おおかみ)” の例文
このため義貞は前面の苦戦のうえ、さらに後門こうもんおおかみにもそなえをはずせず、ついにさいごまで加古川の陣地を払うことができなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峠越とうげごえの此の山路やまみちや、以前も旧道ふるみちで、余り道中の無かつたところを、汽車が通じてからは、ほとん廃駅はいえきに成つて、いのししおおかみも又戻つたと言はれる。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ウォーとその時森の方からおおかみの声が聞こえて来た。それに答えてどこからともなくウォーウォーと狼の声が二声三声聞こえて来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おまけに高田屋は金も遣うし、ここに「新地」ができるとすれば、五人組とか町名主などという連中も、にとびつくおおかみのようなものだ。
そこにはしい蜜柑みかんが茂っていた。猿は二人の頭の上を枝から枝へ飛び渡った。訶和郎かわろは野犬とおおかみとを防ぐために、榾柮ほだいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
人なきパリーにおおかみの群れが彷徨ほうこうしていたあのオルレアンの少女の時代この方、われわれは他の多くの困難をきりぬけてきたのだ。
わなにかかったおおかみのように苦しみの中をもがき回り、姿を消した彼女を至る所にさがし求め、まったく恋のためにぼけてしまった。
獲物えもののまわりにわざと遊びたわむれて、なかなか飛びつこうとせぬおおかみのように三上は、その考えのまわりをウロウロしていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
猪首の若者はまっ赤になって、おおかみのようにきばを噛みながら、次第にのしかかって来る千曳ちびきの岩を逞しい肩に支えようとした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はたから見たら、あさましい馬かおおかみがよだれを流して荒れ狂ってるみたいな、にがにがしい限りのものだったのでしょう。
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私の側へ置くと、筋の悪いおおかみ達が集まって来て、ろくな事を教えないだろうと思ったのがかえって間違いのもとだったのです
山にはおおかみの話が残り、畠にはむじなたぬきが顕われ、禽獣とりけものの世界と接近していたような不思議な山村の生活の方へ帰って行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こういう意味において表裏の差を生ずるはもちろん望ましからぬことで、いわゆるおおかみひつじの皮をかぶるがごときもの、俗にいうねこかぶるのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その実国土侵略の目的をはらに持っている「おおかみ」の群れをみな殺しにすることによって、間接に徳川の威勢を天下に示し
おおかみあごいのししきばが、石弓や戦斧せんぷのあいだにおそろしく歯をむきだし、巨大な一対の鹿しかの角が、その若い花婿の頭のすぐ上におおいかぶさっていた。
牢屋のまわりの森のなかは、鳥やけものでいっぱいでした。わしおおかみ獅子ししのようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ある日、狸は自分のうちで、例のとおりありがたいごきとうをしていますと、おおかみがお米を三じょうさげて来て、どうかお説教をねがいますと云いました。
蜘蛛となめくじと狸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わしはとを追い、おおかみは羊をつかみ、へびかえるをくわえている。だがあの列の先頭に甲冑かっちゅうをかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
落ちようとする月が一段明るくなった光の中を、清艶せいえんな容姿で、物思いをしながら出て行く源氏を見ては、とらおおかみも泣かずにはいられないであろう。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
真夜中の二時ごろ、艦は、おおかみがしゃがんでいるような変な形をした大きな岩のかげへ、いかりを下してとまってしまった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
私は男の腕におおかみのような歯形を当てた。涙に胸がむせた。負けてなるものか。雨の夜がしらみかけた頃、男は汚れたままの顔をゆるめて眠っている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まるでおおかみが羊をねらうような目つきでにらんでいたが、わたしときたらもう、何事も、だれの事も、てんで考えなかった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「私のあんは、山の中のおおかみきつねのおる処で、べつに眺望も何もない、いやな処だから、どうか来るのはよしてくだされ」
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ぐうすること峻烈しゅんれつであったのはそういう冷やかし半分のおおかみ連を撃退げきたいする手段でもあったと云うが皮肉にもそれがかえって人気を呼んだらしくもある邪推じゃすい
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三六 猿の経立ふったち御犬おいぬの経立は恐ろしきものなり。御犬おいぬとはおおかみのことなり。山口の村に近きふた石山いしやまは岩山なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
待っていた鹿しかさるおおかみは、からのとくりをみてためいきをつきました。これでは、こんやはあんどんがともりません。みんなは、がっかりして思いました
狐のつかい (新字新仮名) / 新美南吉(著)
家は絨帳じゅうちょう穹盧きゅうろ、食物は羶肉せんにく、飲物は酪漿らくしょうと獣乳と乳醋酒にゅうさくしゅ。着物はおおかみや羊やくまの皮をつづり合わせた旃裘せんきゅう。牧畜と狩猟と寇掠こうりゃくと、このほかに彼らの生活はない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
するとKは、「めてくれ」と今度は頼むようにいい直しました。私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。おおかみすきを見て羊の咽喉笛のどぶえくらい付くように。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最も滑稽こっけいな例をあげるとフィンランド語ではつるが haikara であり、おおかみが susi である。
また、その閑山の知り人でこうして、自分を持てあましているこの方々も存外おおかみではないかもしれない。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それからおおかみと熊は肉を、大男たちは、パンをもらいました。ウイリイはその大男をつれて王女のお城へいきました。お城は日の光を受けてきらきら光っていました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
きつねおおかみの化かし合いだ。どっちが狐で、どっちが狼か。それはしばらく見ていなくては、きめかねる。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
羊の皮をむいて見れば、心の奥のおおかみはすぐにその歯をあらわすであろう。世間で、人間は十で禽獣、二十で発狂、三十で失敗、四十で山師、五十で罪人といっている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
が、その媚や微笑の底には、袖乞そでごいのようないやしさや、おおかみのような貪慾どんよくさが隠されていた。此の若い男女が交しているような微笑とは、金剛石と木炭のように違っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
はるかにおおかみが凄味の遠吠とおぼえを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧さぎり朦朧もうろうと立ち込めてほんの特許に木下闇こしたやみから照射ともしの影を惜しそうにらし
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
たとい耳のそばでおおかみがほえようが心を取り乱し気を散じないくらいでなければならないのが、森の奥でちょっと音がしたって、すぐそれに気を取られるようでどうするかと
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
振り向いて見ると、彼の愛犬はまるでおおかみのように、背中の毛を逆立て、上唇に恐ろしいしわを寄せ、歯をむき出して、のどの奥で遠雷えんらいみたいな音を立てている。どうも不思議だ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それをライオンときつねにたとえ、「ライオンにはわなの危険があるし、狐にはおおかみの危険がある。罠を発見するには狐でなければならず、狼を追払おっぱらうにはライオンでなければならぬ」
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
舞台ではおりおおかみのボルクマンが、自分にピアノを弾いて聞せてくれる小娘の、小さい心の臓をそっと開けて見て、ここにも早く失意の人の、苦痛の萌芽ほうがが籠もっているのを見て
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
単におおかみのみについて言えば、その羊を食うのはあたかも人間が飯を食うのと同じく、ただ生活に必要なことをするというだけで、善とも名づけられねば、また悪とも名づけられぬ。
動物界における善と悪 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
おおかみがいいというものと、大おかめの方が縁起がいいというものと、どっちもごっちゃだ。
赤い頭巾をかぶっているので赤頭巾と呼ばれていた可愛かわいい少女が、いつものように森のおばあさんを訪ねて行くと、おおかみがお婆さんに化けていて、赤頭巾をムシャムシャ食べてしまった
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
はやくから文章を軽蔑けいべつする極端なる非文章論を主張し、かつて紅葉から文壇の野獣視されて、君の文章論はおおかみ遠吠とおぼえだとののしられた事があるくらい、文章上のアナーキストであったから
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
人見の奴は口をぬぐっていやがるが貴様は偽善者だからなあ。柿江は途中で道を間違えるに違いないしと。西山、貴様はまた天からだめだ。気まぐれだから送りおおかみに化けぬとも限らんよ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
足の構えは、鰐足わにあしになった。目は爛々らんらんときらめき全身に強烈な、兇暴の気が漲った。まるで、おおかみが、いけにえに最初の一撃を与えようとして、牙を現し、逆毛を荒立てたかのようである。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そしていつも山岳さんがくや草原に露営ろえいの生活をして、野生動物を深く観察し、りっぱな動物物語をたくさんあらわしました。この『おおかみの王ロボ』は、その中でも傑作けっさくといわれる面白いものです。
かつて森に住んでいたおおかみのごとく全くこの国の人民から追い去られてしまうというがごとき、よろこばしき時節を迎うるに至らんことを望みかつ信ぜざらんとするもあたわざる者である。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
舁「やい女郎めろう、静かにしろ、もう後へくも先へ往くもねえ、此処こゝは道が違わい、二居ふたいみねの裏手の方だ、いのしゝおおかみほか人の来る処じゃアえや、これから貴様を新潟あたりへばらすのだぞ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「もう納屋じゃ、黙ってえいべべ出して着たりする子はおおかみに食わしてやる」
赤いステッキ (新字新仮名) / 壺井栄(著)
即ちあの聡明そうめいなニイチェが言ったように、現代に於ける女性化主義者フェミニスト、——平和主義者や、社会主義者や、無政府主義者や——は、すべて羊の皮をきたおおかみであり、食肉鳥の猛々しい心を以て
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)