“胃(ゐ)” の例文
其(そ)の間(あひだ)彼(かれ)は只(たゞ)の一度(ど)でも軟(やはら)かな飯(めし)を快(こゝろ)よく嚥(の)み下(くだ)したことがない、勞働者(らうどうしや)の多(おほ)く貪(むさぼ)らねばならぬ強健(きやうけん)なる胃(ゐ)は到底(たうてい)軟(やはらか)な物(もの)に堪(た)へ得(う)る處(ところ)ではない。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
二十五六歳(さい)の頃(ころ)より毎日(まいにち)朝夕(てうせき)實行(じつかう)して、七十七歳(さい)の今日(こんにち)に及(およ)び、爾來(じらい)數十年間(すうじふねんかん)頭痛(づつう)を忘(わす)れ、胃(ゐ)は健全(けんぜん)となり、感冐(かんばう)に犯(をか)されたる事(こと)未(いま)だ一度(いちど)もあらず。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
『日出雄(ひでを)さん、餘(あんま)りやると胃(ゐ)を損(そん)じますよ。』と氣遣(きづかひ)顏(がほ)の私(わたくし)さへ、其(その)生臭(なまくさ)い肉(にく)を口中(こうちう)充滿(いつぱい)に頬張(ほうば)つて居(を)つたのである。
併しおかづは手輕(てがる)だ、葡萄豆(ぶだうまめ)と紫蘇卷(しそまき)と燒海苔(やきのり)と鹿菜(ひじき)と蜊貝(あさり)のお汁(つゆ)………品は多いが、一ツとして胃(ゐ)の腑(ふ)の充(み)たすに足(た)りるやうな物はない。加之味も薄い。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
後(あと)で聞(き)くと、弴(とん)さんの苦心(くしん)は、大根(だいこん)おろし。まだ御馳走(ごちそう)もない前(まへ)に、敢(あへ)て胃(ゐ)の消化(せうくわ)を助(たす)けるためではない。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
消化(こな)れない堅(かた)い團子(だんご)が胃(ゐ)に滯(とゞこ)うつてゐる樣(やう)な不安(ふあん)な胸(むね)を抱(いだ)いて、わが室(へや)へ歸(かへ)つて來(き)た。さうして又(また)線香(せんかう)を焚(た)いて坐(す)はり出(だ)した。其癖(そのくせ)夕方(ゆふがた)迄(まで)は坐(すわ)り續(つゞ)けられなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
初(はじ)め彼(かれ)は寒氣(さむけ)を身(み)に覺(おぼ)え、吐氣(はきけ)を催(もよほ)して、異樣(いやう)な心地惡(こゝちあ)しさが指先(ゆびさき)に迄(まで)染渡(しみわた)ると、何(なに)か胃(ゐ)から頭(あたま)に突上(つきあ)げて來(く)る、而(さう)して眼(め)や耳(みゝ)に掩(おほ)ひ被(かぶ)さるやうな氣(き)がする。青(あを)い光(ひかり)が眼(め)に閃付(ちらつ)く。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ロミオ (廟の前に進みて)汝(おのれ)、死(し)の母胎(ぼたい)め、世(よ)に又(また)とない珍羞(ちんしゅう)を貪(むさぼ)り食(く)ひをった憎(にッく)い胃(ゐ)の腑(ふ)め、汝(おのれ)の腐(くさ)った顎(あぎと)をば、まッ此(こ)のやうに押開(おしひら)いて、(と廟の扉を抉(こ)ぢあけながら)汝(おのれ)への面當(つらあて)に
余(よ)は現時(げんじ)人(ひと)より羨(うらや)まるゝ程(ほど)の健康(けんかう)を保(たも)ち居(を)れども、壯年(さうねん)の頃(ころ)までは體質(たいしつ)至(いた)つて弱(よわ)く、頭痛(づつう)に惱(なや)まされ、胃(ゐ)を病(や)み、屡(しば/\)風邪(ふうじや)に犯(をか)され、絶(た)えず病(やまひ)の爲(ため)に苦(くるし)めり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
しばらくして、御米(およね)が菓子皿(くわしざら)と茶盆(ちやぼん)を兩手(りやうて)に持(も)つて、又(また)出(で)て來(き)た。藤蔓(ふぢづる)の着(つ)いた大(おほ)きな急須(きふす)から、胃(ゐ)にも頭(あたま)にも應(こた)へない番茶(ばんちや)を、湯呑程(ゆのみほど)な大(おほ)きな茶碗(ちやわん)に注(つ)いで、兩人(ふたり)の前(まへ)へ置(お)いた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鍋(なべ)の中(なか)は少(すこ)しぷんと焦(こげ)つく臭(にほひ)がした。彼(かれ)はお玉杓子(たまじやくし)で掻(か)き立(た)てた。鍋(なべ)の底(そこ)は手(て)を動(うご)かす毎(ごと)にぢり/\と鳴(な)つた。彼(かれ)は僅(わづか)に熱(あつ)い雜炊(ざふすゐ)が食道(しよくだう)を通過(つうくわ)して胃(ゐ)に落(お)ちつく時(とき)ほかりと感(かん)じた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さういふ残物(のこりもの)と冷(つめ)たく成(な)つた豆腐汁(とうふじる)とをつゝいても麥(むぎ)の交(まじ)らぬ飯(めし)が其(そ)の口(くち)には此(こ)の上(うへ)もない滋味(じみ)なので、女房等(にようばうら)は其(そ)の強健(きやうけん)で且(かつ)擴大(くわくだい)された胃(ゐ)の容(い)れる限(かぎ)りは口(くち)が之(これ)を貪(むさぼ)つて止(や)まないのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)