辛抱しんぼう)” の例文
よし自分だけは食わんで済むとしても、妻は食わずに辛抱しんぼうする気遣きづかいはない。豊かに妻を養わぬ夫は、妻の眼から見れば大罪人である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風呂ふろはうちにあるし、買物などは、別の女中がいるから、それに頼めばよろしい。どうじゃな、あんたはそういう辛抱しんぼうができるかな
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やとう者の側から申すと、来て働いてくれるならば、電気の技手でも煙突掃除でも、安くて辛抱しんぼうする女の方を頼もうとするかも知れぬ。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しばらくここに辛抱しんぼうして居るのでほとんど玉石混淆ぎょくせきこんこうの観があるけれども、リンシーに至ってはほとんど学力のない事にきまって居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「やはり吉を大阪へやる方が好い。十五年も辛抱しんぼうしたなら、暖簾のれんが分けてもらえるし、そうすりゃあそこだから直ぐに金ももうかるし。」
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
自分も結婚した初めからそう馴らされて来たのであったなら、穏健なあきらめができていて、こんな時の辛抱しんぼうもしよいに違いない
源氏物語:40 夕霧二 (新字新仮名) / 紫式部(著)
だが、人間の生命にかかわることだから疎漏そろうのないようにやりたまえよ。何事も辛抱しんぼう肝腎かんじんだ。根気よく目的にむかって進みたまえ
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
もっとも、ののしられても仕方がありません。あわれな男です! 才能のない者は芸術の世界では辛抱しんぼうされるわけにはいかないのです。
お昼には、辛抱しんぼうして、とうとうなんにもお飲みにならなかった。あたしゃ、お前さんと、旦那さんと、二人分、辛い思いをしたよ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「ばかなことを言うな、いま連れ出せばわなの中へ首を突っ込むようなものだ、七日辛抱しんぼうしろ、そうすれば、やすやすと抜けられる」
「とにかくもう一年辛抱しんぼうしなさい。今の学校さえ卒業しちまえば……母親おふくろだって段々取る年だ、そう頑固ばかりもいやアしまいから。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は最初、白旗氏に向って、どんな苦労でもする、どんな辛抱しんぼうでもすると言った。今もやはり、それは決していとわないつもりではある。
「しかし前もってことわっておくが、さびしくなったり、辛抱しんぼうが出来なくなって、地球へぼくを返して下さい、なんていってもだめだよ」
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その上、辛抱しんぼうがならないのは、天下の公道で、二言めには、河原者の、身分違いのと、喚き立て、言いののしるのを聞くことだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
何有なあに、これでいさ、澤山たくさんだ。何うにか辛抱しんぼうの出来んこともあるまい。人間は、肉は喰はなくつても活きてゐられる動物よ。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「三ねんあいだ、わたしは下界げかいにいって、辛抱しんぼうをいたします。そして、いろいろのものをたり、また、いたりしてきます。」とこたえました。
海からきた使い (新字新仮名) / 小川未明(著)
貧しき人々と富める人々の中間に在る人々の料理は、まず貧しき人々の手になるであろうが辛抱しんぼうの出来るところ、出来なくてもしようはない。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
野田のだ卯平うへい役目やくめといへばよるになつておほきな藏々くら/″\あひだ拍子木ひやうしぎたゝいてあるだけ老人としよりからだにもそれは格別かくべつ辛抱しんぼうではなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
最初医学校に入れられたベルリオーズは、解剖室の空気に辛抱しんぼうが出来なくなって、ついに学校を飛び出し、音楽の修業に専念することになった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
三日禁酒で明日は飲むに違いないなんてひやかす者ばかりであるが、私も中々剛情に辛抱しんぼうして十日も十五日も飲まずに居ると、親友の高橋順益じゅんえき
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そんな鬱陶うっとうしいような日々も、相変らず私の小説の主題は私からともすると逃げて行きそうになるが、私はそれをば辛抱しんぼうづよく追いまわしている。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ほかもののぞんだら、百りょうでもゆずれるしなじゃねえんだが、相手あいてがおせんにくびッたけの若旦那わかだんなだから、まず一りょうがとこで辛抱しんぼうしてやろうとおもってるんだ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「こう薄暗くなっちゃあ、お前も歩きにくかろうし、寒くもあろうが、まあ辛抱しんぼうしなよ。そのかわり、家へ戻ったらうんとごちそうしてやるからな」
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
うらやましい死に様である。ある婆さんは、八十余で、もとは大分難義もしたものだが辛抱しんぼうしぬいて本家分家それ/″\繁昌はんじょうし、まご曾孫ひこ大勢持って居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しかも、青年がいら/\していることが、自分がいるためであると思うと、美奈子は何うにも、辛抱しんぼうが出来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なんのために雪の下で永い間、辛抱しんぼうしていたのだろう。雪が消えたところで、この枯葉たちは、どうにもなりやしないんだ。ナンセンス、というものだ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし水責みずぜめ火責ひぜめに遇っても、彼等の決心は動かなかった。たとい皮肉はただれるにしても、はらいそ(天国てんごく)の門へはいるのは、もう一息の辛抱しんぼうである。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
って、ってくれ、だまっていてくれとはかれにはわれぬので、じっと辛抱しんぼうしているつらさは一ばいである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お、船といえば、乗ってからも、決して言葉をかけてはならぬぞ。ではお米、くれぐれもそのつもりで、さびしかろうが徳島まで一日ひと晩の辛抱しんぼうじゃ……
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或る点に達するまでは唯事実を羅列られつした平浅な客観写生句であることもやむをえません。私は辛抱しんぼうしてそういう句をも選んでやがてその上堂じょうどうを待っています。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もしあなたに少しでも人間らしさ、夫婦らしい愛情やいたわりがあったら、そのくらいのことは辛抱しんぼうしましたよ
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ここで辛抱しんぼうしてみろなどと云われると、順吉の身としてはお世辞でも嬉しい。平素どちらかと云えば沈んで見える顔つきに、わだかまりのない明るい表情が浮かぶ。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし、もう一度この屋根の下に辛抱しんぼうしてみようと思う心はすでにその時に私のうちにきざして来た。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すこしもりきんだところのない、おだやかな、そして辛抱しんぼうづよい努力、——心の底に深い愛情をたたえた人だけに期待しうるような努力を、私はあの音から感じとり
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「ある文士たちの研究会だが、ね、聞いていてためにならないことでもない。これから行けば、もう、たッた二時間の辛抱しんぼうだ。そのあとはお前の世界にしてやるから」
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
いったい「るな。」といったつぎにはなにがあるのからん。こうおもうと、こわさはこわいし、にはなるし、だんだんじっとして辛抱しんぼうしていられなくなりました。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それでも、あなたがそれを御承知で、なにごとにつけても貧しさを辛抱しんぼうして下さるお気持がおありならば、どんなにしてでもあなたを妻として、お力になりましょう。
それでもマア辛抱しんぼうして一年足らずの内に漸くその借金を返してしまうとそれから三月みつきほど過ぎてその本人のお友達が突然台湾から帰って来て、実に君の恩は忘れない
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
安斉先生は昼ごろまで辛抱しんぼうしていたが、とうとう小用がしたいといいだした。富田さんが『かまいません。舟の中は無礼講ぶれいこうですから、船頭のようにこのふなべりからなさい』
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「滝に打たれる者は涼しいばかりやおまへん。当人にしてみましたらなかなか辛抱しんぼうがいります。」
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
「驚いたろう? 気分でも悪いか。さ、雨になったからこれをきて、もうしばらくの辛抱しんぼうだ……」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
とても辛抱しんぼうが出来ませんので、クシベシは又一本柱を切って、それを薪にして体を温めました。言う迄もなく、それも直になくなってしまいますと、又一本柱を切りました。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
受けよう怒罵どば打擲ちょうちゃくも辞する所にあらずという覚悟かくごの上で来たのであったがそれでも長くしのんだ者は少く大抵は辛抱しんぼう出来ずにしまった素人しろうとなどはひと月と続かなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しばらくその儘辛抱しんぼうするが宜い。その苦しみを奥歯でじっと噛み絞めるが宜い。そして、今お前がさいなまれて居るその恥辱に、まともに向い合って呉れ。眼を外らすでは無いぞ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かつら公爵の人格もしくは政見等については人々の考えは種々に分かれているようであるが、公のただびとならざりしことは、何人なんぴとも同意であろう。して辛抱しんぼうづよい点は公の長所であった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もうつてくれ、無邪氣むぢやきないたづらをして、そのへんをかきみだすのは辛抱しんぼうするが、不潔ふけつなことをするおそれがある、つてもらない、そのまゝ默認もくにんしてゐるうちに、とこに、またたれた。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
豆腐屋にしたくないんだ、なあ千三、そのうちになんとかするから辛抱しんぼうしてくれ、そのかわりに夜学へいったらどうか、昼のつかれで眠たかろうが、一心にやればやれないこともなかろう
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
わたしんならきことありともかならず辛抱しんぼうしとげて一人前にんまへをとこになり、とゝさんをもおまへをもいまらくをばおまをします、うぞれまでなんなりと堅氣かたぎことをして一人ひとり世渡よわたりをしてくだされ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『わしの年齢としに成つたら。其れ迄は辛抱しんぼうして吉田の学校を卒業するんだよ。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「いま、うちで、はいりますにな、辛抱しんぼうして、縄へさばっといて下さいや」
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)