はし)” の例文
「なんだい、あの音は」食事のはしを止めながら、耳に注意をあつめるしぐさで、行一は妻にめくばせする。クックッと含み笑いをしていたが
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
僧は上りかまちに腰かけて、何の恥らう様子も無く、悪びれた態度もなく、大声をあげて食前の誦文を唱え、それから悠々とはしった。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この混ぜ方が少しむずかしいので、パラパラと振りかけておいて、今のササラかはしで極く軽くやわらかにホンのだますような心持こころもちで混ぜます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
病気で熱の出た時、牛肉を食わなかったから、もう生涯しょうがいロースのなべはしを着けちゃならんぞと云う命令はどんな御大名だって無理だ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無表情にこう答えたまま、おせんは黙ってはしを動かしていた。いつもと人が違ったようである。顔色も悪いし眼が異様に光っていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はしにも棒にもかからない代物しろもので、喧嘩をする、道楽をする、出奔をする、勘当を受ける、それもこれも、一度や二度のことではない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
帝は、はしをお取りにならない。侍臣たちは、いて口へ入れてみたが、みな嘔吐おうとをこらえながら、ただ、涙をうかべあうだけだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏教信者は食事をする時、先づ飯を一はしとつて仏に供へる事を忘れない。耶蘇教信者はまた食卓につくと、屹度感謝のお祈祷いのりをする。
手ぬぐい一筋でもはし一本でも物は使いよう次第で人を殺すこともできれば人を助けることもできるのは言うまでもないことである。
さるかに合戦と桃太郎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
Kと言うのは僕等よりも一年の哲学科にいた、はしにも棒にもかからぬ男だった。僕は横になったまま、かなり大声おおごえに返事をした。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
まだ暮れたばかりの夏のよいのことだった。不意に起った銃声に、近所の人々は、夕食のはしほうりだして、井戸端のところへ集ってきた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お前は食いしんぼうの癖に手をこまねいてぜんはしを取ることばかり考えていると云い、私を冷血動物で意地の悪い女だとさえ云う。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小芋こいもの煮たのを、おはしに四つばかり突き通して、右の手に持っていた。おもちゃにしながら、一つずつ食べようというのであろう。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お米はいつもおなさけない方だとばかり申しますが、それは貴方、女中達のはしの上げおろしにも、いやああだのこうだのとおっしゃるのも
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
食膳が出ると其の皿の上のものを紙でつくらないうちははしをとらず、そのため食事が遅れて看護婦さんを困らした事も多かつたらしい。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
見れば、自分の爲に新しい茶碗ちやわんかくはしまでが用意されてあツた。周三は一しゆあつたか情趣じやうしゆを感じて、何といふ意味も無くうれしかつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
昔、南海に武名をとどろかしたサモア戦士の典型と思われる体躯たいくと容貌だ。しかも、之が、はしにも棒にもかからない山師であろうとは!
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お島は仕事から帰った姉の亭主が晩酌のぜんに向っている傍で、姉と一緒に晩飯のはしを取っていたが、心は鶴さんとおゆうの側にあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
多く作るのははし、箸箱、盆、膳、重箱、硯箱すずりばこ文箱ふばこなどのたぐいであります。ここでも仕事の忠実な品は美しさをも保障しております。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
八代大将閣下であっただけに極めて厳粛なはしの上げおろしで、話題は八代閣下の松葉の食料法を武谷博士、林駒生氏が固くなって謹聴し
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
くらうときにははしを投じ、したるときにはち、ただちにいて診したのは、少時のにがき経験を忘れなかったためだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小さなめいの首の火傷やけどに蠅は吸着いたまま動かない。姪ははしを投出して火のついたように泣喚なきわめく。蠅を防ぐために昼間でも蚊帳かやられた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
「さ、どうぞ。おいしいものは、何もございませんが、どうぞ、おはしをおつけになって下さい。」小坂氏は、しきりにすすめる。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
瞬間、今迄やかましかった監房という監房が抑えられたようにシーンとなった。俺は途中まではしを持ちあげたまゝ、息をのんでいた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
わたくしははしくと共にすぐさま門をで、遠く千住せんじゅなり亀井戸なり、足の向く方へ行って見るつもりで、一先ひとまず電車で雷門かみなりもんまでくと
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
亭主は食べおわった茶碗に湯を注ぎ、それを汁椀しるわんにあけて飲み尽し、やがて箱膳はこぜんの中から布巾ふきんを取出して、茶碗もはしも自分でいて納めた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると、玄関わきの部屋で夫と二人で食事をしていたおかみさんが、持っていたはしもおかずに、ちょっと顔を振りむけたままで
オースチン師は躊躇ちゅうちょもせず、あるだけの食物へはしをつけた。若い二人もその後について、ようやく空腹を充たさせたのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は好物のことなれば直ちにはしを取り、お礼をいって食べていると、誰やら、くすくす笑い出します。師匠の妻君さいくんも笑い出す。
こんなものが食えるものかと、お君の変心を怒りながら、はしもつけずに帰ってしまった。そのことを夕飯のとき軽部に話した。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
といって断ったが、ともかくも調ととのえて持って来させた。けれども、彼女ははしも着けようとせず、餉台の向う側に行儀よく坐ったままでいる。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
二本杉は名高いもので、昔何代目かの将軍が、野立のだての時はしを立てられたのだといい伝えられて、白山上からもよく見えました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「うちのマツは昼飯はたべにもどったがいな。はしおいて、用ありげに立っていって、すぐもどるかと思や、もどってきやせん」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
相手あいて黙々もくもくとした少年しょうねんだが、由斎ゆうさいは、たとえにあるはしげおろしに、なに小言こごとをいわないではいられない性分しょうぶんなのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
二人ふたりは、ペンブラッシュを子供がはしをつかむようにしてつかんで塗っていた。風のために彼らをつるしているロープは揺れた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
わたしははしいてった。天気が直ったらば、仕事場をいつもの書斎に変えようと思って、縁先へ出てまぶしい日を仰いだ。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おつぎはうしろはうかくれてた。勘次かんじはしを一ぽんつて危險あぶなものにでもさはるやうに平椀ひらわん馬鈴薯じやがたらいもそのさきしては一ぱいくちいて頬張ほゝばつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
隠居は、あちこちへはしをのばしては喜んだ。自分の口には、福子の味つけが一とう合うと云って、眼を細めて喜ぶのだった。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
どうかすると、一度すましたおわんだのはしだのを洗場へ持って行ったかと思うと、またのこのこそれを持って台所へひき返す。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
かくてスサノヲの命は逐い拂われて出雲の國のの河上、トリカミという所にお下りになりました。この時にはしがその河から流れて來ました。
陶品せともののビンからいだ飲み物が女の手から渡された。謙作ははしを置いてそれを口にした。と、謙作の前にははなやかな世界が来た。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それをこのレスリッヒがむやみに憎んで、はしの上げおろしにもがみがみ叱りつける、いや、それどころか、むごたらしく打ち打擲ちょうちゃくするんです。
だれのわんだれのはしという差別もない。大きい子は小さい子の世話をする。なべに近いひつに近い者が、汁を盛り飯を盛る。自然で自由だともいえる。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
食事を差し上げたが、胸が一杯なのであろう、はしをつけようともしない。夜になったが装束も脱がず、そのまま、ごろりと横になってしまった。
富岡は急に味のなくなつた朝の食卓から、早くはしを置いた。ゆき子の不幸な姿に済まなさを感じた。旅空での、男の無責任さが反省されもした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
この土地には多い孟宗竹もうそうだけの根ッこで竹の柄杓ひしゃくとかはしとかを作るのだが、不恰好ぶかっこうで重たくてもまだ百姓達の間には売れた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
そして、はしを取りながら、ふと、もう一度昨夜のことを確めて見る気になったのです。朝のはれやかな空気が、私の口をいくらか快活にしました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
錢形平次はまだはしを取つたばかりの朝の膳を押しやると大急ぎで支度に取りかゝりながら、言葉せはしく訊き返します。
縦縞の長ばんてんにぎはぎだらけの股引ももひき。竹かごをしょい、手に長いはしを持って、煮しめたような手拭を吉原よしわらかぶり。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
で、妻が何を云つてゐやがるのかと、取り合ないではしを動かしてゐたが、おたねは何時までも默つてはゐられなくて、お札と御供米の話をし出した。
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)