天麩羅てんぷら)” の例文
この辺に不思議なのは二軒ほども古い石屋の店のある事で、近頃になって目について増え出したのは天麩羅てんぷら仕出屋しだしやと魚屋とである。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手覚えのあるのは、係羂かけわなに鼠の天麩羅てんぷらを仕掛けて、ぐびぐび飲みながら、夜更けに植込みを狙うなんという事がありますそうで?——
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おれが組と組の間にはいって行くと、天麩羅てんぷらだの、団子だんごだの、と云う声が絶えずする。しかも大勢だから、だれが云うのだか分らない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右側はやっこ天麩羅てんぷらといって天麩羅茶漬ちゃづけをたべさせて大いに繁昌をした店があり、直ぐ隣りに「三太郎ぶし」といった店があった。
へえ天麩羅てんぷらかい。長「わからんのう、ながげて短くしたのを揚身あげみといふ。弥「矢張やつぱりあなごなぞは長いのを二つに切りますよ。 ...
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
この間も阿母さんが天麩羅てんぷらおごったんだけれど、そういう時だって、私は妹さんの下座よ。タキシイに乗る時だって、やっぱり私が後よ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とりわけひどいのは料理で、仏蘭西式の本場の庖丁加減よりも、馬鈴薯じやがいも天麩羅てんぷらが好きで、何かといふとそればかりを頬張つた。
私は、蓮根れんこんの穴の中に辛子からしをうんとめてげた天麩羅てんぷらを一つ買った。そうして私は、母とその島を見ながら、一つの天麩羅を分けあって食べた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
日本流の天麩羅てんぷらならばそれから衣をつけて揚げれば楽に出来る。これは西洋のサラダあぶらで揚げたのだから味が軽い。揚物あげものにはサラダ油が第一等だね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
折しも微吹そよふく風のまにまに、何処いずくより来るとも知らず、いともたえなるかおりあり。怪しと思ひなほぎ見れば、正にこれおのが好物、鼠の天麩羅てんぷらの香なるに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
味覚としての「いき」は「けものだな山鯨やまくじら」よりも「永代えいたい白魚しらうお」の方向に、「あなごの天麩羅てんぷら」よりも「目川めがわ田楽でんがく」の方向にもとめて行かなければならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
いろいろ価のやすい日用品、食料品を商ふ市で、主に労働階級の者を相手にしてゐるやうである。川魚を天麩羅てんぷらにして売つてゐたり、類の競売などは幾組もある。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
所詮どうせ死ぬなら羊羹でも、天麩羅てんぷらでも、思うさま食ってやれと棄鉢すてばちになっても、流動物ほか通らんのだから、喰意地くいいじが張るばかりでカラキシ意気地いくじはない。ア餓鬼だナア!
「……。だから諸君にとつて國語學程重要な物はない。」先生はチョッキのボタンからんだ、恐らくは天麩羅てんぷららしい金鎖を指でまさぐりながら、調子に乘つて饒舌しやべつてをられた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
海岸を歩けば、帆立貝ほたてがいからが山の如く積んである。浅虫で食ったものゝ中で、帆立貝の柱の天麩羅てんぷらはうまいものであった。海浜随処に玫瑰まいかいの花が紫に咲き乱れて汐風にかおる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
天麩羅てんぷらにすればうましと、嘉助氏いえり。午前二時目覚む。雨の音を聞く。ことことと鍋の動く音をも聞く。雨が動かすに非ず。風が動かすにも非ず。熊にや、狐にや、狸にや。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
天麩羅てんぷらもよく喰われるそうであるが、そんな意味なり随分あじけない話だと思った。
卵の花寿司ずしいわし天麩羅てんぷら海老えび蒲焼かばやき、豆滓まめかすの寿司——などというような飲食店で、四文出せば口にはいろうという、うまくて安い食物ばかりを、選んで出している飲食店なのである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しば蝦より稍々やや大きいラングスチンと呼ぶ蝦ははさみを持っている。鋏を持っている蝦は一寸ちょっと形がかわっていて変だが、これがまたなかなかうまい。ことにオリーブ油で日本式の天麩羅てんぷらにするといい。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
見事な味で、その他、鮪、豆腐、なめこ、黄菊、天麩羅てんぷら、生菓子、いくら等。
出羽新座主殿の家来田村彦之助は、四文揚げの天麩羅てんぷら三百四十を食った。
食指談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
吸物、平、なます煮染にしめ、天麩羅てんぷら等、精進下物の品々を料理し、身一個をふり廻して僕となり婢となり客ともなり主人ともなって働きたり、日暮るれば僧も来たり、父老、女房朋友らのかずも満ち
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
安政元年に竜池父子の贔屓にした八代目団十郎が自刃した。二年は地震の年である。江戸遊所の不景気は未曾有で、幇間は露肆ろし天麩羅てんぷらを売り、町芸妓は葭簀張よしずばりにおでん燗酒かんざけひさいだそうである。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それには一寸ちょっと相手に困る。人の恋をするのを傍観するのは、あだかも人が天麩羅てんぷらを喰ってるのを観て其味を想像するようなものではあるけれど、実験の出来ぬうちは傍観して満足するよりほか仕方がない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いまの天麩羅てんぷら屋「大黒屋」は出来たはじめは蕎麦そば屋だった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
天麩羅てんぷら立食たちぐいなんか、ごめんだぜ。」
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天麩羅てんぷら
料理メモ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
汁粉屋の看板を掛けた店へ来て支那蕎麦そばがあるかときき、蕎麦屋に入って天麩羅てんぷらあつらえ断られていぶかし気な顔をするものも少くない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
健三は昔しこの人に連れられて寄席よせなどに行った帰りに、能く二人して屋台店やたいみせ暖簾のれんくぐって、すし天麩羅てんぷら立食たちぐいをした当時を思い出した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
拳固げんこ……つねもち、……あかいお團子だんご。……それが可厭いやなら蝦蛄しやこ天麩羅てんぷら。」と、ひとツづゝ句切くぎつて憎體にくたらしくふしをつける。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大阪生れの丸山の内儀さんは、お庄にそう言って酒を一銚子誂えて、天麩羅てんぷらに箸をつけながら、猪口ちょくのやり取りをした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
天金てんきんで一番いい天麩羅てんぷらを下さいと云って女中さんに笑われた。そして一番いい自動車に乗って帰ろうと思って、あんまりよくないのに乗って家まで帰ったのを覚えている。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
揚物あげものわかるか、揚物あげものてえと素人しらうと天麩羅てんぷらだと思ふだらうが、なげえのを漸々だん/″\めたのを揚物あげものてえのだ、それから早く掛物かけものを出して見せなよ、やぶきアしねえからお見せなせえ
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
心魂こころも今は空になり、其処そこ此処ここかと求食あさるほどに、小笹おざさ一叢ひとむら茂れる中に、ようやく見当る鼠の天麩羅てんぷら。得たりと飛び付きはんとすれば、忽ち発止ぱっしと物音して、その身のくびは物にめられぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
牛蒡ごぼう天麩羅てんぷら 夏 第百四十 玉子料理
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
露店でくらう豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅てんぷら牴触ていしょくする事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やはり天麩羅てんぷらなどにできますかと聞くと、無論できますと答えたので、近き将来において一つ豆油の天麩羅を食ってみようと思ってその室を出た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私も行きたいけれど……あなたどこへいらっしゃるの。私何かおいしいものを食べたい。天麩羅てんぷらか何か。——ねえ、坊だけつれて行きましょうか。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……天麩羅てんぷらとも、蕎麦そばとも、焼芋とも、ぷんと塩煎餅のこうばしさがコンガリと鼻を突いて、袋を持った手がガチガチと震う。近飢ちかがつえに、冷い汗が垂々たらたらと身うちに流れる堪え難さ。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ましてこの鼠の、恩のためとはいひながら、自ら死して天麩羅てんぷらの、辛き思ひをなさんとは、まことに得がたき阿駒が忠節、むるになほ言葉なし。……とまれかれ願望のぞみに任せ、無残なれども油に揚げ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
百合ゆり天麩羅てんぷら 夏 第百五 世の流行
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「また例の堀田ほったが……」「そうかも知れない……」「天麩羅てんぷら……ハハハハハ」「……煽動せんどうして……」「団子だんごも?」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明治三十二、三年の頃わたくしは三河屋のあった所に岡田という座敷天麩羅てんぷらの看板の掲げられてあるのを見た。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「へえ、こんなところで天麩羅てんぷらを食うんだね」私はこてこて持ちだされた食物を見ながら言った。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鰻のにおいも鼻に附いて食いたくなし、たい脂肪あぶら濃し、天麩羅てんぷらはしつッこいし、口取もあまったるしか、味噌吸物は胸に持つ、すましも可いが、恰好かっこうな種が無かろう。まぐろの刺身はおくびに出るによ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天麩羅てんぷらを食えば必ず下痢げりする事になる。月給をもらえば必ず出勤する事になる。書物を読めば必ずえらくなる事になる。必ずそうなっては少し困る人が出来てくる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お島が方々札びらを切って、註文して来た酒や天麩羅てんぷらで、男達はやがてのみはじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
江戸児えどつこは……くひものには乱暴らんばうです。九しやうときでも、すしだ、天麩羅てんぷらだつてふんですから。えびほしい……しんじよとでもふかとおもふと、とんでもない。……鬼殻焼おにがらやきいとふんです。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
健三は比田の振下ぶらさげている金時計と金鎖の事を思い出した。兄はそれを天麩羅てんぷらだろうといって陰で評していたが、当人はどこまでも本物らしく見せびらかしたがった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子供に贈る羽子板や翫具おもちゃなどをこてこて買って、それを帰りがけに食べた天麩羅てんぷらの折詰めと一緒に提げながら、帰って来たとき、留守を預かっていたお増の遠い縁続きにあたる若い女が
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)