも、この町から逃げ出せば、そこに見出したにがい幻滅を残して行けるかのように。
ジャン・ヴァルジャンはまた言葉を切りながら、自分の言葉の後口がいかにもにがいかのようにようやくつばをのみ込んで、また続けた。
煎藥を、にがい顏をして飮み下したわたしは、あれとこれと、今日から明日中にしてしまふ仕事のはかどりを考へてニコついてゐた。
煎薬 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
私はちよつとにがい笑ひになつた。おばあさんの貯金帳には次兄の遺物ゐぶつを賣り拂つたお金が、三百圓そこそこしか殘つてゐない筈だつた。
おばあさん (旧字旧仮名) / ささきふさ(著)
にがい追憶も今はかへつて甘いものとなり、——過去の世界はその度ごとに新らしい感懷を伴つてなほも幾たびかよみがへつてくる。——
盲目 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
その叔父がにがりきって、罵倒ばとうするのだから、拙者もちょッと面食らった。——で理由をただすと、法月弦之丞は決して死んではおるまい。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、少なくとも二十匹の昆虫が、地上に倒れて死んだときに、彼はベアトリーチェを見かえって、にがにがしげにほほえんだ。
これはみんな毒草! 良薬は口ににがしということですから、見て身ぶるいするほどいやな草なればこそ、薬としての効能が強いものか。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
にがい/\くすりでしたが、おなかいたときなぞにそれをむとすぐなほりました。おくすりはあんなたかやまつちなかにもしまつてあるのですね。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
Jesuヂェシュー Mariaマリヤ! どれほどにがみづその蒼白あをじろほゝをローザラインのためあらうたことやら? 幾何どれほど鹽辛水しほからみづ無用むだにしたことやら
くらうときにははしを投じ、したるときにはち、ただちにいて診したのは、少時のにがき経験を忘れなかったためだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かれ前年ぜんねんさむさがきふおそうたときたねわづか二日ふつか相違さうゐおくれたむぎ意外いぐわい收穫しうくわく減少げんせうしたにが經驗けいけんわすることが出來できなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
見て居ると、にがさうに顏をしかめながらも、美しく飮み乾して、直ぐ私に返した。そしてお兼から徳利を受取つて、またなみ/\と酌ぐ。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
その上ねた子供のように、睫毛まつげの長い眼を伏せると、別に何と云う事もなしに、桃色の手紙を破り出した。男はちょいとにがい顔をした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人からあわれまれているとおりに確かに自分は寂しい、自分のめているものはにがいほかの味のあるものではないと夫人は思ったが
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
にがい経験を二度している。考えるだけでも胸がドキ/\する。掲示を見上げて自分の名が出ていないと、心臓が止まるような心持になる。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
叔母の心を汲分けて見れば道理もっともな所もあるからと云い、叔母のにがり切ッた顔を見るも心苦しいからと云うは少分しょうぶんで、その多分は
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
深尾さんの詩に、むさぼりて 吸へどもかなし にがさのみ 舌にのこりて 吸へどもかなし、ばらの花びら こんなのがある。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
無遠慮な批評を試みると口を四角にあいて非常ににがい顔をされたが、それでも、その批評を受けいれてさらに手を入れられることもあった。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分は、それを堀木ごとき者に指摘せられ、屈辱に似たにがさを感ずると共に、淫売婦と遊ぶ事にも、にわかに興が覚めました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
多くの男女なんにょの恋のうちで、ただゆるされた恋のみが成就するのじゃ。そのほかの人々はみな失恋のにがいさかずきをのむのじゃ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
幕のあいたときから、友田喜造は、鳶のような細く鋭い眼を、異様にぎらつかせていたが、いかにもにがそうにめていた盃を、下に置いた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ならばッぱくなるし——カミツレさうならばにがくするし——トつて——トつて砂糖さたうやなどでは子供こどもあまやかしてしまうし。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そして、それはにがい、或ひは悲しげな微笑ではなく、いかにも我意わがいを得たと云つたやうな、深い滿足したやうなものであつた。
スマ子女史がにがわらいして立あがった。午前九時にやってくる月極のタクシーがすでに玄関わきで彼女の出勤を待っていた。
職業婦人気質 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
『君は何時も人の話を茶にする。』と忠志君はにがり切つた。『君は何時でも其調子だし、どうせ僕とは全然まるつきり性が合はないんだ。 ...
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「何処へ行っていらしったの?」と私にいた。私はお前が私のことでどんなににがい気もちにさせられているかを切ないほどはっきり感じた。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その葉は龍葵りゅうきのようで味がきものようににがいから、それで龍胆りんどうというのだと解釈してあるが、しかし葉がにがいというよりは根の方がもっとにが
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
私が今机の上の柚の実より受ける感じは、ちやうどこの風変りな画家に描かれた小魚と同じやうに、無愛相な渋面とにがつぱい皮肉とである。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
乳房をあてがっても、子供は出ないのを知っているものですから、含ませてもにがそうに舌の先で乳房を押出してしまいます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
にがい吐息を交へることもあり、落莫として唇を噛むこともあり、たゞ味気なく、ひとり物思ひにうち沈むこともあります。
其代り所謂宗匠に視せると、宗匠はにがい澁い顏をするもので、其の又宗匠のイヤな顏をするのを面白がつたものであつた。
淡島寒月氏 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「富ちゃん、お止しなさいよ。丹羽さんこそにがみばしって、会社員で御当世じゃないの。吉っちゃんなんかたかが西洋雑貨店の番頭さんですわ」
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
にがそうに笑いながら云う。私はべつに賭博好きというわけではないが、それでも、おじさんの止められない気持は、察しのつかないことはない。
おじさんの話 (新字新仮名) / 小山清(著)
寧ろそれは一層にがく一層苦しくなるであらう。併しその戰ひは今や「他」との戰ひではなくて「己れ」との戰ひである。
三太郎の日記 第三 (旧字旧仮名) / 阿部次郎(著)
如何いかなる得意のものでもめられるとにがい顔をして、如何なる不得意のものでもけなされると一生懸命になって弁明した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼が増長し出してから、折々にがいことをいうのは、始終彼の傍で彼を教育し、彼を助けてきたMさんとOだけでした。
ある男の堕落 (新字新仮名) / 伊藤野枝(著)
罰金やと安二郎はにがり切ってお君の答弁振りをのゝしったが、豹一はふと、故買の嫌疑ならお君よりむしろ安二郎に掛かるのが当然であったと疑い
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
それに、あなたが人世のにがい経験をかなりに経て来られたことは神様が知っておられますからな。なに、心配することはありませんよ。私があなたを
ああ! それよりはもっと悪いんさ! ああいう可哀そうな畜生どもがしょっちゅう口にしてるのはにがい味ばかりなんだ。そして奴らはつらい暮しを
しかるに我ら親子の者は、にがい虫でも噛み潰したように見たくもない顔ばかりして、ご諫言ばかり申しているので、殿の受けが眼立って悪くなった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
如何に頑固な先生の加担者かとうどでも、如何程にがり切ったあなたの敵対者てきたいしゃでも、堪え難いあなたの苦痛と断腸だんちょう悲哀かなしみとは、其幾分を感ぜずに居られません。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
故国をく如き一種の気安さを感じると共に、みづからもまたこれ等の大群と運命をひとしくする弱者である事に想ひ到つてにがい悲哀にたれざるを得なかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
常に可忌いまはしと思へる物をかく明々地あからさまに見せつけられたる貫一は、得堪えたふまじくにがりたる眉状まゆつきしてひそかに目をそらしつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
たとえばこの薬は何にくか知らぬけれども、自分達よりほかにこんなにがい薬をむ者はなかろうと云う見識で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)