真青まっさお)” の例文
旧字:眞青
しいんと一斉に固唾かたずを呑んだ黒い影をそよがせて、真青まっさおな月光に染まっている障子の表をさっとひとで冷たい夜風が撫でていった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
水色真青まっさおにして物凄い所であります。前面むこうには皀莢滝と申します大滝が有りまして、ドウードッと云うすさまじい水音でございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
自動車の中には、中腰になって、洋装の凄艶せいえんなマダムとも令嬢とも判別しがたい美女が乗っていた。しかしなんという真青まっさおな顔だ。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ルパンは窓布カーテンの方に進むが早いかサッとそれを開いた。途端、左の戸口から、ヌッと出た人の顔、真青まっさおな色をして目をぱちくり
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
すると甚吾は真赫まっかになってそれから真青まっさおになって、顫える手で茶碗をとって、冷えた茶を飲みほした。それきり俯向いていた。
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ハッと赤くなり、次ぎの瞬間には真青まっさおになって、大急ぎで落ちたものを拾い込み、鞄の蓋を閉じると、腰かけの下へ押込んでしまいました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ああそうかと思って附近を見ると、今まで立っていた方々ほうぼうの二階家も見えなくなって、真青まっさおに晴れた空が広々と見渡された。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
刷毛はけいたようなゆみなりになったひろはま……のたりのたりとおともなく岸辺きしべせる真青まっさおうみみず……薄絹うすぎぬひろげたような
繁三をつれて、三月の東京座を見に行った叔父が、がちがちふるえて帰って来た。顔が真青まっさおになって、唇に血のがなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それでも小砂利を敷いたつぼの広い中に、縞笹しまざさがきれいらしく、すいすいとが伸びて、その真青まっさおな蔭に、昼見る蛍の朱の映るのは紅羅がんびの花のつぼみです。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ハンドルを、しっかりと握りながら、御主人は真青まっさおになって叫びました。交通巡査は、すぐに黄色いオートバイに飛び乗ってあとを追いかけました。
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
その日の昼ごろになって桐島きりしま伯爵が歿くなったと云うことが聞えて来た。豆腐屋の主翁はそれを聞いて真青まっさおな顔をした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると代官様の一行は、庄屋長左衛門ちょうざえもんの家にどやどやと入りました。庄屋は顔を真青まっさおにして代官様の前に出ました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
それらの夢の景色の中では、すべての色彩があざやかな原色をして、海も、空も、硝子ガラスのように透明な真青まっさおだった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
楽屋の周章者あわてものは、真青まっさおになってまたののしりかけた時、十余人の川中島の百姓たちが、気をそろえて舞台の上へ飛び上ったから、またまた問題がブリ返りました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
般若はんにゃとめさんというのは背中一面に般若の文身ほりものをしている若い大工の職人で、大タブサに結ったまげ月代さかやきをいつでも真青まっさおに剃っている凄いような美男子であった。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
太い竹を縄か何かでからげる、その竹が真青まっさおな色をしている。場所はどんなところであっても差支ない。真青な竹の色と、桃の花の色との配合が、この句の眼目である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
かたはばの広い、ほおひげをったあとの真青まっさおな、五分りの、そして度の強い近眼鏡をかけた丸顔の男が、のっそりと玄関にはいって来たときの光景を思いうかべていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そして一生懸命にめんかきをして、ようやく水の上に顔だけ出すことが出来ました。その時私たち三人がたがいに見合せた眼といったら、顔といったらありません。顔は真青まっさおでした。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
げんがのっそりと寄って来て、に落ちぬという顔をするのを見て、おとどは真青まっさおになってしまった。娘たちはあんなに言っていたものの、こうなっては気強く笑って出て行った。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
よいから大雨、しかも激しい雷鳴が伴って、大地震のような地響きがするばかりか、真青まっさおな電光が昼のように天地を照らすので、戦争に慣れている私たちも少なからずおびやかされた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
名もなき鬼に襲われて、名なき故に鬼にあらずと、いて思いたるに突然正体を見付けて今更眼力のたがわぬを口惜くちおしく思う時の感じと異なる事もあるまい。ウィリアムは真青まっさおになった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当人のめしを喰う茶碗に灰を入れて線香を立てゝ位牌の前にチャント供えて置た所が、かえって来て之を見ていやな顔をしたとも何とも、真青まっさおになって腹を立てゝ居たが、私共は如何どうも怖かった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ト聞くと等しく文三は真青まっさおに成ッて、慄然ぶるぶると震え出して、こぶしを握ッて歯を喰切くいしばッて、昇の半面をグッと疾視付にらみつけて、今にもむしゃぶり付きそうな顔色をした……が、ハッと心を取直して
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「何処へいらっしゃる。」母親は、真青まっさおになった笏の顔をまともに見上げた。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
伊那丸いなまる忍剣にんけん智慧ちえをしぼって世の中からかくしておいた宝物ほうもつも、こうして、苦もなく発見されてしまった。まもなく梅雪入道の床几の前へ運ばれてきたものは、真青まっさお水苔みずごけさびたその石櫃いしびつ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめには天と同じ色の真青まっさおな石を使おうと思っていたが、地上にはそんなに多くはないし、大きい山を使ってしまうには惜しいし、時に賑やかなところにいって、小さいのを探すこともあったが
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
ひる近く、ようやく、はるか前方の真青まっさお麦畠むぎばたけの中の道に一団の人影が見えた。その中で特に際立って丈の高い孔子の姿を認め得た時、子路は突然とつぜん、何か胸をめ付けられるような苦しさを感じた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
藍色の空には、白く光る雲が、糸のように流れているばかり…………崖の下には、真青まっさおく、真白く渦捲うずまきどよめく波の間を、遊び戯れているフカの尻尾しっぽやヒレが、時々ヒラヒラと見えているだけです。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
木の葉をんでいたと見えて、口の端を真青まっさおにしていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
空は真青まっさおに晴れています。どこまでもんでいます。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
海は真青まっさお 空も真青
ペンギン鳥の歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その顔面はみるみる真青まっさおになり、ガタガタと細かく全身をふるわせると、われとわが咽喉のどのあたりを、両手できむしるのだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すると、静子は思切った様に立上って、真青まっさおになって、私をさし招くのだ。それを見ると、私も何かしらワクワクして、彼女のあとに従った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(ええ、勿体ないほどお似合いで。)と言うのを聞いて、懐紙をおのけになると、眉のあとがいま剃立そりたての真青まっさおで。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云われ真青まっさおになってぶる/\ふるえて傳助地びたへかゝとが着きませんで、ひょこ/\歩きながら案内をするうちに、団子屋のきんの宅の路地まで参りました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
場合によっては、この家のあるじに頼んで表戸を締め切ってもらおうと思いましたが、お雪はやっぱり気が気でなく、またも敷居の外へ出て見て、今度は、急に真青まっさおになり
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしひらめいずる美しいほのおはなくて、真青まっさおけむりばかりが悩みがちに湧出わきいだし、地湿じしめりの強い匂いをみなぎらせて、小暗おぐらい森の梢高こずえだかく、からみつくように、うねりながら昇って行く。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
年賀状は、真紅まっかな朝日と、金いろの雲と、真青まっさおな松とを、俗っぽく刷り出した絵葉書であったが、次郎は、何よりもそれを大切にして、いつも雑嚢ざつのうの中にしまいこんでいた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
奥に婚礼用の松が真青まっさおに景気を添える。葉茶屋はぢゃやでは丁稚でっち抹茶まっちゃをゆっくりゆっくりうすいている。番頭は往来をにらめながら茶を飲んでいる。——「えっ、あぶねえ」と高柳君は突き飛ばされた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
通りの海添いに立って見ると、真青まっさおな海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、ほばしらから檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗きれいでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
生徒は真青まっさおに緊張してそれを聴く。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
彼は真青まっさおになって、ブルブル震えてさえいるのだ。何がそうさせたのか、彼が極度にこうふんしていることは一目でわかる。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ドアを開いてやると、転がるように壮平爺さんが入ってきた。顔色は真青まっさおだ。不眠か興奮のせいか、まぶたれあがっている。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月代さかやき真青まっさおで、びんの膨れた色身いろみな手代、うんざり鬢のいさみが一人、これがさきへ立って、コトン、コトンと棒を突く。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
久「へい、それはおたく御飯炊ごぜんたきですか、の人は男振は宜しゅうございますが、何しろ真黒に成って働きますから、紺屋こうやなら真青まっさおだが、炭屋だから真黒でどうも」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
悪獣毒蛇を恐れない茂太郎が、この時、かおの色を真青まっさおにして返事ができませんでした。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さっきから空の大半は真青まっさおに晴れて来て、絶えず風の吹きかようにもかかわらず、じりじり人の肌に焼附やきつくような湿気しっけのある秋の日は、目の前なる大川おおかわの水一面にまぶしく照り輝くので
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「筍の真青まっさおなのはなぜだろう」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのとき機体がスーッと浮きあがったかと思うと、真青まっさおな光の尾を大地の方にながながとのこして、宇宙艇はたちまち月明げつめい天空てんくう高くまい上った。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)