物足ものた)” の例文
そして、二人ふたりは、ぜにをもらい、いままでのごとく、こまったことはなかったけれど、少年しょうねんにとってただ一つ、物足ものたらないものがありました。
街の幸福 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さういふしづかなひと物足ものたりない心持こゝろもちを、さびしいともかなしいともいはないで、それかといつて、ゆきのふりかゝつてゐるのをうらむでもなく
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
「日糖事件丈ぢや物足ものたりないからね」と奥歯に物のはさまつた様に云つた。代助はだまつて酒を飲んだ。はなしは此調子で段々はずみをうしなふ様に見えた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たゞすこ遠慮勝えんりよがちなのと、あまおほ口数くちかずかぬのが、なんとなくわたしには物足ものたりないので、わたしそれであるから尚更なほさら始末しまつわるい。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それがこの庭までやつてくるのだ。夏のやうに白鷺しらさぎが空をかすめて飛ばないのは物足ものたりないけれども、それだけのつぐなひは十分あるやうな気がする。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
きゃくさまがえたときに、こちらの世界せかいなにが一ばん物足ものたりないかといえば、それは食物たべもののないことでございます。
オランダイチゴは今日こんにち市場では、単にイチゴと呼んで通じている。けれども単にイチゴでは物足ものたりなく、つ他のイチゴ(市場には出ぬけれど)とその名が混雑する。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
加之それに顏にもたるむだ點がある、何うしても平民の娘だ。これが周三に取ツて何となく物足ものたりぬやうに思はれて、何だかあかにほひの無い花を見るやうな心地がするのであツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
折角せっかくハイキングに行っても、帰って来て是非ぜひ銀座へ寄らねば何となく物足ものたり無い。
現代若き女性気質集 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今になると、彼はまだ出るのがいやなのだ。水浴びに来たのに、これくらいでは物足ものたりない。出なければならないと思うと、水がもう怖くはないのである。さっきは鉛、今は、羽根だ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
しかし朝になって見ると、初めて逢った人達の感じが好かっただけ、それだけ旅人としての物足ものたらなさが岸本の胸に忍び込んで来た。彼は皆の言った事を考えて見て、ボンヤリしてしまった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これのまでははしられず、一日おこたことのあれば終日ひねもす氣持きもちたゞならず、物足ものたらぬやうにるといふも、ひとみゝには洒落者しやれもの蕩樂だうらくられぬべきこと其身そのみりてはまことせんなきくせをつけて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……ほそステツキたないのが物足ものたりないくらゐなもので。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
物足ものたるや葡萄ぶだう無花果いちじゆく倉ずまひ
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
別れが今は物足ものたらぬかな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わたくしなにやら奇妙きみょうかんじ……かねかんがえていたのとはまるきりちがった、なにやらしみじみとせぬ、なにやら物足ものたりないかんじに、はっとおどろかされたのでございます……。
たゞ代助には是丈の勇気を出すのが苦痛であつた。それうちへ帰つた。其代り帰つても、かない様な、物足ものたらない様な、妙な心持がした。ので、又そとて酒をんだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼は夜更よふけの電燈の下に彼の勉強を怠らなかつた。同時に又彼が以前書いた十何篇かの論文には、——就中なかんづく「リイプクネヒトを憶ふ」の一篇にはだんだん物足ものたらなさを感じ出した。
或社会主義者 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また光治こうじには、あの少年しょうねん自分じぶんかってふえいたのはきみかといながら、すこしもうまくいたとはいわなかったのが、なんとなく物足ものたらなくこころかんじられたのであります。
どこで笛吹く (新字新仮名) / 小川未明(著)
なにがあっけないともうして、んなあっけない仕事しごとはめったにあるものでなく、相当そうとう幽界ゆうかい生活せいかつれたわたくしでさえ、いささか物足ものたりなさをかんじないわけにもまいりませんでした。
其時そのときかれうつくしいやまいろきよみづいろが、最初さいしよほど鮮明せんめいかげ自分じぶんあたま宿やどさないのを物足ものたらずおもはじめた。かれあたゝかなわかいだいて、そのほてりをさまふかみどりへなくなつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
御互おたがひ御互おたがひきるの、物足ものたりなくなるのといふこゝろ微塵みぢんおこらなかつたけれども、御互おたがひあたまれる生活せいくわつ内容ないようには、刺戟しげきとぼしい或物あるものひそんでゐるやうにぶうつたへがあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
明日あしたも御めだ」とこたへて、自分のへや這入はいつた。そこにはとこがもういてあつた。代助は先刻さつきせんいた香水を取つて、括枕くゝりまくらうへ一滴いつてきらした。それでは何だか物足ものたりなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
本當ほんたうにな」と宗助そうすけはらつて充分じゆうぶん物足ものたりた樣子やうすであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)