たこ)” の例文
ぎらぎらと天日に輝く油つこい葉、幹を支へるたこのやうな枝根の紅樹林の壁が、海防でも、サイゴンでも港湾の入口につらなつてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
『畳二畳敷程のたこがな、砂の上を這ふてましたのやらう。そうしたら傍に居た娘はんがびつくりしやはつてきやつと云やはりましたで。』
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それで沢山の長い根は、その木の根本を中心にして放射状に水平にひろがり、たこが八方へ足をのばしたような恰好になっていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
談中——主なるものは、きのこで、かれが番組の茸をげて、比羅びらの、たこのとあのくたらを説いたのでも、ほぼ不断の態度が知れよう。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
王家なるものは、各枝が地にたれ根をおろして一本の木になるというあのインドのたこの木にも似ている。各枝は一王朝となることができる。
祭や祝ごとの日には、特に小豆あずきや菜のあえもの、塩辛やたこなどを入れてこの団子をこしらえることもあった(頸城郡誌稿)。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たこよ蛸よと呼ばれて、いつもおそばちかくはべって若殿にけしからぬ事を御指南申したりして、若殿と共にげらげら下品に笑い合っているのである。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お銀はその病室から、そのころ出たての針金を縮ませて足を工夫した蜘蛛くもたこの翫具を持って来て、それを床の上にかけわたされた糸につないだ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
含みて夫は職人衆しよくにんしう符號ふちやうにて其なげしと云は下帶したおびの事なりくぢらとは鐵釘かなくぎの事股引もゝひきをばたこと云ふ是れ皆職人衆の平常つねに云ふ符號詞ふちやうことばなりと能々わけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
桜の根は貪婪どんらんたこのやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食糸のやうな毛根をあつめて、その液体を吸つてゐる。
桜の樹の下には (新字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
刄物はものもつつあしてもどう一である。蛸壺たこつぼそこにはかならちひさなあな穿うがたれてある。しりからふつといきけるとたこおどろいてするとつぼからげる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
竹籠、スコップ、雁爪がんづめなどが積みあげられ、赤錆になったいかりが一本、足を切られたたこのように、投げだされてある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
巨大なるたこの頭を切り取って載せたように、頭頂は大薬鑵であるが、ボンのくぼには芼爾もうじとした毛が房を成している。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半時ほど旋りて胴中炮烙ほうろくの大きさに膨れまた舞う内に後先あとさき各二に裂けて四となり、また舞い続けて八となり、すなわちたこりて沖に游ぎ去ったと見ゆ。
角帽をかむる日まで、レントゲン技術員として勉強していた教室、ああ、一緒に入学試験を受け、同じく角帽の栄冠を得た親友たこちゃんはどうなったろう。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
植物のつたが、まるでたこあしのようにぐらぐらと動きまわって、どこかにまきつく棒とか縄とかないかと、しきりにさがしもとめている有様がうつっていた。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
顔見知りの一等卒が、たこをゆでたように、真赤になって、似指ちんぼこを振りだしのまゝとび出してきた。猫をつまむように、軍衣袴ぐんいこと、襦袢袴下こしたをつまんでいた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ニッケルの金属の光りに絡んだ彼女のしなやかな指先は、丁度めがねで覗いた海底のたこの足のようであった。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
先ごろ女中のお梅が市場へたこを買いに行った時、なるべく足の沢山あるのを下さいといったら魚屋のおやじが、蛸の足は昔から八本ときまってますと答えた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
お前さんの改心は本物だ、そこまで腹が定ったら今さらお仕置を受けるまでもない、わずかばかりだがその金を持って京へお出で、たこ薬師下る所に桶屋おけやがある
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
消化がわるいから僕はたこきらいだというような口上で、もし好物であったなら、いかほど不消化でも、だまって、足は八本共に平げるほどな覚悟だろうと思います。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風流たるたこ公子。また春潮に浮かれ来る。手を握つてしょうが心かなしむ。君が疣何ぞ太甚だひややかなる。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と、大きな音がして腹が裂けるとともに、その中から大きなたこが出て来たが、それが猛烈な勢いで達磨の新公に飛びかかるなり、真黒い毒どくしい墨をぱっと吐いた。
妖蛸 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし私は今は新京極というその頃の誓願寺や、錦小路天神、たこ薬師、道場、祇園の御旅には、いろいろの興行物があり、小芝居もしていたので、それを時々覗いた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
けれども、右門はさようとも、いいやともいわずに、さっさと引き揚げていってしまったものでしたから、かんかんどころか、たこのようになって伝六があびせかけました。
五角、扇形おうぎがた軍配ぐんばい与勘平よかんぺい印絆纒しるしばんてんさかずき蝙蝠こうもりたことんび烏賊いかやっこ福助ふくすけ瓢箪ひょうたん、切抜き……。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして其筋の計算に由れば、偉大なる風博士は僕と共謀のうえ遺書を捏造ねつぞうして自殺を装い、かくてかの憎むべきたこ博士の名誉毀損をたくらんだに相違あるまいとにらんだのである。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
今日でもまれには見掛けるが、昔の凧屋の看板というものが面白かった。かごたこの形を拵らえて、目玉に金紙が張ってあって、それが風でくるりくるりと引っくり返るようになっていた。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
いだ海の底を、たこの這うのも見えるほど、水も空も、この夕方は澄んでいた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真逆様まっさかさまに海中へ飛び込んだ救うべくもない不幸な娘と、それから、もう一人……たこのようにツルツルでグニャグニャの、赤い、柔らかな……そうだ、精神的なショックや、過労の刺戟しげきのために
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
フランソアーズは音楽家ではなかったけれど、音楽が詩を食い荒らすたこのように、詩を害しながら発展してゆくのをさえ、一つの頽廃たいはい的兆候と見なしがちだった。クリストフはそれに反対した。
同じ仲間の秋刀魚や鯛やかれいにしんたこや、其他海でついぞ見かけたことのないやうな、珍らしい魚たちまで賑やかにならべられてゐましたので、この秋刀魚は少しも寂しいことはなかつたのでしたが
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
うなぎなまずどじょう、ハゼ、イナ、などが釣れ、海では、鯛、すずきこちかれいあじきす烏賊いかたこ、カサゴ、アイナメ、ソイ、平目、小松魚、サバ、ボラ、メナダ、太刀魚たちうお、ベラ、イシモチ、その他所によつて
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
そのかてが、今は、すなはち、敷島に對して殘つてゐる戀だ。三味、太鼓の音だ。身づから踊り出したい樣な空氣だ。かういふものがすべて自己といふたこの手足で、それを義雄は喰ふよりほかに道がない。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
漁夫の仲間には、北海道の奥地の開墾地や、鉄道敷設の土工部屋へ「たこ」に売られたことのあるものや、各地を食いつめた「渡り者」や、酒だけ飲めば何もかもなく、ただそれでいいものなどがいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ガラツ八はたこのやうなくちをしました。
貪婪どんらんたこに比すべし、骨堂こつだうなり。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
桜の根は貪婪どんらんたこのように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根をあつめて、その液体を吸っている。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
魚市の鯛、かれい烏賊いかたこを眼下に見て、薄暗いしずくに——人の影を泳がせた処は、喜見城きけんじょう出現と云ったおもむきもありますが。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かりにも史書のけつを補うというがごとき態度ではなかったので、もしこんな話が後代に及んで珍重されたとするならば、それはもう『義経記』も耳にたこ
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それでも猶旦やつぱりだまされぬときちひさなあなから熱湯ねつたうをぽつちりとしりそゝげばたこかならあわてゝ漁師れふしまへをどす。あつい一てきによつて容易よういたこだまされるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
醒睡笑せいすいしょう』に、海辺の者山家に聟を持ち、たこ辛螺にしはまぐりを贈りしを、山賤やまがつ輩何物と知らず村僧に問うと、竜王の陽物、鬼の拳、手頃の礫じゃと教えたとある通り
坊主頭の船頭は、粗末ぞんざいな言葉で、たこを捕るんだと答えた。この奇抜な返事には千代子も百代子も驚ろくよりもおかしかったと見えて、たちまち声を出して笑った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大きい重油の燃焼炉が地下室の真中にがんっていて、それから太い送気筒が、七、八本各部屋の床へ、たこの足のようにのび上っている。ちょっと怪奇な恰好である。
ウィネッカの秋 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
絞り染。たこの脚。茶殻。えびはちの巣。いちごあり。蓮の実。はえ。うろこ。みんな、きらい。ふり仮名も、きらい。小さい仮名は、しらみみたい。グミの実、桑の実、どっちもきらい。
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
早くいえば、それはたこと昆蟲の中間の様なものであった。すなわち大きな頭部を持ち、それを細い体が重そうに持ちあげているのだ。頭部には、大きな目が二つついていた。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その多くの見世物の中で、特に私の興味をとらえたものはたこめがねという馬鹿気ばかげた奴だった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
巨大なるたこの頭を切り取って載せたように、頭頂は大薬鑵おおやかんであるが、ボンのくぼには芼爾もうじとした毛が房を成している。巨大な、どんよりとした眼が、パッカリと二つあいていて眉毛は無い。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あしを切られたたこみたいに真っ赤なものが、そこにころがっているのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沼にはさくがめぐらされて、二本の樹木が岸に立っていた。右手のは白楊樹はくようじゅで、こずえの葉は落ちつくして震えていた。後方のは大きな胡桃くるみの木で、黒い裸の枝を差しのべて偉大なたこのような格好だった。