わに)” の例文
そうして結局、巴里パリーの大道で野たれじにをしようとも、ナイル河のわにに喰われて死のうとも、己は少しも恨めしいとは思うまい。………
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼がいかる時はわにのごとく、った時は河童かっぱのごとく、しかしてねむった時は仏顔ほとけがおであったかも知れぬ。また半耳君はんじくんにしても然りである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
馬や牛や羊はいうに及ばず、鶏や家鴨あひるなどの鳥類や、それから気味のわるいへびわに蜥蜴とかげなどの爬蟲類はちゅうるいを入れた網付の檻もあった。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あすこによくわにの奴が、背中を干しているのだが、……」と事務員の一人が指したが、そのすぐあと、ともの方にいた事務員がいった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
八週間すなわち二ヵ月くらいになると大脳がさらに大きくなって、大脳、小脳、視神経葉等の割合がほぼわにの脳髄におけると相匹敵する。
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
お前はわたしにだまされたと言うか言わない時に、一番はしに伏していたわにがわたくしをつかまえてすつかり着物きものいでしまいました。
侍女七 はすの糸をつかねましたようですから、わにの牙が、脊筋と鳩尾みずおち噛合かみあいましても、薄紙一重ひとえ透きます内は、血にも肉にも障りません。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蜥蜴とかげの腸だの、蛇の肝だの、わにの舌ベロだのといって、求めても容易に得られざる悪食を持寄って、そのあくどい程度に於て優劣がある。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
狼の頭、豹の頭、さめの頭、蟒蛇うわばみの頭、蜥蜴とかげの頭、鷲の頭、ふくろの頭、わにの頭、——恐ろしい物の集会である。彼は上座の方を見た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
土地柄として沼にも川にも沿岸の海にもわにが棲んで居て、一寸ちよつと端艇はしけが顛覆しても乗組人は一人ひとりも揚つて来ないのが普通なのに
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
まづしい店前みせさきにはおほがめかふわに剥製はくせい不恰好ぶかっかううをかはつるして、周圍まはりたなには空箱からばこ緑色りょくしょくつちつぼおよ膀胱ばうくわうびた種子たね使つかのこりの結繩ゆはへなは
じっと眺めたら一体どんな感じがするものだろうと思って見た、象の足、わにの足の裏とほぼ同一のものかも知れないと思う。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
わに駝鳥だちょう山羊やぎ鹿しか斑馬しまうま、象、獅子しし、その他どれ程の種類のあるかも知れないような毒蛇や毒虫の実際に棲息せいそくする地方のことを話し聞かせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕等は博物館の硝子戸ガラスどの中に剥製はくせいわにを見ることを愛してゐる。しかし一匹の鰐を救ふよりも一匹の驢馬を救ふことに全力を尽すのに不思議はない。
枯れた樹の根や、草むらに、じっと眠ったように横たわっているわにが、不意に、ばしゃんばしゃんと水煙をあげて、とびかかって来ることがあった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
わにと虎とのけんかも変わっている。両方でかみ合ったままで、ぐるりぐるりと腹を返して体軸のまわりに回転する。
「先づしめたもんだ、わにの口の方でお逃げなすツたといふ奴よ。これで、俺様の天下さ。どれ、穴を出て、久しぶりでのどつかえぬ飯を喰ふとしやうか。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
蛭子海に棄てられて竜宮に流れ着き、そこに三年の間養われて身骨まったく整い、わにに乗って故国に還ってきた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
後からわにのような黒いものが啓吉の背中を突きとばした。啓吉は、痛くて痛くて耐えられなかった。自分のまわりに、色々な顔の人間達が、手をつないで
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それは此間から新道しんみちで見料を取つて見せてゐる大きいわにを見に行きたいと云ふのである。夫は外国旅行をする筈で、もう汽車の切符を買つて隠しに入れてゐる。
Kさんがわにの肉塊をあんこうと称して贈ったかどうか知らないが、この話はてんで問題にならないのだ。
鮟鱇一夕話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
下流で見たあの大きな流れがいったん山すそに遁入とんにゅうすると、急にくびられたように狭くなって、滝の多い岩壁を露出した「わにのあくび」のような形相に一変する。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
そうすると間もなく、この直方の町中で知らない人はない「わに警部」と綽名あだなのついている谷警部が這入って来まして、ダシヌケに「お前の母親おふくろは殺されたんだぞ」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが嫌なら、あの暗緑色の深いところへ、はいつてゆかねばなるまい。あそこには気味の悪い海月くらげや鮹や、恐しいあんかうや、わにざめなんかひそんでゐるだらう。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
無限に続く大森林! 森林の中の山と川! 底なしの沼やわにの住む小川! それを越えて奥へ奥へ既に一月も進み進んで英国領もいつか越え、和蘭オランダ領へはいり込んだ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女のそれを大型のわに皮製のオペラ・バッグに落とし込んで、銀座のペーヴメントに出た。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
一夜、鶏が誤って夜半に鳴き、みこと、周章舟を出したがを置き忘れ、よんどころなく手で水を掻いて帰る内、わにに手をまれた。因って命と姫をまつれる出雲の美保姫社辺で鶏を飼わず。
近くの壁画を見れば、やまいぬわに青鷺あおさぎなどの奇怪きかいな動物の頭をつけた神々の憂鬱ゆううつな行列である。顔もどうもないおおきなウチャトが一つ、細長い足と手とをやして、その行列に加わっている。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
わにおかへあがることがある。あるいは鰐ではないかという説も出たが、ここらの原住民は鰐に就いては非常に神経過敏であるから、その匂いだけでもすぐにそれと覚ることが出来る。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
男はわにび笑いとでも言えるように、歯をむき出して愛相笑いをしながら答えた。
大蛇や大蜥蜴とかげわにも南洋の名物だし、それから、いのししだとか虎なんかもいるんだって
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
獅子ししよりもわによりも竜よりも、もっとおそろしい動物の本性を見るのです。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は偶然ふとこの黒い海の中に怖ろしいわにや、鱶鮫ふかざめが棲んでいるのだと思った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ええカイマン、カイマンがわに、カアルト、歌留多かるたときた、カーフル、カーフルは炉端、カーネル……カーネルクウク、カーネルクウクは……菓子と、なるほどね、嬶あ寝るぐうぐうが菓子か」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
海既に無しは、旧世界の混乱不安動揺既に去れりとの意であろう。またヨブ記七章十二節に「我あに海ならんや、わにならんや」と海を鰐に比較せる如きも、古代人のこの思想を知るものである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この蟇口はわにの皮でこしらえたすこぶる上等なもので、親父から貰う時も、これは高価な品であると云う講釈をとくと聴かされた贅沢物ぜいたくものである。長蔵さんは蟇口を受け取って、ちょっとながめていたが
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おのがけ火の、すさまじい炎の渦に、押し捲かれそうになって、逃げに逃げて、やっと辿りついた崖の上、目の下は、わにも棲みそうな血潮の流れで、それが、フツフツと沸きたぎっているから
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
晴れた日に砂町の岸から向を望むと、蒹葭けんか茫々たる浮洲うきすが、わにの尾のように長く水の上に横たわり、それを隔ててなお遥に、一列いちれつの老松が、いずれもその幹と茂りとを同じように一方に傾けている。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
頭の上に押し迫った天盤には、わにのような黒い大きな亀裂が、いつ頃から出来たのか二つも三つも裂けあがって、しかもその内側まで焼け爛れた裂目の中からは、水滴が、ホタリホタリと落ちていた。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そうして、絶えずマヌエラの美しさをみていると、この探検は、じつに悪魔の尿溜ムラムブウェジ攻撃にあるのではなく、ヤンを除く、天与のまたとない機会のように思われてきた。密林、わにのいる河、野獣、毒蛇。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わにはこういうふうに地面を揺がして泥のなかから出てくるのだ。
又八は、それでもなお、わにのようなくちを離さなかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クロコディール(わに)の漫画の取材が、かわって来た。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
長崎の永見夏汀が愛で持ちしわにの卵をわれは忘れず
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
わに住むぬま真昼時まひるどき、夢ともわかず
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わにの居る夕汐ゆうしおみちぬ椰子やしの浜
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
うしてみがく、ちひさなわに
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そこでそれぞれに自分の身の長さのままに日數を限つて申す中に、一丈のわにが「わたくしが一日にお送り申し上げて還つて參りましよう」
島か、みつか、はたきを掛けて——お待ちよ、いいえう/\……矢張やっぱりこれは、此の話の中で、わにに片足食切くいきられたと云ふ土人か。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
獅子ししわにのいるアフリカへ、(そこのしばの上に坐りながら)わたしはいつまでもこの城にいたい。この薔薇の花の中に、噴水の音を聞いていたい。……
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)