すべ)” の例文
旧字:
すべてこの町の、かうした家では、何か薄暗い土倉つちぐらのやうな土間があつて、それが相当だゝつ広い領分を占めてゐるので、夏は涼しい。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
すべての悩みも悲しみも、苦しみももだえも、胸に秘めて、ただ鬱々うつうつと一人かなしきもの思いに沈むというような可憐な表情を持つ花です。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
セルギウスが一人暮しをして、身の周囲まはりの事をすべて一人で取りまかなひ、パンと供物とで命を繋いでゐた時代は遠く過ぎ去つてゐる。
「さようさよう、理詰めと云うことじゃ。敢て兵法ばかりでなく、万事万端浮世の事は、すべからくすべて科学的でなければならない」
中田なかだは、なぜそんなところへ行ったのか、我ながらハッキリとした憶えはないのだが、すべてに、あらゆるものに、自棄じきを味わった彼は
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それに何時いつの間にか慣れてしまったせいか、静かにしているときの主人より、凶暴なときの児太郎がかれのすべてを刺戟しげきしたからである。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼はまだ何か云ふ積りであつたがすべてが馬鹿らしいので、そのまゝ口をつぐんでしまつた。而して深い呼吸をせはしく続けてゐた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
それに引代え、軍の先鋒は信玄の秘蔵の大将であり、其他の将士も皆音に聞えた猛士であるが、この戦に殆んどすべて討死して仕舞った。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今まで余の集め得たる証拠はすべれのほかまことの罪人あることを示せるに彼れ自ら白状したりとは何事ぞ、かゝる事の有り得べきや
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
すべて自分のような男は皆な同じ行き方をするので、運命といえば運命。かえる何時いつまでも蛙であると同じ意味の運命。別に不思議はない。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
改革は一瀉千里いっしゃせんりの勢を以て進めり。すべての障碍を打破りて進めり。抵抗者は罰せられ、異論者はしりぞけられ、不熱心者は遠ざけらる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
飛行場は陸軍省に属して居ても、官営万能まんのう𤍠にかゝつて居る日本と違つて格納庫も其れに納めてある飛行機もすべて私人の所有である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
すべて今までとは様子が違う、それを昇の居る前で母親に怪しまれた時はお勢もぱッと顔をあかめて、如何いかにもきまりが悪そうに見えた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
例えば耶蘇やそ教の神さんでも、その昔人民が罪悪におちいって済度さいどし難いからというて大いにいきどおり、大洪水を起してすべての罪悪人を殺し
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これは些細ささいな一例でしかないけれど、すべてこの例によって類推出来る様な人間の社交上の態度が、内気な彼を沈黙させるに充分であった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
地球上のすべての文化が完成されればこのようになるものだという模型を造っているような社会形態が、日本だと思うと云ってくれないか。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
菊之丞は、拡げられた香盤こうばんをのぞき込む。成程なるほど、何枚かの図面には、すべて付け込みのしるしが一面に書き込まれているのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
然らば其時そのとき汝は宇宙うちう存在そんざいするすべての誠実せいじつなる人と一致いつちせしなり、一致のかたきは外が来て汝と一致せざるに非ずして汝の誠実せいじつならざるにあり。
時事雑評二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
そして、身長の高い、眼の大きい、鼻の高い、美しいと云ふよりすべてがリツチな容貌をした女には如何にもこれが似合ひさうに思つた。——
すべての真に価値を発見する自然主義もまた充分なる生命を存して、この二者の調和が今後のおもなる傾向となるべきものと思うのであります。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すべて嘘といふものは、一、二度は善けれど、たびたび詠まれては面白き嘘も面白からず相成申候。まして面白からぬ嘘はいふまでもなく候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
男子十二歳ニ至レバすべテ剣法ヲ学ビ、夜間就眠スル時ノ外ハ剣ヲ脱スルトイフコトナシ。而シテ眠ル時ハコレヲ枕頭ニ安置ス。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我々って、いったいなんだ? 我々なんて、ありゃせん。すべての人っていうのは、誰でもないんだ。お前は、聞いてきたことを
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
合意の上で貸借して、それで儲くるのが不正なら、すべての商業は皆不正でないか。学者の目からは、金儲かねまうけする者は皆不正な事をしとるんじや
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この作者につて自分は初めて未来の世界を見ることが出来、明日の詩を聞くことが出来た。自分達の周囲は今すべて附いてしまつてゐる。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
もしこの精神的欠陥に対する心理療法が完成したなら古今の聖賢の教訓はすべて皆廃紙となってしまうというのがその頃の二葉亭の説であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
断ち、或いは、もっと意表外な作戦に出て来ないとも限りません。その上でのおうごきは、すべて、後手後手ごてごてと相成りましょう
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細君はすべてをそこに置いたまま去って終う、一口に云えば食客の待遇である。予はまさかに怒る訳にもゆかない、食わぬということも出来かねた。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
第七十六条 法律規則命令又ハ何等なんらノ名称ヲもちヰタルニかかわラスノ憲法ニ矛盾むじゅんセサル現行ノ法令ハすべ遵由じゅんゆうノ効力ヲゆう
大日本帝国憲法 (旧字旧仮名) / 日本国(著)
いとすさまじかりしに引き換え、すべてわが家の座敷牢などに入れられしほどの待遇にて、この両人の内、代る代る護衛しながら常に妾と雑話をなし
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
すべて前置というものは、かくの如く置かねばならぬ必要ある場合に限りて置くべきものであって、必要のないのにむやみに置くべきものではない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一つの技術が世界ことごとくの芸術の様式と内容のすべてを含んでしまうという技法は今までにまだ発見されていないようだ。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
その激した心には、芳子がこの懺悔ざんげあえてした理由——すべてを打明けて縋ろうとした態度を解釈する余裕が無かった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
天気がいと思って合羽を脱いで外へ出れば雨が降って来たり、芸者を買えばブツ/\とおこってばかりいたり、すべて十分にいかんものでございます。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それですべてであった。つまり彼らは、それ以外に云うべき言葉を何一つ持ち合していなかった。無惨むざんな立場に追いつめられていたというべきだろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
市長はちまた分捕ぶんどり、漁人は水辺におのが居を定めた。すべての分割の、とっくにすんだ後で、詩人がのっそりやって来た。彼ははるか遠方からやって来た。
心の王者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
よく端役はやくという事をいうが、活動写真には端役というべきものはないように思われる。どれもこれもすべてが何らかの意味で働いているように思われる。
活動写真 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
その外天気の好い夜昼を何千たびでも楽んで過ごす事が出来る。健康の喜びの感じが体中からだじゅうの脈々を流れて通る。この色々のものがすべて愉快に感ぜられる。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
こうして一間に閉じ籠ったきり、何事も手がつかなかった。すべての事はガニマール氏の言うがままにしておいた。
当時の芸術はその時代とその風景のみならずすべての事物に対して称賛と感謝の情とを以て感興の最大源泉となし
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
煙は中天に満々みちみちて、炎は虚空にひまもなし。まのあたりに見奉れる者、更にまなこあてず、遥に伝聞つたへきく人は、肝魂きもたましひを失へり。法相ほつさう三論の法門聖教、すべて一巻も残らず。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
帰着する所は一個の最上府なり、こゝすべての運命を形成せり、爰に総ての過去と、総ての未来とを注射せり、歴史は其過去を語り、約束は其の未来を談ず。
思想の聖殿 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
その一事ひとことをもってすべての推測を下すのではないが、憎くはないがこの女一人のためには、何もかも失ってもと思い込むほどの熱情は、なかったのであろう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
丑松はこの細君の気の短い、忍耐力こらへじやうの無い、愚痴なところも感じ易いところもすべ外部そと露出あらはれて居るやうな——まあ、四十女にくある性質をて取つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何でもその説によると、地獄にはその頃人間がすべてで四千八百六十六万六千三百二十二人居た事になつてゐる。
彼女はあらためてパパとママンになりそうな人がしいと希望を持ち出した。この界隈かいわいってはすべてのことが喜劇の厳粛げんしゅく性をもって真面目に受け取られた。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かたがた歌道茶事までも堪能たんのうに渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀さいしすべて虚礼なるべし
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
世の中のすべてをのろってるんだ。皆で寄ってたかって彼女を今日の深淵しんえんに追い込んでしまったんだ。だから僕にも信頼しないんだ。こんな絶望があるだろうか。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
わたくし貴方あなたすべてを綜合そうごうする傾向けいこうをもっているのを、面白おもしろかんじかつ敬服けいふくいたしたのです、また貴方あなたいまべられたわたくし人物評じんぶつひょうは、ただ感心かんしんするほかはありません。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私はにわかに好奇心が湧いた——早く家に帰って留守の間に、すべての秘密を探ってやろう、大股に歩いて家に帰るといつの間にやら婆さんは私よりも先に帰って
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)