もぐ)” の例文
旧字:
「五百之進の不在こそかえって倖せ、今夜にでも、ふいに捕手とりてを向けて、奥にもぐりこんでいる郁次郎を、召捕ってみるといたそうか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その途端に確かに書斎から人の出て来るような気配がしたの。あたし震え上がっちゃったわ。床の中へもぐり込んで蒲団をかぶっていたの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
が、それも瞬時のことで、すぐ運動が緩慢かんまんになり、がぶッと水の中にもぐってしまう。そして、この、がぶッがだんだん頻繁になる。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
われわれが完全に地下にもぐることによって敵の空軍を全然無力化させることに成功したわけであって、これにより、われわれの国家は
元来探偵なるものは世間の表面から底へもぐる社会の潜水夫のようなものだから、これほど人間の不思議をつかんだ職業はたんとあるまい。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄い寝具の中にもぐり込んだまま、死んだようになっていた父親が出し抜けにもくりと蒲団ふとんに起き上って、血走った目で宙をにら
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
米友ではとても人の上から覗き込むことはできないから、人の腰の下からもぐるようにして見ると、橋の欄干らんかんへ板札が結び付けてあります。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
炬燵こたつからもぐり出て、土間へ下りて橋がかりからそこをのぞくと、三ツの水道口みずぐち、残らず三条みすじの水が一齊いちどきにざっとそそいで、いたずらに流れていた。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頭のぬめっこくて円い、黄色い頬っぺたの、眼の柔和な、髭の目だつ、人魚のようなのが上半身を出すと、またすぽっともぐってしまった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蚊帳かやの中へもぐり込んでからも、相川は眠られなかった。多感多情であった三十何年の生涯をその晩ほど想い浮べたことはなかったのである。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それより猿の毛を調べたか、人間のもぐれそうも無いところへ忍び込んで、中から戸を開けてやるのは、猿の外にはあるまいと思うが——」
木立の深い処には、人をるるに足るほどの天然の土穴つちあな所々ところどころに明いているので、二人はここへもぐり込んで、雨を避けながら落葉を焚いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飛衛は新入の門人に、まずまたたきせざることを学べと命じた。紀昌は家に帰り、妻の機織台はたおりだいの下にもぐんで、そこに仰向あおむけにひっくり返った。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いったい、毎年試合が近づいて来ると、両方の藩から若侍たちが変装して、各々敵方の藩へもぐり込んで、敵の力量を探索することになっていた。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)
イヤ、骨身に徹するどころではない、魂魄たましいなどもとっくに飛出してしまって、力寿の懐中ふところの奥深くにもぐり込んで居たのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
寝支度に取りかかる時、二人はまた不快まずい顔を合わした。新吉はもう愛想がつきたという顔で、ろくろく口も利かず、蒲団のなかへもぐり込んだ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わたしはただ一羽のカイツブリが水にもぐり、羽づくろいをしながら笑うのを聞き、またはただよう木の葉のようなボートのなかの孤独な釣師が
叔母や従同胞等いとこらは日が暮れて間もなく寝て了ふのだから、酔つた叔父は暗闇の中を手探り足探りに、おの臥床ふしどを見つけてもぐり込むのだつたさうな。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それから、ワクーラは入口の土間へ入るなり、乾草のなかへもぐりこんで、午前ちゆう、ぐつすり寐込んでしまつた。
またかまどひるへび寝床ねどこもぐ水国すいごく卑湿ひしつの地に住まねばならぬとなったら如何であろう。中庸は平凡である。然し平凡には平凡の意味があり強味つよみがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まじへてくすんだきたなさやしろれて薄青うすあをいつやゝかなまめつぶ威勢ゐせいよくしてみんなからしたもぐんでしまふ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ほかの女どもゝ驚いて下流しへ這込むやら、又は薪箱まきばこの中へもぐり込むやら騒いでいるうちに、源次郎お國の両人りょうにん此処こゝを忍びで、何処いずくともなく落ちてく。
十四になるコースチャは、母親と姉に勇気を見せるつもりか、くるりともぐってまた沖の方へ泳ぎだした。が、すぐ疲れたと見え、大急ぎで引き返して来た。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
愛を傍観していずに、実感からもぐりこんで、これまで認められていた観念が正しいか否かを検証して見よう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
誰も拾いてのない川の中に、彼らのいるところよりは可成かなり低い水面に、抛物線ほうぶつせんを描いてずぶりと墜ちた。流れの下にすッともぐったような落ちかたであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ゴロゴロピカリとくると、もう生きた心地はせん! いい年をして、子供たちの手前、面目ないから、別段戸棚にもぐるわけでもなければ、蚊帳かやを吊るわけでもない。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「ええ、全くやり切れませんよ。何しろ沖へ泳いで行っちゃ、何度も海の底へもぐるんですからね。」
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼の膝頭ひざがしらが我れ知らずガクガクと動いた。歯の根がカチカチと鳴り出した。ジリジリと後退あとずさりをしながら、薄い黄絹のカアテンを、腫れ物に触るようにしてもぐり出た。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
出来ることなら老女が自分を乗せかけている果しも知らぬエスカレーターから免れて、つんもりした手製の羽根蒲団のような生活の中にもぐり込みたいものだと思った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「驚くことはない。あれは私の雇っているもぐりの上手な女なのだ。私達を迎えに来て呉れたのだよ」
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
シェラ山岳会考案の「睡眠袋」を馬に積ませて来たので、蓑虫みのむしのように、その中にすッぽりもぐり込んで寝たが、乾き切った小石交りの砂地の上で、日本アルプスのように
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それは、潜望鏡ペリスコープの視野が拡大された今日では、すでに旧式戦術である。敵艦に近づき、突如水面に躍り出で、そうしてから、またもぐって、魚雷発射の機会を狙うのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
婦人の手はコオトの中にもぐり込んだ。その手はすぐに、帯の間から蟇口をくわえて来た。そして婦人の指は白い鳥のくちばしのように、蟇口の中から銀貨をついばんで女給の前に吐いた。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
二人の鵜匠にあやつられている鵜は、水の中にもぐっては浮きあがり、浮きあがっては潜ってうおった。鵜の口を逃れた魚はきらきらと腹をかえして、中には飛ぶのもあった。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは一羽のかいつむりが水のなかにもぐり入った姿だった。ほとんどつぶてを打ったほどにしか見えないかいつむりは、はっきりと何鳥だかの区別さえできかねるほどはるかなものだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あたかも石油だるの中に落ち込んだがように、一波も立てずに海中に消え失せてしまった。人々は水中を探り、またもぐってみた。しかし無益であった。夕方まで捜索は続けられた。
こういう人はきっと他所よそから、必ず成功しようと、掻分かきわけてもぐり込んでくるのだから意気込みが違う。笑われようとあきれられようと、そんな事にはむとんちゃくで、活気が資本もとでだ。
「己も子供が三人ある。それでももう二度もぐつて見た。どうも己の手にはをへねえ。」
二時となり三時となっても話は綿々として尽きないで、あんまり遅くなるからと臥床ねどこに横になって、蒲団の中にもぐずり込んでしまってもなおこのままてしまうのが惜しそうであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「灰色の靴下を穿いた秋」が、わたしの精神の罅裂ひびの隙き間から、もぐりこんでくる。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
引掛けるのもありますがえた鮎でも何でも引掛けますから味が良くありません。もぐりといって水の中へ人が潜って捕るのもありますがこれも飢えた魚を捕りますから前の通りです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
(龍になって、昇天するなど、おこの沙汰じゃ。あべこべに、地にもぐらねばならん)
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「おお、寒い寒い」と、声もふるいながら入ッて来て、夜具の中へもぐり込み、抱巻かいまきの袖に手を通し火鉢を引き寄せて両手をかざしたのは、富沢町の古着屋美濃屋みのや善吉と呼ぶ吉里の客である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
とうとう優美館裏あたりの大分淋しいところまでやって来た時は寸歩も足を運ぶことが出来ないまでにくたくたに疲れ、一先ずそこらのとあるきたならしい立飲屋へもぐり込んだのである。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
なぜといって、人間の腹の中にはそれぞれ虫がもぐっていて、こいつのかぶりのふりよう一つで、平気で世間を相手に気儘気随をおっ通したがるやまいがあるんだから。そうだ。まあ、やまいだろうね。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
喞筒ポンプ押し一年、空気管持ち一年、綱持ち一年で、相もぐりとなるまでには凡そ四年掛るのだが、それを天分があったのか、それとも熱心の賜でか、弟子入りして二年目にはもう相潜りになった。
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
身の周囲まわりを立ちめている霧が、えりや袖や口からもぐり込むかと思うような晩であるのに、純一の肌は燃えている。恐ろしい「盲目なる策励」が理性の光を覆うて、純一にこんな事を思わせる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
蛇がずるずるとそこの溝川どぶがわへ這入ったかと思うと、今まではそれほどいようと思わなかった蛙が一度にがあがあ鳴出して、もぐるのもあれば、足を伸して泳ぐのもあり、道へ飛上るのもあって
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
はたして、これでびっくりした犯人はいっそう深くもぐったものとみえ、とうぶんロス氏のもとへも警察へも、なんらの音信がなかった。と、七月二十四日、犯人から第二の手紙がロス氏へ届いた。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
身を切るような風吹きてみぞれ降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早くめて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉なぐさみなく堅い男ゆえ炬燵こたつもぐって寝そべるほどの楽もせず火鉢ひばちを控えて厳然ちゃんすわ
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)