打眺うちなが)” の例文
からははひにあともとゞめずけぶりはそら棚引たなびゆるを、うれしやわが執着しふちやくのこらざりけるよと打眺うちながむれば、つきやもりくるのきばにかぜのおときよし。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
濱島はまじまふね舷梯げんていまでいたつたときいま此方こなた振返ふりかへつて、夫人ふじんとその愛兒あいじとのかほ打眺うちながめたが、なにこゝろにかゝることのあるがごとわたくしひとみてんじて
其儘そのまゝ持行きて目科に示すに彼れ右見左見とみこうみ打眺うちながめたるすえ「コレハ大変な手掛だ」と云い嚊煙草の空箱を取出す間も無く喜びの色を浮べたれば
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
すてはそのまぶたを優しく閉じてやってやはり其処そこから動かずに、芝のうえに坐ってまた冷たい汗をいて、貝ノ馬介の死体を茫然と打眺うちながめていた。
老人連の中には若紳士の説を喜ぶものもあり。中川が如何いかに答うるやと窃にその様子をうかがっている。子爵家の姫君玉江嬢も心配顔に中川の顔を打眺うちながめぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
奇遇に驚かされたる彼のゑひとみなかばは消えて、せめて昔のおもかげを認むるや、とその人を打眺うちながむるより外はあらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
予はこの景色を打眺うちながめて何となく心をどりけるが、この刹那せつな忽然こつぜんとして、吾れは天地の神とともに、同時に、この森然たる眼前の景を観たりてふ一種の意識に打たれたり。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
身体からだ黒く足赤きが眼前をよぎり候あと、またひらひらと群集左右より寄せ合うて、両側に別れたる路をふさぎ候時、その過行すぎゆきしかた打眺うちながめ候へば、の怪物の全体は
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
行列ぎやうれつあいちやんと相對峙あひたいぢするまですゝんでときに、彼等かれらは一せいとゞまつてあいちやんを打眺うちながめました、女王樣ぢよわうさま嚴肅げんしゆくに、『こは何者なにものぞ?』と心臟ハート軍人ネーブにまでまをされました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
去年こぞ九重こゝのへの雲に見し秋の月を、八重やへ汐路しほぢ打眺うちながめつ、覺束なくも明かし暮らせし壽永二年。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
脚袢きゃはん手甲てっこうがけ、編笠あみがさかぶった女の、四人五人、高箒たかほうきと熊手を動し、落葉枯枝をかきよせているのをば、時々は不思議そうに打眺うちながめながら、摺鉢山すりばちやまふもとを鳥居の方へと急いだ。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
姉は物も言わんで、微笑ほほえんで、のうるんだなさけの籠るひとみで、二郎を打眺うちながめている。二郎は姉のたもとにしかとすがり付いたまま、もうもう決して決して、放さないと決心したのである。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
もらったばかりの昇給の辞令を、折鞄おりかばんから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景、ゾロリとしたおめしの着物を不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「狐を釣るにねずみ天麩羅てんぷらを用ふる由は、われ猟師かりうどつかへし故、とくよりその法は知りて、わなの掛け方も心得つれど、さてそのえばに供すべき、鼠のあらぬに逡巡ためらひぬ」ト、いひつつ天井を打眺うちなが
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
と云われて孝助はたゞへい/\とばかりに呆れ果て、張詰めた気もひょろぬけて腰が抜け、ペタ/\と尻もちを突き、呆気に取られて、飯島の顔を打眺うちながめ、茫然として居りましたが、しばらくして
洗ひうがひなどしてあつさしのやすらひ居たり此處は景色もよく後ろは須走すはしり前は山中やまなかの湖水と打眺うちながめ居る彼方のさかより行衣ぎやういたすきかけ金剛杖こんがうづゑを突ながらすゞともに來る富士同者ありかれも此處に休み水を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
じつ不思議ふしぎだ——あの船脚ふなあしはやことは——』と右手ゆんで時辰器じしんき船燈せんとうひかりてらして打眺うちながめつゝ、じつかんがへてるのは本船ほんせん一等運轉手チーフメートである。つゞいて
いと淡き今宵の月の色こそ、その哀にも似たるやうに打眺うちながめて、ひとの憎しとよりはうたみづからを悲しと思続けぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
残りなく寸断にし終りて、さかんにもえ立つ炭火のうち打込うちこみつ打込みつ、からは灰にあともとゞめず、煙りは空に棚引たなびき消ゆるを、「うれしや、わが執着も残らざりけるよ」と打眺うちながむれば
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
床几しやうぎいこ打眺うちながむれば、きやく幾組いくくみ高帽たかばう天窓あたま羽織はおりかたむらさきそでくれなゐすそすゝきえ、はぎかくれ、刈萱かるかやからみ、くずまとひ、芙蓉ふようにそよぎ、なびみだれ、はなづるひとはなひとはなをめぐるひと
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
松茸売の去りし跡にて小山の妻君今かいし松茸を打眺うちなが
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのいにしへ蒲生飛騨守氏郷がもうひだのかみうじさとこの処に野立のだちせし事有るにりて、野立石のだちいしとは申す、と例のが説出ときいだすを、貫一はうなづきつつ、目を放たず打眺うちながめて、独りひそかに舌を巻くのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
伯爵は三人の娘の顔を打眺うちながめ、黄金おうごん腕環うでわを再び自分の手に取って
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)