きた)” の例文
そこには華手はでなモスリンの端切はぎれが乱雲の中に現われたにじのようにしっとり朝露にしめったままきたない馬力の上にしまい忘られていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すぐに抜け出た頸足えりあしが、燭台の燈火に照らされたが、脂肪あぶら気がなくてカサカサとしていて、折れそうに細っこくてきたならしかった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
坑夫は世の中で、もっともきたないものと感じていたが、かように万物を色の変化と見ると、穢ないも穢なくないもある段じゃない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日では、アーヴィングを感激させたきたなたらしさは見られず、むしろ反対に、簡素ではあるが清潔な小ざっぱりした美しささえもある。
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
鼻はこする、水っぱなはかむ。笊の中は掻きまわす。嗅いで見る。おくびはする。きたならしいの、いやらしいのといったらないのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それで金儲けのことについては少しも考えを与えてはならぬところの人が金を儲けようといたしますると、その人は非常にきたなく見えます。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
だから、遊廓だから、町の隔離してあるところだからといって、あそこがどんなにきたならしくてもよいということはいえません
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あはれ果敢はかなき塵塚ちりづかうちに運命を持てりとも、きたなきよごれはかふむらじと思へる身の、なほ何所いづこにか悪魔のひそみて、あやなき物をも思はするよ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼はきたない仕事着を着て石の上に腰をかけていた。前には人夫頭のきちが恐ろしい顔をして立っていた。徳市は眼をこすった。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
乞食には虱を取らせてれた褒美ほうびめしると云うきまりで、れは母のたのしみでしたろうが、私はきたなくて穢なくてたまらぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それは私に同情してではなくて、清潔きれい好きな彼女にとつて、私のきたない手が見苦しいからだ、と私はそんな風に邪推した。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
※等あねらひどかんべらは」とかれはおつたのめつゝあつたかみが、まじつた白髮しらがをほんのりとせるまでにくすりめてきたなくなつつたのをつゝいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それにしては日本のあらゆる動くものや交通機関は巴里パリあたりのそれに比べるとほんとに貧しくきたならしく色彩に乏しく、貧乏臭くはあるけれども。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
が、ふと今、鏡に映った自分の姿を眺めると、彼は思わず、『おや、おや! おれのきたなくなったことはどうだい!』
長くけて置けばばら/\と落ちて来ますから、あゝきたない打棄うっちゃってしまえと、今度は大山蓮華おおやまれんげの白いのを活けこの花の工合ぐあいはまた無いと云ってゝも
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
家をすべての悪臭やきたなさからさっぱりと自由にたもつという非常に高価につく企てがはじまるかが解りかけた。
かずは懷の福神漬を出したんだけど、若菜さんは、そんなお腹ん中でこぼれた物なんかきたなくて喰べられないつて言ふの。だから、あたし一人で喰べたわ。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
禰宜様宮田は、きたない小屋掛けへ戻って行った。そして大きなバケツを下げて、足袋の中でかじかむ足を引きずりながら小一町ある小川まで水を汲みに行く。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「今の病人の見ぐるしいのを覧に成りましたか」とドリヷルの細君が問ふと、ムネ・シユリイは「いや蔭で見なかつた。自分はそんなきたない物は大嫌ひだ。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
めるほどきたないものはちりかねなり」ということわざがあるが、これも貯めようによるべし、おそらく塵芥ちりあくたとても貯蔵ちょぞう法よろしきを得たなら、清くする工夫くふうもあろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
鼠も昔より国に盗賊家に鼠と嫌われ、清少納言も、きたなげなる物、鼠の住家すみか、つとめて手おそく洗う人、『もっとも草子そうし』ににくき者、物をかじる鼠、花を散らす鳥と言った。
だがまだまだ仕合せな事に、もともと悪どくない京子の生れ立ちのためか、加奈子は気違いの京子から、他の気違いのするきたならしさや極道に陰惨な所業は受けなかった。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
見るともなく見ると、昨夜想像したよりもいっそうあたりはきたない。天井も張らぬきだしの屋根裏は真黒にくすぶって、すすだか虫蔓だか、今にも落ちそうになって垂下ぶらさがっている。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
まだなかなか大石の目のめる時刻にはならないので、い加減な横町を、上野の山の方へ曲った。狭い町の両側はきたない長屋で、塩煎餅しおせんべいを焼いている店や、小さい荒物屋がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
きっとないと請合うけあえる位いのきたなさだが、火も炭も惜気もなく沢山持って来られるのは、肌寒き秋の旅には嬉しいものの一つである。宿から出してくれた凍りがけの茶受には手は出ない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
ところで、意地の悪い連中は、お前のことを「きたならしい豚!」と言うのだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
市の中央の大逵おほどほりで、然も白昼、きたない/\女乞食が土下座して、垢だらけの胸をはだけて人の見る前に乳房を投げ出して居る! この光景は、大都乃至は凡ての他の大都会に決して無い事、否
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
周囲がきたなければ穢ないほど、花の涼しげなのがいよいよ眼立ってみえる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さまでの僧正を、なおもいてきたなき臆測で見ようとする人々には、よろしく、僧正と共に青蓮院に起臥おきふししてみるがよい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お前だね、この妖女ウェーヂマめ、あのひとに霧を吹つかけて、きたない毒を呑ませて、あのひとを銜へこみくさつたのは!」
それは大変貧しそうな老い衰えた小男で、陽に焼けた皺だらけの小さい顔は鉄糞かなくそで出来ているようにきたならしい。
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さていよ/\この人種の仲間になって一つかまどめしい本当に親しく近くなろうとうには、何処どことなくきたないように汚れたように思われてツイいやになる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そして危くむこうからも急ぎ足で来る人——使い走りをするらしいきたない身なりの女だったが——に衝きあたろうとして、その側を夢中ですりぬけながら
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「だからお前はここに待っといでよ。わざわざ手術台のそばまで来て、きたないところを見る必要はないんだから」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西木家を監視していた警官も、青年団員も、名刺を出すと訳なく通してくれたが、狭いきたない家だった。
無系統虎列剌 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
素袷すあわせ一つにむすびっ玉の幾つもある細帯に、焼穴やけあなだらけの前掛を締めて、きたないともなんとも云いようのない姿なりだが、生れ付の品と愛敬があって見惚みとれるような女です。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やがて爪先へ黒いものがたまり、手の甲が汚れてくるころ、われながらきたないと思い、やむをえず近所の風呂屋へまで出かける。行って見ると即ちよく来たことだと思う。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
あるアメリカの金持ちが「私は汝にこの金を譲り渡すが、このなかにきたないぜには一文もない」
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
茶屋は少し山蔭の平地にって、ただ一軒のきたない小屋にすぎない、家の前には、近所の山から採って来た雑木ぞうきが盆栽的に並んでいる。真暗な家の中には、夫婦に小供二、三人住んでいる。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
卯平うへい天性清潔好きれいずきであつたが、百姓ひやくしやう生活せいくわつをして、それに非常ひじやう貧乏びんばふから什麽どんなにしてもきたないものあひだ起臥きぐわせねばならぬのでかれ野田のだくまではそれをも別段べつだんにはしなかつたのであるが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ツと思はず声を出した時、かの声無き葬列ははたと進行を止めて居た、そして、棺を担いだ二人の前の方の男は左の足を中有ちううかして居た。其爪端つまさきの処に、きたない女乞食がだうと許り倒れて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一所に野茨のくさむらがあった。五月が来たら花が咲こう。今は芽さえ出ていなかった。ただきたならしくかたまっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
満腹飲食のみくいした跡で飯もドッサリべて残す所なしと云う、誠に意地のきたない所謂いわゆる牛飲馬食とも云うべき男である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
うぶのままもってるか解らないぜ。ただその人間らしい美しさが、貧苦という塵埃ほこりよごれているだけなんだ。つまり湯に入れないからきたないんだ。馬鹿にするな
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窮地となっても、意地きたなく、小心狡智こうち、あらゆる非武士的な行為にみずからじても、飽くまで生きて帰るところへ帰ることをもって、乱波組に働く者の本旨とする。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兼「うちの婆さんよりアきたねえようだ、あの婆さんの打った蕎麦だと醤汁したじはいらねいぜ」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
中でも一番多く眼につくのは、今でこそ『酒場』という簡単な文字に変ってしまったけれど、その頃はまだ帝室の紋章たる*2双頭の鷲を看板につけていたのがきたなくくすんでしまったやつである。
みにくいほど血肥ちぶとりな、肉感的な、そしてヒステリカルに涙もろ渡井わたらいという十六になる女の生徒が、きたない手拭を眼にあてあて聞いていたが、突然教室じゅうに聞こえわたるような啜泣すすりなきをやり始めた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
津田は女にきたないものを見せるのがきらいな男であった。ことに自分の穢ないところを見せるはいやであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「北条美作? 妾は知らぬよ。見ればきたならしいお侍さんだが、一度もこれまで見たことがないよ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)