そびや)” の例文
勘次かんじにはかそびやかすやうにして木陰こかげやみた。かれ其處そこにおつぎの浴衣姿ゆかたすがた凝然じつとしてるのをむしろからはなれることはなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
近くの街の屋根瓦の重畳ちょうじょうは、おどってし寄せるように見えて、一々は動かない。そして、うるさいほどかたの数をそびやかしている高層建築と大工場。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「黙れ! 縮毛。船長は、この僕だ。おまえこそ、われわれ二人の部下じゃないか」陳君が、肩をそびやかすと、縮毛の大男は、大口開いて笑った。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
平和の文字甚だあらたなり、基督教以外に対しては更に斬新なり。加ふるに世の視聴をそびやかすに便ならぬ道徳上の問題なり。
「平和」発行之辞 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかしふと気を換えてめた。そして爺いさんの後姿を見送っているうちに、気が落ち着いた。一本腕は肩をそびやかした。
橋の下 (新字新仮名) / フレデリック・ブウテ(著)
夜延仕よなしでも、達者な車夫で、一もん字にその引返す時は、葛木は伏せたおもてを挙げて、肩をそびやかすごとくせた腕を組みながら、しきりに飛ぶ星を仰いだ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かの恐しい建物と煙突とをそびやかしているが、これとは反対の方向に歩みを運ぶと、窓のないひらたい倉庫の立ちつづく間に、一条ひとすじの小道が曲り込んでいて
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は肩をそびやかし、しばらくはなんとも言わなかった。僕は後悔こうかいに近いものを感じた。のみならず気まずさをまぎらすために何か言わなければならぬことも感じた。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして刃物三昧には馴れ切った男と見えてちょっと肩をそびやかしたまま、黙って室内を大股に歩き出した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
と、総司は、グッと肩をそびやかした。せている肩ではあったが、聳かすと、さすがに殺気がほとばしった。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ことごとに驚異の瞳が見張られた。長き生命の夜はいま明けた。これからほんとに生きなければならないのだ。こう思って私らは心をおどらし肩をそびやかすようにした。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
〔譯〕賢者はぼつするにのぞみ、まさに然るべきを見て、以てぶんと爲し、死をおそるゝをぢて、死をやすんずるをこひねがふ、故に神氣しんきみだれず。又遺訓いくんあり、以てちやうそびやかすに足る。
この一刹那せつなに阿Qは打たれるような気がして、筋骨を引締ひきしめ肩をそびやかして待っていると果して
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
民衆は皆肩をそびやかし、眉をあげて、北天を望めり。見よ、七星の光肥えてきよの如からずや。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ひょろ長い支那人のような後姿を辻に立った巡査が肩章をそびやかして寒そうに見送った。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さすがに持扱もてあつかひて直行の途方に暮れたるを、老女は目をほそめて、何処いづこより出づらんやとばかり世にもあやしき声をはなちてゆるく笑ひぬ。彼は謂知いひしらぬ凄気せいきに打れて、覚えず肩をそびやかせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一寸眉をそびやかして大きい呼吸をしてみた。心の底の或る堅くなっている思いをじっと押えつけるようにして。それから客間に入った。妻が叔父を其処に案内したばかりの所であった。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
今夜は殊にこういう最も卑しむべき文人の玄竜に会ったので、いよいよ彼の自尊心は増長したのである。それでいかにも物々しく肩をそびやかしてくんと吠えながら背を向けてしまった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
するとやつらは、僕の憤怒に対して、ちょっと肩をそびやかしてから、鷹揚おうようにこうつぶやく。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
些少なる棄損きえんのいかに大いなる功徳くどくをなすべきかを諷し試みたれども、人々は只だその笑止なることなるかなとて、肩をそびやかして相視たるのみにて、眞面目にこれにこたふるものなく
肩をそびやかしていた私も、この老人の、様子に似合わぬ若々しい声と、それに私自身、いつになくアルコオルが廻っていたせいか、何時の間にか受け答えをしてしまっているのであった。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
三階へ行ってみると、表の窓際に床をとって寝ていた春江が、仰向あおむけに白い胸を高くそびやかして死んでいた。その左の乳下には一本の短刀が垂直にあま逆鉾しゃちほこのような形に見えた。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ずうと這い寄って来た身狭乳母むさのちおもは、郎女の前に居たけをそびやかして、おおいになった。外光の直射を防ぐ為と、一つは、男たちの前、殊には、庶民の目に、貴人あてびとの姿をさらすまい、とするのであろう。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
川上は、左肩をそびやかして、右手を、膝の上へ握り拳にして突き立てた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
三人を目前に説破せっぱした忠一は、おのずから得意の肩をそびやかすようになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
孝一は意体の知れぬ怒りに肩をそびやかせて、しぶ/\と段を下りた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
ののしり得たりと彼は肩をそびやかしたが、忽ち静かなる反問を請けた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
文六は惡黨らしく肩をそびやかします。
次郎は急に肩をそびやかして
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
役人は肩をそびやかした。
今日も半円祠堂のまんなかの腰掛こしかけには崖邸の夫人真佐子まさこが豊かな身体からだつきをそびやかして、日光を胸で受止めていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昔は貧乏御家人ごけにん跋扈ばっこせし処今は田舎いなか紳士の奥様でこでこ丸髷まるまげそびやかすの、元より何の風情ふぜいあらんや。然れどもわが書庫に蜀山人しょくさんじんが文集あり『山手やまのて閑居かんきょ
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
が、やがて技癢ぎように堪え兼ねたのか、自分も水だらけな袖をまくると、幅の広い肩をそびやかせて、まるで洞穴ほらあなを出る熊のように、のそのそとその連中の中へはいって行った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そびやかしてつた、とおもへば、畫師ゑし身體からだはするりとはひつて、くゞもんはぴたりとしまつた。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なるほど、痩せた肩をそびやかし、両手をお行儀よく膝の上へ置き、膝をちんまりと揃えて坐っていた。叱られた子供が、姉さんの小言を、かしこまって聞いている格好であった。左門は苦笑した。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
陳君は、昂然こうぜんと肩をそびやかした。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
猫又法印は肩をそびやかします。
と肩をそびやかせた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
あまがわ澄渡すみわたった空にしげった木立をそびやかしている今戸八幡いまどはちまんの前まで来ると、蘿月はもなく並んだ軒燈の間に常磐津文字豊ときわずもじとよ勘亭流かんていりゅうで書いた妹の家のを認めた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
オデオン座の棟がうるんだ星に対して黒く肩をそびやかしている。道は小店を並べた横町を貫いてツールノンの大通りに出る。上院の正門からセーヌへ下る位置である。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこへ向うから近眼らしい四十前後の外国人が一人肩をそびやかせて通りかかった。彼はここに住んでいる被害妄想狂の瑞典スウエデン人だった。しかも彼の名はストリントベルグだった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
亀井かめい片岡かたおか鷲尾わしのお、四天王の松は、畑中はたなかあぜ四処よところに、雲をよろい、繇糸ゆるぎいとの風を浴びつつ、あるものは粛々しゅくしゅくとして衣河ころもがわに枝をそびやかし、あるものは恋々れんれんとして、高館たかだちこずえを伏せたのが
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地丸左陣は肩をそびやかし唸るかのように呟いたが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまがは澄渡すみわたつた空に繁つた木立こだちそびやかしてゐる今戸八幡いまどはちまんの前まで来ると、蘿月らげつもなく並んだ軒燈けんとうの間に常磐津ときはづ文字豊もじとよ勘亭流かんていりうで書いた妹の家のを認めた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこへ向うから近眼らしい四十前後の外国人が一人肩をそびやかせて通りかかつた。彼はここに住んでゐる被害妄想狂の瑞典スウエデン人だつた。しかも彼の名はストリントベルグだつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「む、そんなに謂ってくんなさりゃおれも男だ借りやしょう。」と肩をそびやかし、まなこを据え、「このざまだからせやせん、そのかわりにゃ姉御、おらあ死にます。」這般しゃはんの決心十を併さば
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松林の中に門の屋根をそびやかした法華寺で、ここも盆の墓参はかまいりをするらしい人が引きつづき出入をしていた。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だから自分は喝采しながら、そびやかした肩越しに、昂然として校舎の入口を眺めやった。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
甚平は手拭を鷲掴わしづかみで、思わず肩をそびやかした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松林まつばやしなかもん屋根やねそびやかした法華寺ほつけでらで、こゝもぼん墓参はかまゐりをするらしいひときつゞき出入でいりをしてゐた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)