)” の例文
「ところで、くなった絵図面がたった一晩ここへとめられた時、どこにどんな工合に置いてあったか、皆んな知っているだろうな」
そうした見張をしばらく続けている中に、先程の恐怖は大分くなって行った。が、そのかわり今度は寒気が容赦なく押寄せて来た。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「率直」という、戦時中に得ていたはずのただ一つのぼくの倫理は、いまはぼくのなかで、さやくした鋭利な短剣でしかなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そんな時間が経過しているにお常さんの姿も席上から消えてくなってしまい、多くの芸子舞子の姿も消えて失くなってしまった。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そうら、始まったぞ、とわし一ツ腰をがっくりとやったが、縁側へつかまったあ——どんな風に、くなったか、はあ、聞いたらばの。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「またこの後とてもそれが出來ることは疑ひありません。若し一つの手段が效力をくしたら、また別のが工夫される譯ですから。」
父親があのトランクを永久に譲ってくれたとき、「どのくらい長くこれをくさないでいるかな?」と、冗談にたずねたのだった。
火夫 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
だが又八は、からくもその杖の先から二度まであぶないところをのがれた。総身の毛あなから酒の気が一瞬に消えてくなっていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
置きくした験温器をがしていた、次の間の小夜子は、長火鉢の二番目の抽出ひきだしを二寸ほど抜いたまま、はたりと引く手を留めた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょいくなるようになった事でも、充分想像が出来た。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
がふたりの荷物はもとより、この部屋についているものも何一つくなっていない。どろぼうの仮定もこれで見事に逆証されてしまった。
文学に対する態度もまたしたがって以前とは全く違って、一生の使命とするというような意気込も理想や抱負もまるくなっていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
親が口銭で叩き上げた身代を息子がドカッとやってくしてしまう。俺は家の商売をやって貰うのは嬉しいけれど、それが心配でならない
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
メリー・ガアデン嬢といへば、今は巴里パリーに住んでる、米国で名うての首歌妓プリマドンナだが、ある時劇場しばゐの稽古場で、大事の宝をくしてしまつた。
料理から個性というものがくなり、ただ上っすべりした万人向きの無意義な薄っぺらなことにして、お茶を濁しているように思われます。
独逸どいつ名高なだかい作者レツシングとふ人は、いたつて粗忽そそつかしいかたで、其上そのうへ法外ばかに忘れツぽいから、無闇むやみ金子かねなにかゞくなる
「余り嘘ばかり云って先生や奥さんの信用をくしましたから、譬え一時間でも二時間でもお目にかかり度くて参りました」
旧師の家 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
母や祖母を早くくした私のために、世話する役人などは多数にあっても、私の最も親しく思われた人はあなただったのだ。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は——印半纏の男は、顏色をくして、爲すべき事を知らぬもののやうに、手をもぢもぢとさせて、こくりと唾を呑んだ。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そうして、おかしいことには、お姫さまの化粧室に置いてあって、いつもお使いになる古代の鏡が同時にくなっていたのだそうでございます
「へえ、リモオジュの絵葉書があるね。これは泉ちゃんのところへ送ってよこしたんだね。よくそれでもこんなにくならないで残っていたね」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あなたがわたくしのからだに織り込もうとなすった禍いが夢のように、……この毒のある花の匂いのように、くなってしまうところへ参ります。
トレープレフ (母親を抱いて)僕の気持がお母さんにわかったらなあ! 僕は何もかも、すっかりくしてしまった。
人情の花もくさず義理の幹もしっかり立てて、普通なみのものにはできざるべき親切の相談を、一方ならぬ実意じつのあればこそ源太のかけてくれしに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それからは、えないで、もりなかさぐまわり、くさべて、ただくしたつまのことをかんがえて、いたり、なげいたりするばかりでした。
愛の働きを聞いてからは子をくしてまたおおぜいの子を持った心地こころもちで、望みという事を教えられてから、辛抱をするにも楽しみがつきましてね——
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかも刹那せつなに人間の魂の無限性を消散してしまつて、生の余韻をくしてしまつたやうな惜しい気持ちがしますね。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
とてもその勢いで取って返し、その家に訪ねていって、名札の取れて、もういなくなってしまった事情を訊ねてみる力はくなってしまったのである。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
少女たちが瘠せ細りながらも神経がやや脂肪づき、かく卯薔薇うばらほどの花になつて咲く年齢になつても、明子だけは依然色をくした蕁麻いらくさとして残つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
この社会的勢力が変遷するに伴って支配階級の質も変化するが、しかし支配階級そのものがくなるのではない。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
というものがまるでくなってしまったのではないというしるしに、時どきうすい影を投げることもあるが、それは忽ち暗い雲の袖に隠れてしまった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぼくをみるなり「坂本さん。これあんたんじゃろう。随分ずいぶん、あんたを探していたのよ」と差出してくれたのは、くしたとばかり、思っていた蟇口です。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おじいさんはやさしくいました。「木ペンぐした。」キッコは両手りょうてを目にあててまたしくしく泣きました。
みじかい木ぺん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
小径こみちをぐるぐる廻り、ここという場所を探し、そこで銀貨を「く」し、かかとで押し込み、腹這いに寝転ねころがる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あかぼうをひっかいたり、おじょうさんの手提てさげくしたり、かえしのつかないことをするようになりました。
花の咲く前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とか何とか程よくおどしましたんでね、元も子もくしちゃ大変と、首をつないでおいて、下郎風情があのような別嬪べっぴんを私するとは不埓至極じゃ、分にすぎるぞ。
ぶたッてつたのよ』とあいちやんはこたへて、わたしはおまへ何時いつまでもうしてないで、きふくなつてれゝばいとおもつてるのよ、眞個ほんとう眩暈めまひがするわ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それからそこへ逗留とうりゅうしておるうちに私が長い間連れて歩いた二ひきの羊がくなったという始末なんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
はじめに見た武家の御息子ごそくし様のような初々ういういしい丁寧な言葉づかいも、しだいにくなったともいった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
わずか一年つか過たない内に——花魁のところに来初めてからちょうど一年ぐらいになるだろうね——店はくなすし、家は他人ひとの物になッてしまうし、はははは
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
日本授産館の山師にだまされて財産を半分程くしたのと全く自暴自棄に陥つたやうな話であつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
忽ち叫ぶお代の声「ヤア大変だ、満さん来てくっせいよ。わしの箪笥たんす抽斗ひきだしが明いて中の衣服きものが皆んなくなったよ」とにわかに騒いで「ぬすっとうめ」と表へ駆け出す。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「それから親方さん、わたしあの手紙に附いているお金をお預かり申したんですけれど、それをくしてしまいましたから、ぜひそのおびをしなければなりませんが」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
調べておいたんだよ。一つもくなってはいなかったんだよ。そして昼休みが済んだら二つ失くなっていたんだよ。そして休みの時間に教場にいたのは君だけじゃないか。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれどしようことなしにねむるのはあたら一生涯しやうがいの一部分ぶゝんをたゞでくすやうな氣がしてすこぶ不愉快ふゆくわいかんずる、ところいま場合ばあひ如何いかんともがたい、とづるにかしていた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
彼女の結婚したアラン・マクドオナルドは——エンマが言う——絲切り歯が一枚い。結婚の晩に、この、年齢の割りには鳥渡異常な事実に気がついて、変に思ったのだった。
消えた花婿 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
アキの品物は一つ一つくなった。私の女からいくらかずつの金を借りてダンスホールへ行くようになった。しかし男は見つからなかった。それでも働く決意はつかないのだ。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
わたしは永久にくならないように、あなたの生命いのちを吸わなければならないのよ。わたしはあなたをたいへんに愛していたので、ほかの恋びとの血を吸うことに決めていたの。
實は私自身強ひて泊る氣もくなつてゐた時なので、それもよからうと直ぐ思ひ直した。
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
もう助かる望みがないと心を決めてしまったので、初め私の元気をすっかりくした、あの恐怖の念が大部分なくなったのです。絶望が神経を張り締めてくれたのでしょうかね。