わずか)” の例文
又そこに住んでいる人々も昔の様に多数の人々が住んでいるにかかわらず、十人の中わずかに二、三人しか見出す事が出来ない有様であって
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
速力も一時間二百マイルくらい出るので、たとえば水底をくぐってわずかの間に太平洋横断ができるという、まことに恐るべき発明であった。
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただわずかに残って、今にそびえる天守閣の正しい均斉、その高欄こうらんをめぐらし、各層に屋根をつけた入母屋いりもや作りのいらか、その白堊はくあの城。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
今ならば一日でも決行し得られる旅程に四日もかかったことを思うと、わずかに十五年前でありながら全く隔世の感に堪えないのである。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
明治十一年四月までながらえて、八十二歳で歿した。寛政九年のうまれで、抽斎の生れた文化二年にはわずかに九歳になっていたはずである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
石造の歩道を踏んで行く自分等の靴音の耳につくのを聞きながら、今は巴里にある極くわずかの日本人の中の二人であることをも感じた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういえばわたくしの行く手の街道の路面も電信柱もわたくしの背後の空から遠い都の灯の光の反射があるのでわずかに認められるのです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
親父は、じいさんが残して行った、わずかばかりの財産を、酒と女に使い果す為に生れて来た様な男なんだ。みじめなのは母親だった。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
断崖を見れば吹き落ち吹き落ちする濃霧が、すでに其の九分以上を埋了して、わずかに見える頂すら、もう直ぐに隠れてしまおうとしている。
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
現在東京で流行しているこの種のフイルムの中には、舶来物もあるにはあるがわずからしい。十中八九和製と見ていい程に製造が盛である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生をわずかに忘れる事が出来たのである。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わずかの間の旅行でありましたが、この六十日ばかりの旅の間、各地の天然の風光が俳句には成りにくいような心持がするのでありました。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
舎費すなわち食糧費としては月二円でみ、予備門の授業料といえば月わずかに二十五銭(もっとも一学期分ずつ前納することにはなっていたが)
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『浮雲』著作当時の二葉亭は覇気はき欝勃うつぼつとして、わずかに春廼舎を友とする外は眼中人なく、文学を以てしては殆んど天下無敵の概があった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然れども不幸にしてその志を果さずわずかに歌麿北斎二家の詳伝を著したるのみにして千八百九十六年病みて巴里パリー寓居ぐうきょに歿したりき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
平生へいぜいの元気も失せて呻吟しんぎんしてありける処へ親友の小山中川の二人尋ね来りければ徒然とぜんの折とておおいよろこび枕にひじをかけてわずかこうべ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
始めは客のある時は客の前をはばかってわずかに顔をしかめたり、僅に泣声を出す位な事であったが、後にはそれも我慢が出来なくなって来た。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
馬士まごもどるのか小荷駄こにだが通るか、今朝一人の百姓に別れてから時の経ったはわずかじゃが、三年も五年も同一おんなじものをいう人間とは中をへだてた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お早くお帰りなさいまし。」と、挨拶あいさつする外は何の言葉もなかった。が、送り出す時は、まだよかった。其処そこに、わずかでも希望があった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
従来の戦術から順を追って牛歩乃至ないし一歩を進めた戦術であり、矢張やはり伝統を経てわずかにそれを改良した兵器に過ぎないのである。
ヒトラーの健全性 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
又教場の学事は殆んど器械的の仕事にして、わずかに銭あればもって意のごとくすべしと雖も、我党の士において特に重んずる所は人生の気品に在り。
東京に出てから、自分は画を思いつつも画を自ら書かなくなり、ただ都会の大家の名作を見て、わずかに自分の画心えごころを満足さしていたのである。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しろまつかげきそうな、日本橋にほんばしからきたわずかに十ちょう江戸えどのまんなかに、かくもひなびた住居すまいがあろうかと、道往みちゆひとのささやきかわ白壁町しろかべちょう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
こわごわ門のとこまできてみると、大きな門はぴったり閉まって先生や小使が出入でいりするわきの小門だけがわずかに明いていました。
市郎は洋杖すてっき把直とりなおして、物音のするかたへ飛び込んで見ると、もう遅かった。わずか一足ひとあし違いで、トムは既に樹根きのねに倒れていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そんな時不図傍らを見ると、背を薄黒く染めて地に低く生え立った猪の鼻と呼ぶ茸が、わずかに落葉の間から顔を出している。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
そういう意味では、可なり多くの書物を覗いて見た、また今でも覗くといってよいかも知れない。本当に読んだという書物はごくわずかなものであろう。
読書 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
用もないのにむやみに外来語を使いたがる稚気と、わずかばかりの外国語の知識をやたらにふりまわしたがる衒気げんきとが民衆にないとは決していえない。
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
わずかにかえり見れば小きまろきうつくしき虹の我身をめぐりて目の下に低く輝けるあり。我動くところに虹もまた従いて動く。
滝見の旅 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
男爵に声をかけられて、わずかに顔を上げたのは、一人離れて、長椅子いすの上に陣取った、深山茂という若い大学教授プロフェッサーです。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その語は極めて解きやすし、もし人ありて慈悲心をもて父母ちちはは乃至ないし世の病人なんどに水を施さば、仮令たといそのかさ少くしてわずかてのひらむすびたるほどなりとも
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
頼朝が逝去せいきょするとともに、頼家が家督かとくを相続したが、朋党ほうとう軋轢あつれきわざわいせられて、わずかに五年にして廃せられ、いで伊豆の修禅寺しゅぜんじ刺客しかくの手にたおれた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『あの金は、わずかの物に相違あるめえが、僅の物を返せというのに、何をぎょッとしているのだ。よこせ、此っへ!』
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わずか収入しゅうにゅうはは給養きゅうようにもきょうせねばならず、かれついにこの生活せいかつにはれず、断然だんぜん大学だいがくって、古郷こきょうかえった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それによると一人の男が、一日八時間から九時間以上休みなく働いた労賃が、わずかに九銭から拾壱銭強にしか当らぬが、これは嘘のようであって事実である。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
あなたはあなたがわずかに数万円の金を詐取しようとする心得違いから、先ず第一に留守番の子供を殺し、次にその母親を殺し、遂には父親までを殺しました。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
うも御前、世の中には種々いろ/\の気性の方もあったもので、瀧村殿にはわずかに三日や四日のお宿下やどさがりに芝居はお嫌い、花見遊山ゆさんなどと騒々しいことは大嫌いで
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かの女はよろめくたびに、幾度かたぎり立つ地獄の中に落ちこもうとしては、渾身こんしんの力をもってわずかに支えている。けれどもかの女の顔色は自若じじゃくとして変らない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
神をけがすものとして、刑罰に処せられたり、彼は一つの教会一つの学校をも建つることなく、事業として見るべきものはわずかに十二三人の弟子養成のみなりき
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
すると、彼は彼をして空腹ならしめているものが、ただわずかに自身の身体であることに気がついた。もし今彼の身体が支那人なら、彼は手を動かせば食えるのだ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この住居のまえにあるわずかばかりの平地のむこうは五、六丈? の急な崖になってその下が南の浜である。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
わずか三本の髪の毛ですけれど斯う云う具合に段々と詮議して行くと色々の証拠が上って来ます貴方ア御自身の髪の毛を一本お抜なさい奇妙な証拠を見せますから
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
錦子に思いを寄せた郷里の男のことは、いなぶねの死後に出た秘書——美しい水茎みずくきのあとで、改良半紙に書かれた「鏡花録」によってわずかの人が知っているだけだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
やといたること甚だわずかなりし点においては彼の淡泊無邪気なる大納言殿だいなごんどのかえって来たり聴くに値せり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
澤は夢中になって身を起すと、わずかに隙間のあった硝子戸の間から、庭の芝生に一飛びに飛んで出た。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
室内には、薄燈うすあかりがついていたので、私は驚きながらも枕からかしらもたげて、いずれの糸が鳴るのかを、たしかめんとしたが、解らない、その間はわずか三分ぐらいであったろう
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
重なり合った木の葉の間から、わずかに青空がのぞいている。その下に彼の母が睡っているのである。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
槍ヶ岳は背後より、穂高山は足の方より、大天井岳は頭を圧すばかりに、儼然げんぜん聳立しょうりつして、威嚇いかくをしている、わずかにその一個を存するとも、なおもって弱きを圧伏するに足るのに
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
わずかに十坪ぐらいの余地しか使えないのでは、花壇をこしらえるにしても、趣きを出すにはくつろぎが足りなさ過ぎる。その上いけないことには、その地所は鍵の手に板塀で囲まれていた。
気分に左右されるといわれるほどわずかの事にも喜怒哀楽の変化が著しく、男をして女子と小人は養いがたしとまで歎ぜしめたのも感情を調整するに必要な智力を欠いているからです。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)