いかり)” の例文
やっぱりみんないかりを下ろすが早いか女のところへ上陸したに相違ない。ガルシア・モレノ号は僕の前にたったこれだけの人数にんずだった。
それで、何隻もの捕鯨船が、港にいかりを入れたまま、動けなくなってしまった。それから急に、アメリカの捕鯨船は、だめになった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
沖合四かいりのところに、博光丸がいかりを下ろした。——三浬までロシアの領海なので、それ以内に入ることは出来ない「ことになっていた」。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
いかりには数種の型がある。四個の外曲した鉤を持つ鉄製のものは、戎克ジャンクの写生図の一つに於てこれを示した。図578はまた別の型である。
この孤獨——人界からの放逐! いこひいかりが切れたばかりか、殘る勇氣の足場さへ——少くとも一時的には——消え去つて了つた。
いかりを持って行かれたとあっては、船をとどめて置くことも出来ぬの。このような時には岸へなど寄せずに、沖の方へ止めて置くべきだが」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いかりで釣り上げ投げつける起重機や、敵船体を焼きつける鏡の発明に夢中になったアルキメデスの姿を梶はその青年栖方せいほうの姿に似せて空想した。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
江の島の聖天島しょうてんじま稲村いなむらヶ崎を底辺にする、正三角形の頂点でいかりをおろし、二時間ほどそこに停っていて、それからまたどこかへ行ってしまう。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
兵曹長は、その綱の一番端に鋼鉄でつくってあるいかりをむすびつけました。その錨は、西瓜すいかぐらいの小型のものでありました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは、宵の口に帰港した千島帰りの一トロール船が、大きなうねりに揺られながら、海霧ガスの深い沖合にいかりをおろしている釧路丸を見たと云う。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
渦流うずがよそほどはげしくないオッテルホルムやサンドフレーゼンの近くへ下って行って、いかりを下ろすことにしていました。
そして、それから何時間かを過した後に頭の上でガラガラいかりを巻き上げる音が聞えるまで、うとうと眠り通してしまった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
途中は右の通り快晴(もっとも一回モンスーンの来襲ありたれども)一同万歳を唱えて昨早朝いかりを当湾内に投じ申し候。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
船は、この町から一リーグばかり手前で、いかりをおろし、水先案内に合図をしました。半時間もしないうちに、水先案内は二人連れでやって来ました。
真夜中の二時ごろ、艦は、おおかみがしゃがんでいるような変な形をした大きな岩のかげへ、いかりを下してとまってしまった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
汲み上げた水が恐ろしく泥臭いのも尤、いかりを下ろして見たら、渇水かっすいの折からでもあろうが、水深すいしんが一尺とはなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
干潟ひがたの泥土の中に、まるでいかりを組みあはせたやうな紅樹林の景観が、どつと思ひ出の中から色あざやかに浮んで来る。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
いまその二本にほん烟筒えんとうからさかんに黒煙こくえんいてるのはすで出港しゆつかう時刻じこくたつしたのであらう、る/\船首せんしゆいかり卷揚まきあげられて、徐々じよ/\として進航しんかうはじめた。
竹籠、スコップ、雁爪がんづめなどが積みあげられ、赤錆になったいかりが一本、足を切られたたこのように、投げだされてある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
急ぎ蛍雪館はじめ三四の有力な家にも小使い取りの職仕を紹介してこの方面でも鼈四郎を引留めるいかりを結びつけた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つその罪人を英国人の見て居る所で死刑に処せよとう掛合のめに、六艘の軍艦は鹿児島湾にまわっいかりおろした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
まず、いきなりいかりをザンブと投げこんで、おう薄刃うすばのだんびらを持ち出す。——凄文句すごもんくよろしくならべて、約束の駄賃だちん以上な客の懐中物をせびるのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
航海の八日目かに、ある老年の水夫がフォクスルで仕事をしていた時、いかりの鎖に足先をはさまれて骨をくじいた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
したいと思ってるんだが、それさえなけりゃ、十日や二十日いかりを入れたってかまやしないんだけどなあ、じゃあ、応急手当として、ストキだけ下船さすか
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
久佐賀は、金力を持って、さも同情あるように附込つけこんでゆこうとした。そうした男ゆえ、俺ならば大丈夫良かろうといかりをおろしてかかったのかも知れない。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
実際その花はちょうどいかりげたようなおもしろい姿をていしているので、この草を庭にえるか、あるいは盆栽ぼんさいにしておき、花を咲かすと、すこぶるおもむきがある。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
いかり一具いちぐすわつたやうに、あひけんばかりへだてて、薄黒うすぐろかげおとして、くさなかでくる/\と𢌞まはくるまがある。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
妖しい蠱惑こわくのなかに、僕は色欲のいかりを沈めてから、粟鼠の毛皮の外套についた無数の獣の顔を愛撫した。
目あてのはとばに船を停めてしまい、あるいは、もやっている船々の間に挾まれていかりを投げる。すると、帆柱は立てたままでも船の姿は見えなくなるのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
場所柄だけに竿といかりを用意して、石垣沿いにかなりあさっておりましたが、暫らくすると、水だらけになった手拭らしい物を一枚ぶら提げて部屋の中へ戻って来ました。
さげいかりをといふ間もあらばこそ一ぢん颺風はやてさつおとし來るに常のかぜとはことかはうしほ波を吹出てそらたちまち墨を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうして白帝城下の名も彩雲閣の河原にいかりを下ろしともづなをもやったのであった。と、名古屋から電話がかかっていて隆太郎の母はすぐにも見えるはずだということであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
おのれのスパルタを汚すよりは、いかりをからだに巻きつけて入水じゅすいしたいものだとさえ思っている。
眼の前といっても、それは海上かなりの遠くではあるが、ここからは眼と鼻の先、浦賀海峡の真中に、三本マストの堂々たる黒船が、黒煙を吐いたままでいかりを卸している。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふねよりふねわたりて、其祝意そのしゆくいをうけらるゝは、当時そのかみ源廷尉げんていゐ宛然えんぜんなり、にくうごきて横川氏よこかわしとも千島ちしまかばやとまでくるひたり、ふね大尉たいゐ萬歳ばんざい歓呼くわんこのうちにいかりげて
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そして箒星のをちたと思ふあたりにいかりををろして、すつ裸になつて、海の中にもぐりました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
いかりいかり、いずれも「イカリ」である。ところが英語の anchor と anger が、日本人から見ればやはり互いに似ている。「アンカー」と「アンガー」である。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その翌日の夕ぐれ、汽船は東京湾にはいって、Tという埋立地の海岸近くにいかりをおろした。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
戦闘艦が並んで撃沈されたという前を横に曲ってまた元の石垣のもとへ着いた。向う岸には戦利品のブイやいかりがたくさん並んでいる。あれで約三十万円の価格ですと河野さんが云った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
松五郎ばかりは五十貫もある異国の大いかりを身に巻附けて、海へ飛込んで死んで了いましたので、未だその他に同累どうるいも御座いましたのですが、それはお調べにならないで了ったそうで……
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そこではあざやかな緑の草が真冬でもいかりにくっついて引き上げられることがある。
その万斤の重さのいかりさめの顎中の漁夫の釣り針のごとくに怒濤の口のうちにねじ曲げられ、その巨大な大砲の発する咆哮ほうこうも颶風のため哀れにいたずらに空虚と暗夜とのうちに運び去られ
かるがゆえにわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目じもくの触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想のいかり、わが心わが霊及びわが徳性の乳母うば、導者、衛士えいしたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
船は、流人るにんたちの姿を見ると、舳を岸の方へ向けて、帆をひたひたと下ろしはじめた。やがて、船は岸から三反とない沖へいかりを投げる。三人は岸辺に立ちながら、声を合せてよろこびの声をあげた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
六メートルばかり前の岩穴の前に、雨傘あまがさほども頭があるすばらしい大きな蛸が、いかりの鎖にも似た、いぼだらけの手を四本岩にかけて、残りの四本で何やら妙な大きな魚のやうなものを押へてゐます。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
安全にいかりをおろした静かな生活から解きはなされ、不安な世界にただよい出たのだとわれわれはしみじみ感ずる。想像のなかだけでなく、現実に、われわれ自身と故郷とのあいだには深淵しんえんがひろがる。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
その上、船の中には、しらみが沢山ゐた。それも、着物の縫目にかくれてゐるなどと云ふ、生やさしい虱ではない。帆にもたかつてゐる。幟にもたかつてゐる。ほばしらにもたかつてゐる。いかりにもたかつてゐる。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「なにしろ昼間からいかりを卸しちゃあいられねえ。早く出かけよう」
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今は屋島やしまの浦にいかりを留めて、ひたすら最後の日を待てるぞ哀れなる。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
いかりだ、静かな避難所だ、地球のへそだ、三匹のくじらにささえられているこの世の基礎だ、薄餅プリンのエッセンスだ、脂っこい魚製菓子パンクレビヤーカだ、晩のサモワールや静かなため息や、暖かい女物の不断着ふだんぎ