烏帽子えぼし)” の例文
それがまた末はほのぼのと霞をかけた二条の大路おおじのはてのはてまで、ありとあらゆる烏帽子えぼしの波をざわめかせて居るのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その中に一際目立つ烏帽子えぼし型の大岩があって、その大岩の頂に、丁度二見ふたみうら夫婦めおと岩の様に、石で刻んだ小さな鳥居が建ててある。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
霧は相変らず辺りをかすめて巻上り、目近かに見える烏帽子えぼし型の岩峰や、尾根尾根に並び立つ尖峰を薄くぼかして、奇異な景観を造る。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
ろうそくのは、あかい、ちいさな烏帽子えぼしのように、いくつもいくつもともっていたけれど、かぜかれて、べつにらぎもしませんでした。
大きなかに (新字新仮名) / 小川未明(著)
結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如く食後の腹ごなしにもてあそばれ、烏帽子えぼし直垂ひたたれの如く虫干むしぼしに昔しをしのぶ種子となる外はない。
町へ出る時にも、やっぱり米友は烏帽子えぼしかぶって白丁はくちょうを着ておりました。それから例の杖に油壺をくくりつけて肩にかついでおりました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小松宮から拝領した素袍すおう烏帽子えぼしをつけた姿の写真であった。正月には、この床の間には父の弟子達から贈られた供餅おそなえが飾られた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
刳袴くくりばかまに一刀を帯び、織人烏帽子えぼしを額へ載せ、黒の頭巾で顔を包んだ、異形の風采ではあったけれど、これこの時代の庭師なのであった。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
烏帽子えぼしを売っていたおじいさん、はとの豆を売っているおばあさん、げそこなってかわいそうに、燈籠とうろうの下でこしをぬかしてしまう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
運慶は頭に小さい烏帽子えぼしのようなものを乗せて、素袍すおうだか何だかわからない大きなそで背中せなかくくっている。その様子がいかにも古くさい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
珍しがっていたのは、三番叟さんばそう烏帽子えぼしを被り鈴を持っているので、持って振りますと、象牙を入れた面から舌がちょいちょい出るのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そのほか、ばくらふ、炭焼き、烏帽子えぼし折り、鏡みがきといふやうに、いろんなことをしながら、あちこちとさまよひ歩きました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
六波羅ろくはら風と言えば、猫も杓子しゃくしも、右へならえで、烏帽子えぼしの折り方やら、着つけの仕方まで、皆が平家一族を真似するのである。
ここの大池の中洲の島に、かりの法壇を設けて、雨を祈ると触れてな。……はかま練衣ねりぎぬ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ白拍子しらびょうしの姿がかろう。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
言葉でもろくに通じないくらいだのに、男は烏帽子えぼしもかぶらず女はかみもさげず、はだしで山川を歩くさまはまるでけもののようではありませんか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
烏帽子えぼしがまがり、中啓ちゅうけいが、飛んだ。と、吉良は、美濃守に受けとめられて、すうっと、いたわるように、抱き下ろされていた。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
羽織袴はおりはかまの役人衆の後ろには大太鼓が続き、禰宜ねぎの松下千里も烏帽子えぼし直垂ひたたれの礼装で馬にまたがりながらその行列の中にあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから後には神官を望んで、白服を着て烏帽子えぼしを被った時もありましたが、後にはまた禅は茶味禅味ちゃみぜんみだといって、禅にった事もありました。
我が宗教観 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
時には悪強情だと思われる位で、例えばあの役には烏帽子えぼしを被せないで下さいといっても、いや、あれはどうしても被せなければいけないという。
久保田米斎君の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金の烏帽子えぼしの白拍子に、思わず、私の目は引きつけられ、そのまま、お師匠さまのことは、忘れるともなく、お忘れ申していたのでございました。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
ちょうどその頃、先輩の玄洋社連が、大院君を遣付やっつけるべく、烏帽子えぼし直垂ひたたれ驢馬ろばに乗って、京城に乗込んでいるんだぜ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
去年の今日こんにちは江城に烏帽子えぼしの緒をしめ、今年こんねんの今日は島原に甲の緒をしむる。誠に移り変れる世のならひ早々打立候。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『和漢三才図会』四六に、玉珧俗いうタイラギ、またいう烏帽子えぼし貝と出づるを見れば、真のタイラギより小さい故小帽子の意でショボシの名あるか。
その屋形船に乗合っている男女の頭を一つ一つさぐっているうちに、短冊たんざくを持って笑っている烏帽子えぼし男の首が、すこしぐらぐらしているのを発見した。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
神明しんめいやしろきたれば(下巻第七図)烏帽子えぼしの神主三人早くも紅梅の咲匂さきにおへる鳥居に梯子はしごをかけ注連飾しめかざりにいそがはし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤地にしきの直垂ひたたれ緋縅ひおどしのよろい着て、頭に烏帽子えぼしをいただき、弓と矢は従者に持たせ、徒歩かちにて御輿みこしにひたと供奉ぐぶする三十六、七の男、鼻高くまゆひい
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれとでもいったような服装をした楽人達が色々の楽器をもって出て来て、あぐらをかいて居ならんだ。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
勝手口から上りながら、道臣は臺所の千代松をチラと見て、輕く會釋ゑしやくをすると、次のに入つて、柱の折れ釘に烏帽子えぼしを掛け、淨衣は衝立ついたての前に脱ぎ棄てた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
籠堂こもりどうに寝て、あくる朝目がさめると、直衣のうし烏帽子えぼしを着て指貫さしぬきをはいた老人が、枕もとに立っていて言った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから君、火星のアアビングや団十郎は、ニコライの会堂の円天蓋まるてんじょうよりも大きい位な烏帽子えぼしかぶってるよ
火星の芝居 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
万歳のかぶった烏帽子えぼしを霰がたばしるというのは、寂しいながら正月らしい趣である。春の正月と、冬の正月とによって、感じに変化を生ずるほどのものではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
家は何の奇もない甘藷かんしょ畑と松林との間に建てられたものだが、縁側に立って爪立ち覗きをしてみると、浜の砂山のなみのような脊とすれすれに沖の烏帽子えぼし岩が見えた。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
大ナメ八丁という場所は、烏帽子えぼし岳の頂稜から、真南に落下しているユワタル沢の合流点から始まる。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
そのとき、法師丸の身のたけは五尺二寸、始めて長小結ながこゆい烏帽子えぼしを着けて父の後から歩いて行く姿を見ると、ちょうど父子おやこのせいの高さが同じくらいであったと云う。
とすっかり度胸どきょうをきめて、こしにきこりのおのをさして、烏帽子えぼしをずるずるにはなあたままでかぶったまま
瘤とり (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれ伶人れいじん綾錦あやにしき水干すいかんに下げ髪の童子、紫衣しいの法主が練り出し、万歳楽まんざいらく延喜えんぎ楽を奏するとかいうことは、昔の風俗を保存するとしてはよろしいかもしれぬが
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
広忠の幼名は仙千代であるが、持広は身をもってこの一少年をかくまい、進んで仙千代のために烏帽子えぼし親となって、彼に元服させ名前の一字をあたえて広忠と名乗らせた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
と言いながら、衛門督は烏帽子えぼしだけを身体からだの下へかって、少し起き上がろうとしたが、苦しそうであった。柔らかい白の着物を幾枚も重ねて、夜着を上に掛けているのである。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
烏帽子えぼしなどかぶってひどくもったいぶった服装で山賊の京の宿舎を訪ね、それこそほんものの候言葉で、昨日のお礼を申し、統領の鷹揚な挙措や立派な口髭に一目でれ込み
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
烏帽子えぼしをかぶった神主姿の男は棟梁とうりょうの知人のなかから捜しだして来たものであった。それで間にあうのだ。棟梁と呼ばれている三谷三次がたたき大工であっても構わないのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
静かにお駕籠を降りた烏帽子えぼし姿のけだかき威厳!——しいんと鳴りを静めていた群衆は、さらにしいんと鳴りを静めて、等しくえりを正したのも名宰相伊豆守なればこそでした。
若い武士たちは烏帽子えぼし狩衣かりぎぬをつけ、毛抜形のそりをうった太刀たちを傍に置いて、おそらくはじめて見るのだろう禁裏の、それも裏庭からの眺めに、ものめずらしげな目を散らしていた。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
まもなく大勢の足音が聞こえたが、その中でひときわ高く沓音くつおとをひびかせて、烏帽子えぼし直衣のうしを召した貴人がお堂におあがりになると、おつきの武士四、五人が、その左右に座をしめた。
烏帽子えぼし姿の神官が、神前の供え物を、その白木の三宝を一つ一つに片づけていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
南は標高二八四一米のレンゲ岳(また)に始まり、うねうねと屈曲していはするものの、大体において真北を指し、野口五郎のぐちごろう烏帽子えぼし蓮華れんげはりじい鹿島槍かしまやり五龍ごりゅう唐松からまつ等を経て北
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
しのぶずりの狩衣かりぎぬ指貫さしぬきはかまをうがち、烏帽子えぼしのさきを梅の枝にすれすれにさわらし、遠慮深げな気味ではあったが、しかし眼光は鋭く、お互に何のおもいをとどけに来ているかを既に見貫みぬいている
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
濃州郡上のさと八幡城やわたじょう三万八千八百石の城主、金森兵部少輔頼錦かなもりひょうぶしょうゆうよりかねの御嫡、同じく出雲守頼門いずものかみよりかど後に頼元よりもとが、ほんの五六人の家臣を召連めしつれて、烏帽子えぼし岳に狩を催した時、思わぬ手違いから家来共と別れ
尾張の宮地太郎という武士さむらいが花見をしていると、山の地蔵様が山伏に化けて来てのぞきました。そうしてよび込まれて歌をよみ、烏帽子えぼしをかぶり鼓を打って、お獅子ししを舞ったという話もあります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
風折かざおり烏帽子えぼしの如きもの芽あり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
折釘おれくぎ烏帽子えぼし掛けたり春の宿
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)