ちょう)” の例文
「イヤあやまった、それは大切の手紙だ、うっちゃられてたまるものか、すぐ源公に持たしてやっておくれ。おちょうさんはいい子だ。」
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
……今頃白いちょうが居るか知らんと不思議に思いながら……けれどもそこいらには蝶々らしいものは愚か、白いものすら見えなかった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と言って天の一方を見上げながらおかあさんがいのりますと、そこにちょうのような羽ばたきをさせながら、小さな雲雀ひばりがおりていました。
屋根は落ちこみ、窓は破れ、扉はちょうつがいがはずれていた。ウルフに似た餓死しかかった犬が、そのまわりをこそこそ歩いていた。
一面の日当りながら、ちょうの動くほど、山の草に薄雲が軽くなびいて、のきからすかすと、峰の方は暗かった、余りあたたかさが過ぎたから。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうは一つのすみれにしか止まらないというわけはない。あなたはこの事を今は特に著しく、重大に感じていられる。さもあることです。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いろいろの花がいろいろのちょうや虫を引きつける能力についてはまだおそらく人間の知らない不思議な理由があるだろうと思うが
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「係り合いにでもなるといけないから、うっかりここへ来ちゃいけないなんてね、おちょうさんに私ん出されるようにして来たんですよ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日中には、何千となき白いちょうがそこに逃げ込んできた、そしてこの生ある夏の雪が木陰に翩々へんぺん渦巻うずまくのは、いかにもきよい光景であった。
彼女は、蜘蛛くもだ。恐ろしく、美しい蜘蛛だ。自分が彼女にささげた愛も熱情も、たゞ彼女の網にかゝったちょう身悶みもだえに、過ぎなかったのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お下げをやめさせて、束髪そくはつにさせたうなじとたぼの所には、そのころ米国での流行そのままに、ちょう結びの大きな黒いリボンがとめられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どこを毎日遊んで廻るのか、不良少女の混血児あいのこちょうは、派手に着かざった身なりをして、相変らず二かんに口実をもうけては出歩いている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
襦袢じゅばんの袖に花と乱るる濃き色は、柔らかき腕を音なくすべって、くっきりと普通つねよりは明かなる肉の柱が、ちょうと傾く絹紐リボンの下にあざやかである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日は夏をおもい出す様な日だった。午後寒暖計が六十八度に上った。白いちょうが出て舞う。はえが活動する。せみさえ一しきり鳴いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おくれ先立つ娘の子の、同じような洗髪を結んだ、真赤な、幅の広いリボンが、ひらひらとちょうが群れて飛ぶように見えて来る。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
小さなちょうのような形をしたあざが、少女の右の肩にあった。白いポロシャツの下の、彼の右肩にも、同じ形のあざがあった。彼は立ち上った。
十三年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
窓外、庭の黒土をばさばさ這いずりまわっている醜き秋のちょうを見る。並はずれて、たくましきが故に、死なず在りぬる。はかなき態には非ず。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
花から花へ蜜をあさる白いちょうや黄色い蝶、峰から丘、丘から谷、谷からふもとへ群をして渡って行く渡り鳥。……何んと平和ではありませんか。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
悲しいかな! 翼ある唯一の花と知られているのはちょうであって、他の花は皆、破壊者に会ってはどうすることもできない。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
テラスの葭簀張よしずばりの下へ出て見たが、雨のあとでひとしお青々としている庭の芝生の上に、白いちょうが二匹舞っており、ライラックと栴檀せんだんの樹の間の
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また行燕帰雁こうえんきがんその他春夏にかけて飛ぶちょうのかずかず、秋冬にかけて鳴く虫のかずかず、それら自然界の現象は複雑多岐にわたっているのであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ひざから下は義足に触るより無感覚になり、ひょいとすると膝の関節が、ちょうつがいが離れたように、不覚にヘナヘナと坐り込んでしまいそうになった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
第一の毛虫 この教官はいつちょうになるのだろう? 我々の曾々々祖父そそそそふの代から、地面の上ばかりいまわっている。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
秋の風が立つと、つばめや、ちょうや、散った花や、落ちた葉と一しょに、そんな生活は吹きまくられてしまう。そして別荘の窓を、外から冬のやみが覗く。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
またゆくゆくは何かのちょうになる毛虫も、やはりすわっているのではなく、まあ腹んばいになっている方でした。でも言葉の穿鑿せんさくなんぞはどうでもよろしい。
そこへはねの白いちょうがいちはやく訪れて来て、ひらひらと羽ばたいて、花にいたり花を離れたりして、いつまでも花のあたりを去りかねて飛び廻っている。
模様はもとより、その排列や色彩の調和や、すべて自由であり可憐かれんであり美麗である。花やちょうや鳥や草や山や水や雲やあらゆる自然のものがあやなしている。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
普通ふつう中学校などにそなけてある顕微鏡けんびきょうは、拡大度かくだいどが六百ばい乃至ないし八百倍ぐらいまでですから、ちょうはね鱗片りんぺん馬鈴薯ばれいしょ澱粉粒でんぷんりゅうなどはじつにはっきり見えますが
手紙 三 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼はねこが庭に出るとしかってった。猫は庭で過ってちょうとか、とかげなぞ趁うと、土の上につめあとをのこした。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
今、ちょうが来て高雄蕊低花柱こうゆうずいていかちゅうの花に止まったとする。すなわちその長いくちばしをさっそく花に差し込んで、花底かていみつを吸う。その時そのくちばし高雄蕊こうゆうずいの花粉をつける。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
身をかえすとお紋は、大きい揚羽あげはちょうのように、ヒラリとふすまの蔭へ隠れました。多分お勝手の指図でしょう。
彼もこのお嬢さんを刺青いれずみをしたちょうのように美しいと思っていた。しかし、それだけのことで、彼はむろんこのお嬢さんのことなどそう気にとめてもいなかった。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
出口に花をつけたきりの古木があった。羽の黒い大きな揚羽あげはちょうがひらひらと広栄の眼の前を流れて往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山茶花さざんかの花ややつでの花が咲いていた。堯は十二月になってもちょうがいるのに驚いた。それの飛んで行った方角には日光に撒かれたあぶの光点が忙しく行き交うていた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
これで一組の縁を結び落してここを去ることは、舞い込んだちょうのいとなみに自分が見えて愉快だった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
陸上でいちばん美しい動物は、ちょうと鳥だといわれているが、この珊瑚しょうに住む魚の、チョウチョウウオ、スズメダイ、ベラなどの美しさは、私には説明ができない。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
巳之吉も妻のおちょうも子供が好きなのに、一粒だねの女児が生れて半年めに死んでしまい、そのあとずっと子が無かったので、おせんがまだ乳ばなれもしないうちから
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人は膝のちりを払ってから、一言もかわさないで墓地を出た。野には雲雀ひばりが歌っていた。白いちょうが二人の頭のまわりを飛んでいた。二人はある牧場の中に腰をおろした。
縁側のなかほどから奥の八畳の間に書帙しょちつ書画帖しょがちょうなどがさらしてある。障子もふすまも明け放してあるので、揚羽あげはちょうが座敷の中に飛込んで来て、やがてまた庭の方へ飛んで行く。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ノドケにはのどの中をテレビン油でふいやります。それは筆の代りに鳥の羽の中ほどをむしって先の方をちょう位なかたちに残してテレビン油をつけて喉の中をグルリと拭くのです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
郵便脚夫ゆうびんきゃくふにもつばめちょうに春の来ると同じく春は来たのであろう。郵便という声も陽気に軽やかに、幾個いくつかの郵便物を投込んで、そしてひらりと燕がえしに身をひるがえして去った。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それも、西村さんは最初、舟木のことなど知らずにそのおちょうさんというのを落籍ひかしたんです。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
ちょうさん。これがその狂女の名でした。狂女といっても生れながらの狂女ではありません。お父さんの死後、悲惨な運命のために狂女になったのです。死んだ時は二十歳でした。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
春の女王にょおうの好意で、仏前へ花が供せられるのであったが、それはことに美しい子が選ばれた童女八人に、ちょうと鳥を形どった服装をさせ、鳥は銀の花瓶かびんに桜のさしたのを持たせ
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
芝草しばくさが青々とのびだしています。ちょうがとんでいます。空には高く、雲雀ひばりがないています。
風ばか (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
人の生まるるはじゅくして死するためなれば、幼少青年時代は準備じゅんびの時代で、人生の目的時代はその後に存すると知れば、青年時代の活気を憧憬しょうけいするはちょうを花を楽しむに異ならない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
比例もしくは開平かいへい開立かいりつができたとて、その人を数学家と呼ばぬが、網を持ってちょうやトンボを採集しガラスぶたの箱に並べて、十箱にもおよぶと、すでにその人を博物家と名づけて
誤解せられたる生物学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
調子づいて来ると、その早いこと、小鳥の落ちるようだといいましょうか、ちょうの舞うようだといいましょうか、ひらひら落ちるのがちっとも間違いません。実に熟練したものです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
これらの二つをならべてそのちょうつがいをからだとみれば、それはまた二羽の孔雀くじゃくの競いかに尾羽根をひろげたさまである。美しいかさねをきた子安貝、なないろのさざ波のよるとこぶし。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)