くさび)” の例文
「二十三年前に盗んだ御用金三千両は、浜町河岸の石置場、百貫あまりの御影石の下だ——左の小さいくさびを取ると、子供にも取出せる」
銅箱の底に銅のくさびをつけてその楔の先端に霜の結晶を作るようにして、その結晶を箱の外から焦点距離の長い顕微鏡で覗くことにした。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
と、そうも思われたけれども、何よりくさびのように打ち込まれた、逢痴の声と血潮の失踪とが、それを根底から否定してしまうのだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「だがむろん、一ノ関の手はゆるみはしない、藩ぜんたいがよろこび祝っているうちにも、一ノ関は隙へ隙へとくさびを打っていた」
一體いつたい家屋かおくあたらしいあひだはしら横木よこぎとのあひだめつけてゐるくさびいてゐるけれども、それが段々だん/″\ふるくなつてると、次第しだいゆるみがる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
で、まち便たよりなく、すうと月夜つきよそらく。うへからのぞいて、やまがけ處々ところ/″\まつ姿すがたくさびれて、づツしりとおさへてる。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そういう密集せる人込みの中を、クリストフはひざひじで突きのけながら、くさびのように道を開いて進んだ。オリヴィエはそのあとからついて行った。
白い髪の毛は顳顬こめかみのあたりに少々残っているだけで、頤髯あごひげはまばらでくさびがたをしている。その笑みを浮かべた唇は、二本の紐かなんぞのように細い。
かれうちかへるととも唐鍬たうぐはつけた。なた刀背みねてつくさびんでさうしてつてうごかしてた。つぎあさからもう勘次かんじ姿すがたはやし見出みいだされた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
自分はこの世に生れて來たことを、哀しい生存を、狂亂所爲多きく在ることの、否定にも肯定にも、脱落を防ぐべきくさびの打ちこみどころを知らない。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
曲輪くるわに溢れ、寄手の軍勢から一際鋭角を作って、大坂城の中へくさびのごとく食い入って行くのを見ると、他愛もない児童のように鞍壺くらつぼに躍り上ってよろこんだ。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ばらばらに黒いくさびはづされたこの残留の街衢の中で、彼等の笑ふやうに、その笑ひが己の面上にあると思ふのか。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
これは組み立ての時に、どうしたことか、くさびをはめることを忘れたので、根が締まっていないので風で動いたので、楔一本のため、どれ位心配をしたことか。
生活に打ち込まれた一本のくさびがどんなところにまでひずみを及ぼして行っているか、彼はそれに行き当るたびに、内面的に汚れている自分をってゆくのだった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
人の好い道綱は、そんな私達のくさびになっているのを苦にして何かと責め好い私の方ばかりを責めるのだった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しずかに金色のくさびを、谷間へと打込んでくるが、流水はわずかに上空の光りを浮かべて、まだ夜の名残りをとどめる紫ばんだ空気を、つんざきながら走っている。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
わたしの斧が柄から抜けたのでくさびにするために緑のヒッコリーを切り取って石でそれを打ちこみ、木を膨脹させるためにそれをそっくり池のくぼみに漬けたときに
もちろん、その原因として、中間に、こゝにいる葛岡さんというものを挟みはしましたが、しかし、これは気の毒ながら、挽木の鋸目のこめに入れるくさびのようなものです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それにしてはこれらのお話が、日本の性格東洋の風格と云うものを強くお話の中に錯綜して、人と人を結んだお話は、東洋諸国を結合するくさびとなるじゃないかと思います。
現下に於ける童話の使命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
木にくさびを打ち込んで半ば裂けた中に楔を留めた処や兎の頭を見た妊婦は必ず欠唇の子を生むと
「では、この頃洛中に流行はやります摩利の教とやら申すのも、やはり無常を忘れさせる新しい方便なのでございましょう。」と、御話のくさびを入れますと、もう一人の女房も
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
テナルディエは一種の鉄のくさびを持つことを許されていた。それで彼は壁の割れ目にパンをおし込んでいたが、自ら言うところによれば、「ねずみに取られないようにするため」
と軽くは云えど深く嘲けることばに十兵衛も快よからず、のっそりでも恥辱はじは知っております、と底力味あるくさびを打てば、なかなか見事な一言じゃ、忘れぬように記臆おぼえていようと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
童の足二つにて、馬の足の用をなせるなり。かゝるものさへ車と車との間に入れば、混雜はまた一入ひとしほになりぬ。われはくさびの如く車の間にはさまりて、後へも先へも行くこと叶はず。
くさび形に削ったのだろうか? こう思われる程ゲッソリと、頬が頤へかけて落ちている。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かぶとの前についている剣にくさびを入れることを忘れて、陛下が突然地面にお降りになって、ぐるぐる像の周囲を御廻りになりながら天覧になったが、その時にその剣がぶらぶら揺れるので
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
今日の苦笑すべき紛乱は、むしろその要求の非常に急迫していることと、これに対する幾つかの提案の、まだどこかにくさびの抜けた所があることをかたっているように私らには感じられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
次に袋の両側にくさびを入れ、二人の男が柄の長い槌を力まかせに振って楔を打ち込んで、袋から液体蝋をしぼり出す。すると蝋は穴の下の桶に流れ込むこと、図429に示す如くである。
舞台装置をする熟練した道具方どうぐかたは、組みたてたセットの急所を知っている。どこの釘、くさびかすがい、或いは、結び綱をとけば、道具がくずれるか、やろうと思えば、どんなことでも出来る。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ついこの間もしたようにそのはなをかんでやり、小鼻の周りを愛撫あいぶしてやり、又或る時は自分の鼻とこの鼻とを、くさびのように喰い違わせたりするのですから、つまりこの鼻は、———この
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
米友が、ついに堪りかねて、憤然として弁信のお喋りの中へくさびを打込みました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
流木をわるにしても、おのがないので、ジャック・ナイフで板をけずって、何本もくさびをこしらえて、それを流木の干割ひわりにうちこんだ。すると、正目のよく通ったアメリカ松は、気もちよくわれた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
「それだ。それは、大きな収穫だった。山路君と陳君との友情は、やがて、日本と中国との永遠の友情のくさびとなるのだ」国際優秀機は、太平洋の上空を、秀麗富士のそびえる日本の空を目指して
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
水に浸蝕されて逆にくさびを打ち込んだやうなぐあひになつてるのである。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
それでも父が居なくなると、家の中はくさびがゆるんだやうになつた。どうかして、思ひ切り引きちぎつてやりたいやうな、気をいら/\させる喘息ぜんそくの声も、無くなつて見るとお末には物足りなかつた。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
午後から空模様が変って来たので、為吉は水夫一同と一緒に七個ななつある大倉口メイン・ハッチの押さえ棒へくさびを打って廻った。一度で調子好く打込み得るのは為吉だけだった。感心し乍ら皆色々と彼の経験を尋ねた。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
欄間の飾りより天井板まで美を尽してしかも俗ならぬやうに、家はくさびを打ちて動かぬやうに建てたらんが如く、天保は床脇とこわきの柱だけ丸木を用ゐ、無理に丸窓一つを穿うが手水鉢ちょうずばち腕木うでぎも自然木を用ゐ
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
伸子は、胸のなかへくさびをさしこまれるように肉体の苦痛を感じた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
頭をくさびのように細い竹と竹との間に押し込んだものと見えて、籠は一寸ちょっと見た所では破れてはいない。蛇は自分の体のおおきさの入口を開けて首を入れたのである。岡田は好く見ようと思って二三歩進んだ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
まさに、魏の中軍へいきなりくさびを打ちこんできたかたちだ。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二十三年前に盜んだ御用金三千兩は、濱町河岸の石置場、百貫あまりの御影石みかげいしの下だ——左の小さいくさびを取ると、子供にも取出せる」
隼人は杉の割り木で、くさびを十ばかり作ると、それを両のたもとに入れて立ちあがった。そのとき、杭を運んだ足軽たちといっしょに、村のあやがやって来た。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(図中細い毛に六花の結晶の附いたように描いてあるのは、後で述べる人工雪である。初めは毛の代りに木や銅のくさびを置いてそれに霜をつけることにしたのである。)
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
激しく雨水の落としたあとの、みぎわくずれて、草の根のまだ白い泥土どろつち欠目かけめから、くさびゆるんだ、洪水でみずの引いた天井裏見るような、横木よこぎ橋板はしいたとの暗い中を見たがなにもおらぬ。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「先生は、僕を単に、先生が蝶子さんの性格に魅着して困るのを断ち切るために中に挟んだくさびか斧だと言ったが、一体全体、そんなことが世の中にあり得るだろうか——」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いよいよ下降する石畳から、壊はされた黒いくさびの扉口からだ。ざんざんとなだれこむ躁擾からそれら卑少の歴史から、虜はれの血肉をみづから引き剥して、己は三歳の嬰児だ。
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
その巨大な縦隊にたくみに喰い込むくさびを打ちこんでそれを裂き、小さく分けてそれを打敗る才覚がなく——あざみをもみつぶすように手荒くあつかおうとばかり考えているのである。
少しも幸福の妨げとなるものではないとされ、また、やがて一家族が生まれいずべきふたりの運命の和合をまず家の中で始め、同棲どうせい生活がそのくさびとして長く結婚のへやを有することは
のつそりでも恥辱はぢは知つて居ります、と底力味あるくさびを打てば、中〻見事な一言ぢや、忘れぬやうに記臆おぼえて居やうと、釘をさしつゝ恐ろしく睥みて後は物云はず、頓て忽ち立ち上つて
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それで大地震だいぢしん出會であつて容易よういいくらかの傾斜けいしやをなしても、それがためにくさびはじめてしてることになり、其位置そのいちおい構造物こうぞうぶつ一層いつそうかたむかんとするのに頑強がんきよう抵抗ていこうするにあるのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)