えにし)” の例文
かの新婦はなよめ——即ち大聲おほごゑによばはりつゝ尊き血をもてこれとえにしを結べる者の新婦——をしてそのいつくしむ者のもとくにあたり 三一—三三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「あんなようにして、おたがいに打ちとけきれないで別れたのが、こんなところでまた逢えるというのは、尽きせぬえにしなのでしょう」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えにしがあらばゆるゆるとか申しおったが、東男あずまおとこはとかく情強じょうごわじゃほどに、深入りせぬがよかろうぞとな。よいか。しかと申し伝えろよ
そしてそこにどういうえにしが結ばれて私というものが生れるようになったか、そういう点はまだ私はなんにも知らないのである。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
忘れんとして躊躇ちゅうちょする毛筋の末を引いて、細いえにしに、絶えるほどにつながるる今と昔を、のあたりに結び合わすにおいである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
菫が咲いて蝶の舞う、人の世の春のかかる折から、こんな処には、いつでもこの一条が落ちている、名づけてえにしの糸と云う。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えにし」という面白いものを得たから『ホトトギス』へ差し上げます。「縁」はどこから見ても女の書いたものであります。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
まかして朝暮あさゆふ仕へんと思ひし事も空頼そらだのみ仇しえにしに成ることゝ知ば年頃貧苦の中にも失ひ給はで吾儕わたしの爲に祕置ひめおかれたる用意金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
えにしは、目に見えないが、常に行いのうえにあらわれる。夫人は、何ごとも知らずに、房枝あやうしと感じて、帆村探偵の力をもとめたのであった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「怨みではなし、しかし、どちらから見ても、会い難きよい相手、この世のえにし。——権よ、そなたから名乗ったがよい」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
く君の悲哀かなしみみ、お雪の心情をも察するに、添い遂げらるるえにしとも思われねば、一旦は結びたる夫婦のちぎりを解き、今までを悲しき夢とあきらめ
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このようにして考えてみると立花家橘之助と私とのえにしの絲はなかなかに深く、そういえばその「影絵は踊る」の女主人公も橘之助門下の某女だったし
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
さりとはいたわしき限りよと、あわれを覚えしが恋の初め、はからずもこの玉琴殿と、浅からぬえにしをむすび申した。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その身と芳子とは尽きざるえにしがあるように思われる。妻が無ければ、無論自分は芳子を貰ったに相違ない。芳子もまた喜んで自分の妻になったであろう。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
この学校の或る教師に、はしなくも見出されて、雛形モデル勤めしがえにしになりて、遂に鑑札受くることとなりしが、われを名高きスタインバハが娘なりとは知る人なし。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
えにしの糸も片結び、かたみに結ぶ心でも、一ツ合はせて結ばれぬ、西片町のその名さへ、今はさながら恨めしやと。千々に砕くる、うき思ひ。身を八ツ裂の九段坂。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
おこととおれとは一方ならぬえにしで……やがておれが功名して帰ろう日はいつぞとはよう知れぬが
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
私のいこひは十分に安らかだつたかも知れない、たゞ心の悲しみがそれを打ちこはして了つた。私の悲しむ心は、いやし難い心の傷、内心の苦惱、斷ち切られたえにしいとを嘆いた。
アア偶々たまたま咲懸ッた恋のつぼみも、事情というおもわぬいてにかじけて、可笑しく葛藤もつれたえにしの糸のすじりもじった間柄、海へも附かず河へも附かぬ中ぶらりん、月下翁むすぶのかみ悪戯たわむれ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
我は幼きより聖母マドンナに仕へたるが、今思へば淺からぬえにしありしならん。聖母の慈悲は廣大なれば、たとひ一たび我を棄て給ふとも、いかでか我懺悔を聞き給はざることあらん。
明治四十年に処女作「えにし」を漱石の紹介で『ホトトギス』に発表した野上彌生子は
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おいおい、その綱を切つちやいかん。死なばもろとも、夫婦は二世、切つても切れねええにし艫綱ともづな、あ、いけねえ、切つちやつた。助けてくれ! おれは泳ぎが出來ねえのだ。白状する。
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
「本当に、一寸だったなあ。……そういうようなのが果敢きえにしというのだなあ!」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
筒井もこと偶然ではあったが、父同士の知り合いには、くすしきえにしを感じざるをえなかった。彼らは簀の子にあつまり、梅花の匂いをこもらせた白湯さゆあじわった。貞時はなんとなくいった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
深窓に育った美少女と悪魔の如き怪盗のしきえにし。世にも恐ろしき金色の恋。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼はおのれの不幸の幾許いかばかり不幸に、人のさちの幾許幸ならんかを想ひて、又己の失敗の幾許無残に、人の成効の幾許十分ならんかを想ひて、又己の契の幾許薄く、人のえにしの幾許深からんかを想ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
不思議ふしぎなるえにしにつながれて、三人みたり日本につぽんかへらんと、弦月丸げんげつまる同船どうせんしたこと出帆しゆつぱんまへ亞尼アンニーといへる御幣擔ごへいかつぎの伊太利イタリー老女らうぢよが、ふね出帆しゆつぱんこくあたるとて、せつその出發しゆつぱつめたこと
三一八海にちかひ山にちかひし事をはやくわすれ給ふとも、三一九さるべきえにしのあれば又もあひ見奉るものを、三二〇あだし人のいふことをまことしくおぼして、あながちに遠ざけ給はんには、うらむくいなん。
ってもれぬかたえにしいとは、そのときむすばれたらしいのでございます。
打捨て置かば女は必ず彼方此方の悲さに身を淵河にも沈めやせん、然無くも逼る憂さ辛さに終には病みて倒れやせん、御仏の道に入りたれば名の上のえにしは絶えたれど、血の聯続つらなりは絶えぬなか、親なり
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「深いえにしがあればこそ、お眼にもかかれお言葉をも賜わったのだ」
稚子法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふるさとにえにしのあるといふ花のミヤコワスレのむらさき明し
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
ひと度は相見まつりきえにしなり日光菩薩加護あらせたまへ
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この世ならざるえにしこそ不思議のちから
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ああ いかなるえにしあればぞ
さびし (新字旧仮名) / 山口芳光(著)
えにしはあらぬなづさひ、——
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
浅いえにし
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こういうときにこそ、主従のえにしじゃねえんですかよ! ちくしょうめッ。こんなことになるくれえなら、歌なんぞよまなきゃよかったんだ。
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我をこぼてるなり、こはえにしの結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
眞白まつしろうでについて、綿わたがスーツとびると、可愛かはいてのひらでハツとげたやうに絲卷いとまきにする/\としろまつはる、娘心むすめごころえにしいろを、てふめたさう。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
これも人の世に珍らしくないえにしの糸の力と思い、僕はポケットから一葉の名刺をぬいて仏の妹に手渡した。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こちらから逃げ延びた五年の永き年月としつきを、むこうでは離れじと、とも夜の間ともなく、繰り出す糸の、誠は赤きえにしの色に、細くともこれまでつなめられた仲である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
招くともなく、またしいて、寄るともなく、天命地宿、不思議なえにしのもとに、いつかこの梁山泊には、やがてもう百人ちかい天罡星てんこうせい地煞星ちさつせいおとこどもが、集まっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清三はゆくりなきえにしで、こうした関係となっていく二人の状態を不思議にも意味深くも感じた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
おいおい、その綱を切つちやいかん。死なばもろとも、夫婦は二世、切つても切れねええにし艫綱ともづな、あ、いけねえ、切つちやつた。助けてくれ! おれは泳ぎが出来ねえのだ。白状する。
お伽草紙 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
斷えず相見て互に心の底まで知りあはむ程興なき事はあらざるべし。さればおほかたの夫婦はいくばくもあらぬにき果つれども、名聞みやうもんはゞかると人よきとにて、其えにしの絲は猶繋がれたるなり。
「……この日頃まめまめしく、よう呉服かしずいてくれた。……その誠心まごころ忘れはせぬ。……別れじゃ! ……が、命さえあれば……えにしさえあればまた逢えよう。泣くな! ……呉服、すこやかにくらせ……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人の間のえにしの糸が切れていると見なければなりません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
松風のさやけき聴けば生れ来しをさなき我のえにしおもほゆ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何というはかないえにしでありましょう。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)