上框あがりがまち)” の例文
上框あがりがまちに腰をかけていたもう一人の男はややしばらく彼れの顔を見つめていたが、浪花節なにわぶし語りのような妙に張りのある声で突然口を切った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お夏の跫音あしおとではない。うとうとした女房、台所のかたわらなる部屋で目を覚すと、枕許を通るのは愛吉で。はばかりかと思うと上框あがりがまちの戸を開けた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女兒を負つて、頭にかゝるほつれ毛を氣にしながら、ランプの火屋ほやを研いてゐた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
私が上框あがりがまちに腰を下ろして口笛を鳴らすと、犬は私の足許に寄ってきて、いかにも満足そうに「ワンワン。」と二声吠えた。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
借家の格子戸こうしどがガタガタいって容易にかない。切張きりばりをした鼠色ねずみいろの障子にはまだランプの火も見えない。上框あがりがまち真暗まっくらだ。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その冷い石の上へ足を預けて上框あがりがまちのところに腰掛けながら休んだ。玄関の片隅の方を眺めると、壁によせて本箱や机などが彼を待受け顔に見えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
腰を曲げ、おこりにかかったようにブルブルと両手を震わせながら、よろぼけよろぼけ、見る影もないようすで上框あがりがまちまで出て来て、そこへべッたりとへたり込むと
お上さんはほそ指尖ゆびさき上框あがりがまちいて足駄を脱いだ。そして背中の子をすかしつゝ、帳場の奧にかくれた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
艶拭きのかかった上框あがりがまちへ、助五郎は気易に腰をかけて、縁日物の煙草入れの鞘をぽうんと抜く。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
上框あがりがまちに坐り込んで了ひます。
彦兵衛は上框あがりがまちに立った。
智恵子が此家ここの前まで来ると、洗晒しの筒袖を着た小造の女が、十許りの女の児を上框あがりがまちに腰掛けさせて髪を結つてやつて居た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
上框あがりがまちを開けようとしたり、めたり、引返して坐ったり、煙草を呑もうとしたり、見合わせたり、とやかく係合いに気を揉んだのは事実で。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「京葉さんはいますか。」ときくと、直に家の内から、小づくりの円顔まるがお。髪はつぶしにたけながを結んだ女が腰の物一枚、裸体のまま上框あがりがまちへ出て来て
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
てらてらに黒光くろびかりした商人宿あきんどやど上框あがりがまちに腰をおろすと、綿入の袖無を着た松助まつすけの名工柿右衛門にそっくりのお爺さんが律義に這い出してきて、三十郎の顔をひと目見ると
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「はい」と父親おやじ上框あがりがまちへ腰を掛けながら
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女児こどもおぶつて、顔にかゝるほつれ毛を気にしながら、ランプの火屋ほやみがいてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
時に返事をしなかった、上框あがりがまちの障子は一枚左の方へ開けてある。取附とッつきが三畳、次のあかりいていた、弥吉は土間の処へ突立つったって、委細構わず
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荒い大阪格子を立てた中仕切へ、鈴のついたリボンのすだれが下げてある。其下の上框あがりがまちに腰をかけて靴を脱ぐうちに女は雑巾ぞうきんで足をふき、端折はしょった裾もおろさず下座敷の電燈をひねり
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上框あがりがまちに膝をついて
渠は成るべく音のしない様に、入口の硝子戸を開けて、てて、下駄を脱いで、上框あがりがまちの障子をも開けて閉てた。此室ここは長火鉢の置いてある六畳間。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
小町下駄は、お縫がとこ上框あがりがまちの内に脱いだままで居なくなったのであるから、身を投げた時は跣足はだしであった。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
階下したのかみさんは梯子段はしごだんの下の上框あがりがまちへ出て取次をしている様子で「お上んなさいましよ。きっと転寝うたたねでもしておいでなさるんだよ。まだ聞えないのか知ら。田島さん。田島さん。」
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
台所と、この上框あがりがまちとを隔ての板戸いたどに、地方いなか習慣ならいで、あしすだれの掛ったのが、破れる、れる、その上、手の届かぬ何年かのすすがたまって、相馬内裏そうまだいり古御所ふるごしょめく。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言つて、定次郎は腹掛から五十錢銀貨一枚出して、上框あがりがまちに腰かけてゐるお定へ投げてよこした。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
半歳はんとしちかくたって、或日の朝重吉はいつものように寐坊ねぼうな女を二階へ置いたまま、事務所への出がけ、独り上框あがりがまちで靴をはいていると、その鼻先へ郵便脚夫きゃくふが雑誌のような印刷物二
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何事も思わず開けて入り、上框あがりがまちに立ちましたが、帳場に寝込んでおりますから、むざとは入らないで
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これだけで訪問の礼は既に終つたから、平生いつもの如く入つて行かうと思つて、上框あがりがまちの戸に手をかけやうとすると、不意、不意、暗中に鉄の如き手あつて自分の手首をシタタカ握つた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その夜お雪さんは急に歯が痛くなって、今しがた窓際から引込んで寝たばかりのところだと言いながら蚊帳からい出したが、坐る場処がないので、わたくしと並んで上框あがりがまちへ腰をかけた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「はい、今開けます、唯今ただいま、々々、」と内では、うつらうつらとでもしていたらしい、眠けまじりのやや周章あわてた声して、上框あがりがまちから手をのばした様子で、掛金をがッちり。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は乳母が衣服きもの着換きかえさせようとするのも聞かず、人々の声する方に馳け付けたが、上框あがりがまち懐手ふところでして後向うしろむきに立って居られる母親の姿を見ると、私は何がなしに悲しい、嬉しい気がして
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
父も私も台所の入口に出てみると、叔父は其雁を上框あがりがまちの板の上に下して
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
慄悚ぞっとした、玉露を飲んで、中気ぐすりめさせられた。そのいやな心持。えいめたといううちにも、エイと掛声で、上框あがりがまちに腰を落して、直してあった下駄を突っかける時
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
叔父は上框あがりがまちに突立つて、『悪いなら悪いと云へ。沢山うんと怒れ。うなの小言など屁でもねえ!』と言つて、『馬鹿野郎。』とか、『この源作さんに口一つ利いて見ろ。』とか、一人で怒鳴りながら出て行く。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折から突然まだ格子戸こうしどをあけぬ先から、「御免ごめんなさい。」という華美はでな女の声、母親が驚いて立つもなく上框あがりがまちの障子の外から、「おばさん、わたしよ。御無沙汰ごぶさたしちまって、おびに来たんだわ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
柳屋は浅間あさま住居すまい上框あがりがまち背後うしろにして、見通みとおしの四畳半の片端かたはしに、隣家となり帳合ちょうあいをする番頭と同一おなじあたりの、柱にもたれ、袖をば胸のあたりで引き合わせて、浴衣ゆかたたもと折返おりかえして
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
をりから突然とつぜんまだ格子戸かうしどをあけぬさきから、「御免ごめんなさい。」と華美はでな女のこゑ、母親がおどろいて立つもなく上框あがりがまち障子しやうじの外から、「をばさん、わたしよ。御無沙汰ごぶさたしちまつて、おびに来たんだわ。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
柳屋やなぎや淺間あさま住居すまひ上框あがりがまち背後うしろにして、見通みとほし四疊半よでふはん片端かたはしに、隣家となり帳合ちやうあひをする番頭ばんとう同一おなじあたりの、はしらもたれ、そでをばむねのあたりではせて、浴衣ゆかたたもと折返をりかへして
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すぐに、上框あがりがまちへすっと出て、柱がくれの半身で、爪尖つまさきがほんのりと、常夏とこなつ淡く人を誘う。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
節穴へあかりが漏れて、古いから森のよう、下したしとみ背後うしろにして、上框あがりがまちの、あの……客受けの六畳の真中処まんなかどころへ、二人、お太鼓の帯で行儀よく、まるで色紙へ乗ったようでね、ける、かな
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
島野はにらみ見て、洋杖ステッキと共に真直まっすぐに動かず突立つったつ。お雪は小洋燈に灯を移して、摺附木を火鉢の中へ棄てた手でびん後毛おくれげ掻上かいあげざま、向直ると、はや上框あがりがまち、そのまませわしく出迎えた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人おんな上框あがりがまちに立ちたるまま、かいなを延べたる半身、ななめに狭き沓脱くつぬぎの上におおわれかかれる。その袖の下を掻潜かいくぐりて、摺抜すりぬけつつ、池あるかたに走りくをはたはたと追いかけて、うしろよりいだとど
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酒の汚点しみあざかと見ゆる、皮の焼けた頬を伝うて、こけたあぎとへ落涙したのを、先刻さっきからたまりかねて、上框あがりがまちへもう出て来て、身体からだを橋に釣るばかり、沓脱くつぬぎの上へ乗り出しながら、格子戸越にみまもった
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忌々いみいみしいと言えば忌々しい、上框あがりがまちに、ともしびを背中にして、あたかも門火かどびを焚いているような——その薄あかりが、格子戸をすかして、軒で一度暗くなって、中が絶えて、それから、ぼやけた輪を取って
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お縫は上框あがりがまちの敷居の処でちょっとかがみ、くだんの履物を揃えて
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)