あたた)” の例文
世界せかい植物しょくぶつあいするひとたちで、おそらく、わたしをっていないものはあるまいね。わたしは、みなみあたたかなしまはやしなかそだちました。
みつばちのきた日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やせたる上にやつれて見ゆれば、打ち見にはやや陰気に思わるれど、目にあたたかなる光ありて、細き口もとにおのずからなる微笑あり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とにもかくにも彼は二人の子にあい、その世話になる人々に礼を述べ、知人の家々をたずねて旧交をあたためただけにも満足しようとした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手足が冷えると二階か階下かの炬燵こたつの空いた座を見つけて、そっとあたたまりに行くが、かつて家族に向って話をしかけたことがなかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側にすわっている人々の背をあたためている。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
其中そのうちにお腹もくちくなり、親の肌で身体もあたたまって、とろけそうない心持になり、不覚つい昏々うとうととなると、くくんだ乳首が抜けそうになる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こう云う差向いの味は、末造がためには、手足を働かせた跡で、加減のい湯に這入って、じっとしてあたたまっているように愉快である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
あま浮橋うきはしの上にて、山の神千二百生れたまふ也。この山の御神の母御名を一神いちがみきみと申す。此神産をして、三日までうぶ腹をあたためず。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そしてその魅力をさらに大ならしむるものは、きよあたたかいなめらかな声の惑わしだった。一語一語が美しい和音のように響いていた。
「まあ、そう申すな、炬燵こたつの火も、ちょうどよい加減、酒もあたたまっておる。はいって、一献いっこんやってはどうじゃ——河千鳥の声をさかなに」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二かいればねずみがさわぐ。うすなかはくものだらけ。かまの中はあたたかで、用心ようじんがいちばんいい。そうだ、やっぱりかまの中によう。」
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
あの私が茄子なすを折って叱られているとき——小母おばさん、すみません——とびてくれた、あたたかい心が四十二歳になってもまだ忘れられない。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
一重破り、二重破り、幾重を破り尽すともこの煙りから出す事はならぬ顔に、四方よりわれ一人を、あたたかきにじうちうずめ去る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
戸は寝入ったら引いておくれ。……それからちょっとあなたの手をお貸し。……あなたの手はあたたかい手ね。この手はいい手だわ
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そうかと思うと、それほどけばけばしく女性尊重を放送しないフランス人が、家庭は全く主婦の女王の傘下さんか従順じゅうじゅんあたたまって易々諾々いいだくだくである。
女性崇拝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何はともあれ、食べて体をあたためようと思い立ちましたが、例の通り薪がありませんので、仕様がないので、自分の小屋の柱を一本切りました。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
同性ではあるが二人の肌が、着物を通して触れ合って、その接触から来るあたたかみを、味わい合っていると云いたげであった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その前では人は互いにくっつき合い、互いが、互いにあたため合い、たすけ合わねばならないように感ぜしめられるのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
きびしい冷酷さをもってかたくとざされた心にも、この愛すべき小鳥の声は、時としては何かほのぼのとしたあたたかいものを感じさせるのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
彼らはわれら青年と mitleben していない。両者は互いの外に住んでいる。その間にはいのちといのちのあたたかな交感は成り立たない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ぽか/\した暮春ぼしゅん日光ひざしと、目にうつる紫雲英のあたたかい色は、何時しか彼をうっとりと三十余年の昔に連れ帰るのであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
死体はまだあたたかかった。石炭ストーヴの熱気で、部屋は熱すぎるくらいなのだから、今から三四十分たっても、死体はまだ温かいだろうと考えた。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでもまだ日の内のあたたまりが残っている。女が夕食の支度をするあいだ、男は腕きの椅子いすに腰を掛けてじっとしている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
感動のあとのあたたかい気持で、世の中や人間同志のつながりのふしぎさを、おせんはしみじみと思いめぐらすのであった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
室内に取り付けた瓦斯煖炉ガスだんろの火にあたたまりながら私は落ち着いた気分になって読みさしの新聞などを見ながら女の来るのを今か今かと待ちかねていた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
まだ残っている頬擦りや接吻くちづけあたたかさ柔かさもすべて涙の中に溶けて行って私に残るものは悲哀かなしみばかりかと思われる。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そのころにはまだあたたの通っている死人の腹部も、だんだん冷えて来た。家を出るとき、声をかけて来た手伝いの人たちもそれぞれ集まって来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恐怖おそれと、恥羞はじに震う身は、人膚ひとはだあたたかさ、唇の燃ゆるさえ、清く涼しい月の前の母君の有様に、なつかしさが劣らずなって、振切りもせず、また猶予ためらう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドヴォルシャークの曲は、一編ごとにこまやかな人間愛があふれ、あたたかさと美しさが行き渡っている。あえて「新世界交響曲」ばかりを言う必要はない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
詩人の心をもって(恐ろしく荒っぽい詩人だが)彼に触れるすべてをあたため、(ときにがすおそれもないではない。)
一刹那、乳房の上があたたく感じて彼女の顔が真赤にほてった。二人は二尺五寸ほど離れて歩き出した。阿五は何か話しかけたが單四嫂子は大半答えなかった。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
Kは今日は、新しい、長い、黒っぽい着物を着ていたが、その着物は気持よくあたたかく、どっしりとしていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
各室にはあたためた空気が流通するから、ストーヴもなければ蒸気もなし、無数の瓦斯灯ガスとうは室内廊下を照らして日の暮るゝを知らず、食堂には山海の珍味を並べて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そこらを見回して、わたしは馬車の中に転がっていることを知った。きみょうだ。わたしのほおはしめっていた。やわらかなあたたかいしたが、わたしをなめていた。
わからないだって? まあ、そんなばかげたことかんがえないほうがいいよ。おまえさんここにれば、あたたかい部屋へやはあるし、私達わたしたちからはいろんなことがならえるというもの。
この詩人の身うちには年わかき血あたたかくめぐりて、冬の夜寒よさむも物の数ならず、何事も楽しくかつ悲しく、悲しくかつ楽し、自ら詩作り、自ら歌い、自ら泣きて楽しめり。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
炉にあかあかとたかれた火の余燼よじんがきれいに掃き清められた小屋の中をほんのりとあたたかく照らした。
茫々ぼうぼうたる世間に放れて、はやく骨肉の親むべき無く、いはんや愛情のあたたむるに会はざりし貫一が身は、一鳥も過ぎざる枯野の広きに塊然かいぜんとしてよこたはる石の如きものなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こう言う祖母の表情は、ことにその眼は、菊枝の心にあたたかな、しかも涙ぐましい影を落とした。
緑の芽 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
生徒たちは、二列に並んで、機械的に最初は手の甲、次にてのひらと、すばやくひっくり返して見せるのである。それがすむと、その両手をなるべくあたたかいところへしまい込む。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
宗茂かゆを作って衆と共に喫し、酒を大釜にあたためて飲みもって士気を鼓舞したと云う。前備小野和泉が出登しようとして居る処へけ込んだのは中備の将十時伝右衛門である。
碧蹄館の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その間の務めは報酬ほうしゅうなしに、あるいは法律観念なしに行われる、すなわちあたたかき愛情よりあふれ出たもので、朝夕あさゆうこの間の関係をまっとうせんがために、こうすれば法にれる
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ナリ路傍草 夏橋下 冬はあたたかなり路傍の草、夏は涼し橋下の流れ
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
とうとい薬品をつくったりすること、地熱を利用して、発電したり、物をあたためたりすること、建築用の水成岩すいせいがんを掘りだして切って石材せきざいにすること……かぞえていくと、きりがありません
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蓋のうらには精細な、美しい男と女とがあたたかに抱き合っている赤絵がえがかれてあって、ふしぎに男はそれをみているうち、からだに別なちからと精力が湧き出すのがつねであった。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と燗鍋で酒をあたため、燗の出来るも待てないから、茶碗でぐいぐいと五六杯引っかけて、年は五十九でございますが、中々きかないじゞい、欄間に掛った鉄砲をおろして玉込たまごめをしましたから。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おみおつけのあたたまるまで、台所口に腰掛けて、前の雑木林を、ぼんやり見ていた。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
心は何処どこか余所になってしまっていて、とうとい熱も身をあたためず、貴い波も身を漂わさず、ほかの人が何日いつか出会って、一たびは争って、ついには恵みを受けるならいの神には己は逢わずにしまった。
どこまでも指をすべり込ませるあたたかい腹の柔毛にこげ——今一方のやつはそれをそろえた後肢で踏んづけているのである。こんなに可愛い、不思議な、艶めかしい猫の有様を私はまだ見たことがなかった。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
喜美子はうれしさに胸があたたまって、暫らく口も利けず、じっと妹の顔を見つめていたが、やがて、いきなり妹の手を卒業免状と一緒に強く握りしめた、その姉の手の熱さに、道子はどきんとした。
旅への誘い (新字新仮名) / 織田作之助(著)