惜気おしげ)” の例文
旧字:惜氣
小豆色あずきいろのセーターを着た助手が、水道のホーズから村山貯水池の水を惜気おしげもなく注いで、寝台自動車に冷たい行水を使わせている。
病院風景 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今どきこの湯つぼへ下りて来る人はあるまいと、千浪は安心して、惜気おしげもなくその身体からだを湯になぶらせて、上ることも忘れたふうだった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あとになって玉子の代価を勘定して西洋菓子は高くかかるとよく苦情を申しますが家へ十羽も鶏を飼っておけば惜気おしげなく玉子を使えます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
多「はい、有難うがんすけれども、とうに着ればハア破れやんすから、矢張やっぱり此の古襦袢の方が惜気おしげがなくってかえって働きようがんす」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お小夜を突き放して、住み馴れた甲府の深夜も、惜気おしげもなく捨てて馳けた高安平四郎は、真っ暗な光沢寺の山門を風のようにくぐっていた。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数十万円を投じたその地下道を惜気おしげもなく取壊とりこわし、改めて某区の出版会社の倉庫の中に、新道を造ったほど、やかましいものだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
可なり大きく延びた奴を、惜気おしげもなくまたの根から、ごしごし引いては、下へ落して行く内に、切口の白い所が目立つくらいおびただしくなった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕立の空のように急に御機嫌が変って、人に物をやってしまったり、また自分の物を惜気おしげもなくこわしてしまったりします。
どういうもんだか美妙斎は評論が好きで、やたらと幼稚な評論をしては頭の貧弱を惜気おしげなくさらけ出してしまった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
セエラの『偉がらなかった』のは真実ほんとうでした。彼女は思いやりがあって、つつましやかな少女でした。で、持っているものは、惜気おしげもなく分けてやりました。
私の教育に惜気おしげもなく掛けて呉れたのは、私を天晴あッぱれ一人前の男に仕立てたいが為であったろうけれど、私は今びょうたる腰弁当で、浮世の片影かたかげに潜んでいる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼女は怜悧れいりな親切な女であった。夫を失った時は三十五歳だった。そして身も心も若かったが、深くはいり込んでいた社交界から惜気おしげもなく退いてしまった。
桜の春、また雪の時なんぞは、その緋牡丹の燃えた事、冴えた事、葉にもこけにも、パッパッと惜気おしげなく金銀のはくを使うのが、御殿の廊下へ日のしたように輝いた。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
惜気おしげなく敷き連らねた高価の毛皮。香炉から上る香の匂い。すなわち、善尽くし美尽くした、鳳凰の間の有様をいきどおらしく見廻わしてから老師は二人を見返ったが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実にこれらの美術をば惜気おしげもなく破壊して兵営や兵器の製造場せいぞうばにしてしまったような英断壮挙の結果によって成ったものである事を、今更いまさらの如くつくづくと思知るのであった。
それは余りにも西洋のものを沢山取り入れるのに急いだため、日本の多くのものを惜気おしげもなく棄ててしまったことであります。これは勢い止むを得なかったことでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「ええ、又子供達が荒らしに来たものですから、お寺の人が総出でとってしまったんです。若い坊さんがてっぺんまで登って、枝なんか惜気おしげもなく折って下に落していました。」
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
惜気おしげもなく剃刀を動かす度に、もう幾年となく鼻の下にたくわえて置いたやつがゆがめた彼の顔をすべり落ちた。好くも切れない剃刀で、彼はくちびる周囲まわりれ上るほど力を入れて剃った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
またその当時人形操あやつりには辰松八郎兵衛たつまつはちろべえ、吉田三郎兵衛などが盛名を博し、不世出の大文豪、我国の沙翁さおうと呼ばれる近松門左衛門ちかまつもんざえもんが、作者として名作を惜気おしげもなく与え、義太夫に語らせ
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一方のかたましい女はもちろんこれをはねつけるが、その隣の女は僧を敬い、惜気おしげもなくはさみを入れて渡すと、それが実際は人の心の試験だったので、すぐ及第して大きな御褒美ごほうびを頂戴する。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
の命身体からだあって侯爵に添うべきや、しかも其時、身を我に投懸なげかけて、つややかなる前髪惜気おしげもなく我膝わがひざ押付おしつけ動気どうき可愛かわゆらしく泣きしながら、つたなわたくしめを思い込まれて其程それほどまでになさけ厚き仰せ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼のたもとで石の目はもう崩れている、盤の下へこぼれたのを拾ってざらざらと惜気おしげもなく仕舞いこんでしまう。そして何度も繰返しながら
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は美くしい天賦てんぷの感情を、あるに任せて惜気おしげもなく夫の上にぎ込む代りに、それを受け入れる夫が、彼女から精神上の営養を得て
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それで誰でも、年の若い学生時代から何でもでも沢山たくさんに遠慮なく惜気おしげなく「問題の仕入れ」をしておく方がよくはないかという気がする。
科学に志す人へ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうして掛替かけがえのない大事な操は二十文三十文の金に替えて惜気おしげがないということが、とにもかくにも不思議です。
酒は一樽打抜ぶちぬいたで、ちっとも惜気おしげはござりませぬ。海からでも湧出すように、大気になって、もう一つやらっせえ、丁だ、それ、心祝いに飲ますべい、代は要らぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山三郎は惜気おしげもなく二十両の金を井桁屋米藏に遣りましたが、人は助けて置きたいもので。
種員は頬冠ほおかむりにした手拭てぬぐいのある事さえ打忘れ今は惜気おしげもなく大事な秘密出版の草稿に流るる涙を押拭った。そして仙果諸共もろとも堀田原をさして金竜山きんりゅうざんの境内を飛ぶがごとくに走り行く。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうしてそれらのものには立派なものが沢山ありましたが、新しい時代では一途いちずに古くさいものと思い込まれました。従ってその値打ねうちが軽く見られ、日本的な多くのものを惜気おしげもなく棄て去りました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼が聴くがままに、二人についての知識を惜気おしげもなく供給した下女は、それでも分も心得ていた。急所へ来るとわざと津田の問をはずした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思い出の多かるべきはずの竜之助が、その簪に対してはさまでの惜気おしげがなくて、なんらの縁のないお玉は、その簪のために泣かねばならなくなりました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
別に何んにもありませんので、親仁殿おやじどの惜気おしげもなく打覆ぶっかえして、もう一箇ひとつあった、それも甕で、奥の方へたてに二ツ並んでいたと申します——さあ、この方が真物ほんものでござった。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
物をもいわず裲襠を剥取はぎとってずたずたに引裂き鼈甲の櫛笄や珊瑚さんごかんざしをば惜気おしげもなく粉微塵こなみじん踏砕ふみくだいたのち、女を川の中へ投込んだなり、いかにもせわしそうに川岸をどんどん駈けて行く。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
晋齋もいろ/\勧めて見ますが何うも承知しないんであぐねております。するとお若は世を味気あじきなく思いましたやら、房々ふさ/\したたけの黒髪根元からプッヽリ惜気おしげもなく切って仕舞いました。
尋常の場合では小袖こそですその先にさえ出る事を許されない、長い襦袢じゅばん派手はでな色が、惜気おしげもなく津田の眼をはなやかに照した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
米友は惜気おしげもなく十二神将や二十八部衆の形をして見せたり、また縁台がさかさになったような形をして、半時間も大道に寝ている必要はなかったのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
惜気おしげもなく、前髪を畳につくまで平伏ひれふした。三指づきの折かがみが、こんな中でも、打上る。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毎朝夫を送り出してから髪にくしを入れる細君の手には、長い髪の毛が何本となく残った。彼女はくたびに櫛の歯にからまるその抜毛を残り惜気おしげに眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金の額ぶちのように背負しょって、揚々として大得意のていで、紅閨こうけいのあとを一散歩、ぜいる黒外套が、悠然と、柳を眺め、池をのぞき、火の見を仰いで、移香うつりが惜気おしげなく、えいざましに
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同役の木村は、せっかく太く結い上げて来たまげ惜気おしげもなく左右に振り立てる。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我からと惜気おしげもなく咲いた彼岸桜ひがんざくらに、いよいよ春が来たなと浮かれ出したのもわずか二三日にさんちの間である。今では桜自身さえ早待はやまったと後悔しているだろう。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
犬張子いぬはりこが横に寝て、起上り小法師こぼしのころりとすわった、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳そえぢ衣紋えもんも繕わず、あねさんかぶりをかろくして、たすきがけの二の腕あたり、日ざしに惜気おしげなけれども
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これを一つ仕立て直してもらって、上っ張りにしようと、人に頼んで被布式に縫い直し、裏地を撤去して、成るべく重量を減らしてもらった、これがまた、丈夫でもあり、惜気おしげも無くて至極よろしい。
左右に振りく粟のたまも非常に軽そうだ。文鳥は身をさかさまにしないばかりにとがった嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、くらんだ首を惜気おしげもなく右左へ振る。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
惜気おしげなく真鍮しんちゅうの火鉢へ打撒ぶちまけると、横に肱掛窓ひじかけまどめいた低い障子が二枚、……其の紙のやぶれから一文字いちもんじに吹いた風に、又ぱっとしたのが鮮麗あざやか朱鷺色ときいろめた、あゝ、秋が深いと、火の気勢けはいしもむ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちには、さすが御大名だけあって、好い絵の具を惜気おしげもなく使うのがこの画家の特色だから、色がいかにもみごとであると云うような、宗助には耳新らしいけれども
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と指でもおさえず、惜気おしげなく束髪のびんって
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
左の手のひらだけを惜気おしげもなく氷のような泥だか岩だかへな土だか分らない上へぐしゃりと突いた時は、寒さが二の腕を伝わって肩口から心臓へ飛び込んだような気持がした。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何よりうれしいのは断えず煖炉ストーブに火をいて、惜気おしげもなく光った石炭をくずしている事である。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だから、まあ、よそうよ」と圭さんは自己のもうしを惜気おしげもなし撤回した。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)