紅絹もみ)” の例文
小僧さんのする盲目縞めくらじまの真黒な前かけでもあることか、紫地に桜の花がらんまんと咲いて、裏には紅絹もみのついているちりめんのチョン髷
それもただの袋ではない。小楊枝こようじでも入れてあったのではないかと思われるような、なまめかしくも赤い紅絹もみの切れの袋でした。
長椅子から立って来るとき、伸子は、テーブルのわきに落してしまっていたのを知らずに、紅絹もみの針さしを靴の先でふみつけた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ちとたりないほどの色男なんだ——それが……医師いしゃも駆附けて、身体からだしらべると、あんぐり開けた、口一杯に、紅絹もみの糠袋……
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お次の間には老女笹尾が御添寝を承わり、その又次の間が当番の腰元二人、綾女あやじょ縫女ぬいじょというのが紅絹もみきれで眼を押えながら宿直に当った。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
女は尺に足らぬ紅絹もみ衝立ついたてに、花よりも美くしき顔をかくす。常にまさ豊頬ほうきょうの色は、く血潮のく流るるか、あざやかなる絹のたすけか。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そう」と云っておのぶは徳利を置き、たもとから紅絹もみきれに包んだ剃刀かみそりを出してみせた、「——これよ、これを出してみせるの」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よく見ると、その上に殿様が裸のまゝ胡坐あぐらを掻いてゐた。ほんの素つ裸で、たつた一つ紅絹もみ犢鼻褌ふんどしを締めてゐるだけだつた。
と、はや担夫たんぷに命じて、虎の台と、彼の駕籠かごとをかつぎ上げさせた。駕籠(手輿てごし)には、晴れの紅絹もみやら花紐はなひもが掛けてある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皆川半之丞の案内で裏へ廻ると、狹い庭の植込の蔭に、さしも美しかつたお京は、紅絹もみの一と束のやうに、碧血へきけつに染んでこと切れて居るのです。
お雪は帯の間から、これも目のさめるほどな紅絹もみ布片ぬのきれを取り出して、その獣に向って振ると、眼をクルクルして、いつまでもそれを見ている。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ええ、ええ、それは申すまでもございません。へえ、毎朝お蔵から出して台へ並べる時に、手前自身で紅絹もみきれ丹念たんねんに拭きますんで、へえ。」
その妻の両手は紅絹もみのきれ地で縛られている。全くの偶然のことかも知れない。が、誰かの心遣いでもあるかと、私は赤い絹の色を見つめている。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
庭に向へる肱懸窓ひぢかけまどあかるきに敷紙しきがみひろげて、宮はひざの上に紅絹もみ引解ひきときを載せたれど、針は持たで、ものうげに火燵にもたれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
馬立のある小屋の小暗いところに、紅絹もみの袋をかぶせた二尺ばかりの高さの伏籠が置いてあって、その中でガサガサと気ぜわしく動きまわる鶏の足音が聞えた。
春の山 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
暖かで燃え立つようだった若い時のすべての物の紀念かたみといえば、ただこの薄禿頭、お恰好の紅絹もみのようなもの一つとなってしもうたかとおもえば、ははははは
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上被から引き出して見れば、袱紗は緋縮緬の表も、紅絹もみの裏も、皆淡い黄色にめて、後に壽阿彌が縫ひ附けた白羽二重の古びたのと、殆ど同色になつてゐる。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
図54はそのような字句を簡単に額にしたものと、その額を保護する為の紅絹もみの小布団とである。
「これごらんなさい」と、袂の紅絹もみ裏の間から取りだしたのは、くきの長い一輪の白い花である。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
明日あすからはくるまのおともまるまじ、おもへば何故なぜひとのあのやうやなりしかとながたもとうちかへしうちかへし途端とたん紅絹もみの八ツくちころ/\とれて燈下とうか耀かヾやく黄金わうごん指輪ゆびわ
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それから政夫さん、こういう訣です……夜が明けてから、枕を直させます時、あれの母が見つけました、民子は左の手に紅絹もみの切れに包んだ小さな物を握ってその手を胸へ乗せているのです。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
茜で染めたものは黄赤色で丁度紅絹もみの褪せた様な色である。往時は普通に染めたものだが今代では極めて稀れにこれを見るにすぎない。私は先年秋田県の花輪町でそれを染めさせた事があった。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
お民を前に置いて、おまんは縫いかけた長襦袢ながじゅばんのきれを取り上げながら、また話しつづけた。目のさめるような京染めの紅絹もみの色は、これからとついで行こうとする子に着せるものにふさわしい。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お常も張板を竝べて紅絹もみの裏地を張つて居る。これは鶴子さんの綿入の裏である。今鶴子さんは一枚の張板に例の燒焦げのある袖を張附けて日南に立てかけ乍ら「隨分ひどい燒焦げねえ」と言ふ。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
紅絹もみきれヲ二尺バカリト布団綿ヲ一トかたまり、分ケテ戴キタインダガネ」
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは裸体の男であり、活躰解剖いきみふわけを行なわれ、そのまま捨て置かれた犠牲者らしく、胸から腹、腹から股、股から爪先まで血のすだれが、紅絹もみを裂いて懸けたかのように、いまだにヌルヌルと流れていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かわいいお紅絹もみのようにあか
張物板はりものいた紅絹もみのきれ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
都育ちの白やかに、紅絹もみきれをぴたぴたと、指を反らした手のさばき、波の音のしらべに連れて、琴の糸を辿たどるよう、世帯染みたがなお優しい。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
皆川半之丞の案内で裏へ廻ると、狭い庭の植込みの蔭に、さしも美しかったお京は、紅絹もみの一と束のように、碧血へきけつに染んでこと切れているのです。
と云って、小さい紅絹もみの布や貝ボタンをひねくりながら、若しかすると母が、夜中に気分でも悪くして、薬をさがしたのじゃあるまいかなどと思って見た。
盗難 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
茶の勝った節糸ふしいとあわせは存外地味じみな代りに、長く明けたそでうしろから紅絹もみの裏が婀娜あだな色を一筋ひとすじなまめかす。帯に代赭たいしゃ古代模様こだいもようが見える。織物の名は分らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気前よく、紅絹もみのしごきをピリッと裂いて、彼の足元に膝をつきますと、久米之丞はその手を強くつかんで
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
形は丸筒、生地は竹、塗りは朱うるし、緒締めのふたがあって、中をしらべてみると、刀剣の手入れにはなくてかなわぬ紅絹もみの打ち粉袋がはいっているのです。
過般こないだ宴会えんかいの席で頓狂とんきょう雛妓おしゃくめが、あなたのお頭顱つむりとかけてお恰好かっこう紅絹もみきますよ、というから、その心はと聞いたら、地がいて赤く見えますと云って笑いころげたが
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
けれども、ふと机の抽斗ひきだしを開けてみると、中から思わぬ物が出てきた。の紋羽二重に紅絹もみ裏のついた、一尺八寸の襦袢じゅばんの片袖が、八つに畳んで抽斗の奥に突っ込んであった。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
宮は言ふところを知らず、わづかに膝の上なる紅絹もみ手弄てまさぐるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お高は、紅絹もみのようにあかい顔になった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
表は緋縮緬ひぢりめん、裏は紅絹もみであつた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
染めてぞ燃ゆる紅絹もみうらの
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あまりの不状ぶざまに、むすめはうが、やさしかほをぽつと目瞼まぶたいろめ、ひざまでいて友禪いうぜんに、ふくらはぎゆきはせて、紅絹もみかげながれらしてつた。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
灯先ひさきがぼんやり、紅絹もみ裏をはね退けた床の中を照して居る、——その中に居たのが、何んだと思ひます、親分
紅絹もみがにじみ、染色の流れた若い女ものは、拡げて一枚干すごとにひろ子に哀れを感じさせた。直次とつや子、子供らのものはほとんど一枚も濡れなかった。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
津田は縁側えんがわへ腰をかけた。叔母はあがれとも云わないで、ひざの上にせた紅絹もみきれへ軽い火熨斗ひのしを当てていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
聞きとがめるように振り返ったその目の先へ、ずいとつきつけたのは証拠のあの紅絹もみの小袋です。
紅絹もみや、西陣や、桃山染や、お甲のにおいが陽炎かげろうのように立つ。——今頃は河原の阿国おくに踊りの小屋で、藤次と並んで見ているだろうと、又八はその姿態しなや肌の白さを眼にえがく。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
染めてぞ燃ゆる紅絹もみうらの
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
をんなが、しろやさしい片手かたてときいたきれ姿すがたしのぶ……紅絹もみばかり、ちら/\と……てふのやうにもやひ……
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして千羽鶴をおって糸を通す針で小指をついたんで母はんに紅絹もみでつつんでもらったら友達が私に小指をきったんだろうって云われたなんかって云う事があった。
ひな勇はん (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
叔母は先刻さっき火熨斗ひのしをかけた紅絹もみきれ鄭寧ていねいに重ねて、濃い渋を引いた畳紙たとうの中へしまい出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)