愚痴ぐち)” の例文
旧字:愚癡
殿様とちがって女の愚痴ぐちがまじる。みんながよってたかっておだて上げるから、若様たちは本気になって勉強しないとおっしゃった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、決して、それは、童心の描きあげた父親像ではなく、多分に、母から日ごろに吹っこまれる愚痴ぐちやら環境にも依るものだった。
「どうせあたしは檀那衆だんなしゆうのやうによくするわけにはかないんだから。」——お宗さんは時々兄さんにもそんな愚痴ぐちなどをこぼしてゐた。
素描三題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「家にをりました。久し振りで商賣を休んで、——五十兩の金がなきや、この商賣もお仕舞ひだ——と愚痴ぐちを言ひながら、すると」
それを言えば愚痴ぐちになってしまう。彼は一言もそれについてはいわなかった。ただ、宴たけなわにして堪えかねて立上がり、舞いかつ歌うた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
春枝はるえ大分だいぶん愚痴ぐちます。をんなはあれだからいかんです。はゝゝゝゝ。けれどわたくしも、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつみゝにしたときにはじつおどろきました。
それも畢竟ひっきょうはこっちが女主人であると思って、備前屋ではおそらく馬鹿にしているのであろうという、女らしい偏執ひがみまじりの愚痴ぐちも出た。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
愚痴ぐちをいうなよ、男の子は外へ出ると喧嘩をするのは仕方がない、先方の子をけがさせるよりも家の子がけがするほうがいい」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
それから一銭二銭の日給の愚痴ぐち。「工場委員会」なんて何んの役にも立ったためしもないけれども、それにさえ女工を無視してるでしょう。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
とか何とか、まあ愚痴ぐちですね、涙まじりにくどくど言って、うちの細君の創意工夫のアメリカソバをごちそうになって帰りましたが、どうも
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
といって永年ながねん下宿していらっしゃるお客様だし、副食物おかずのお更りなら銭も取れるが飯の代を余計に貰う事も出来んといつでも愚痴ぐちばかり言う。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
及び問題を愚痴ぐち雑駁ざっぱくなる附随物から切り離して、最も簡明また適切なる形として他の同志に引き続ぐことにあるのである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼女となら彼は文学の話、美術の話、その他なんの話でもできたし、また生活や人間のことで愚痴ぐちをこぼすこともできた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
男蛙をとこかへるはしみじみとそのながめて、なあんだ、どんなにえらやつがうまれるかとおもつたら、やつぱり普通あたりまへかへるかと、ぶつぶつ愚痴ぐちをこぼしました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
『わたし、フロックコート着る。東京に住む。みなあなたのためです』と、さすがにヘルンも夫人に愚痴ぐちをこぼしている。
お玉はオロオロ声で愚痴ぐちを言いましたけれども、いま裏口から入って来る人数を見ると、わけもわからずに怖くなって
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おふくろは眼でもつて、些と忌々いま/\しさうにして見せたが、それでもおこりもしないで、「お前は眞ンとに思遣おもひやりが無いんだよ。」と愚痴ぐちるやうにいふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
詩人平素独りあじわい誇る処のかの追憶夢想の情とても詩興なければいたずら女々めめしき愚痴ぐちとなり悔恨の種となるに過ぎまい。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われわれの年寄るというは精力の枯れるのいいである。よし身体が弱り果てるも、心ばかりは老耄おいぼれたくない。よし老耄おいぼれても、愚痴ぐちだけはいいたくない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
天性てんせい陰気いんきなこの人は、人の目にたつほど、愚痴ぐちやみもいわなかったものの、内心ないしんにはじつに長いあいだの、苦悶くもん悔恨かいこんとをつづけてきたのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかし、子供達は餅をもらってしまうと、そんな愚痴ぐちなど聞いてはいなかった。頓狂とんきょうな声を上げながら戸外に待っている悪垂あくたれ仲間の方へ飛んで行った。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ほねれるからとてだけうんのあるならばへられぬことはづをんななどゝものうも愚痴ぐちで、おふくろなどがつまらぬことすからこま
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
愚痴ぐちや泣言の類も少いどころではない。自分の日常の動静に至っては、彼の報告は驚くほど精細を極めてすらいる。
とんだ愚痴ぐちをのべている間に、私は折角せっかく二日がかりで登った八メートルばかりの縦井戸を下にすべりおちてしまった。
夜、星清くすんで南に低く飛ぶもの二つ、小畑に返事を書く。曰く、「愚痴ぐちはもうやめた。言ふまい、語るまい、一人にて泣き、一人にてもだえん。」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それはそんな愚痴ぐちをこぼすことはいやでもあり、話したって真実ほんとうに解ってくれないだろうと思ったからでもあった。
むもの、野にむもの、しぎは四十八ひんと称しそろとかや、僕のも豈夫あにそ調てうあり、御坐ございます調てうあり、愚痴ぐちありのろけあり花ならば色々いろ/\あくたならば様々さま/″\
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
何を考えても、何を見ても、何をしても白湯さゆを飲むような気持もしなかった。……けれども、斯様なことを言うと、お前に何だか愚痴ぐちを言うように当る。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
伯良は子良がぼんやりと外の松のの下に立つて母の飛んで行つた空をながめてゐるのを見ると、よくこんな愚痴ぐちまじりの小言のやうなことを言ひました。
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
読書をすれば自然心の天地が広くなって愚痴ぐちを破り、情念が高尚になって卑近な物質欲などで煩悩ぼんのうの火をく事も減じて行き、日常の談話も上品になり
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ただ現在に活動しただ現在に義務をつくし現在に悲喜憂苦を感ずるのみで、取越苦労や世迷言や愚痴ぐちは口の先ばかりでない腹の中にもたくさんなかった。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
釣れないというと未熟な客はとかくにぶつぶつ船頭に向って愚痴ぐちをこぼすものですが、この人はそういうことを言うほどあさはかではない人でしたから
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その言行を聞見し、愚痴ぐち固陋ころうの旧習を脱して独立自主の気風に浸潤することあらば、数年の後、全国無量の幸福をいたすこと、今より期して待つべきなり。
京都学校の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
弟子達の口からイエの名をきくと祖母は露骨に顔をしかめ、よしないものに軽率に名を遣ったことの愚痴ぐちを漏らすのがきまりだった。父はいつも黙っていた。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
いや、私は余りに帰らぬ思出にふけり過ぎた様である。こんな泣言なきごとを並べるのがこの書物の目的ではなかったのだ。読者よ、どうか私の愚痴ぐちを許して下さい。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうも気に食わぬ女を抱いたものだと思ったら、帰り途にさえこんなに手古摺てこずるわいと彼は愚痴ぐちるのだった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
差別界しゃべつかいに住んで居る。煩悩ぼんのうもある。愚痴ぐちもある。我等は精神的に生きんと欲する如く、肉体の命も惜しい。吾情を以て他を推す時、犠牲ぎせいさけびは聞きづらい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私……もう、やがて、船の胡瓜きゅうりも出るし、お前さんの好きなお香々こうこうをおいしくして食べさせてめられようと思ったけれど、……ああ何も言うのも愚痴ぐちらしい。
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひめ最初さいしょからこころかた覚悟かくごしてられることとて、ただの一愚痴ぐちめきたことはおくちされず、それにおからだも、かぼそいながらいたって御丈夫おじょうぶであった
全体ぜんたいだれに頼まれた訳でもなく、たれめてくれる訳でもなく、何を苦しんで斯様こんな事をするのか、と内々ない/\愚痴ぐちをこぼしつゝ、必要に迫られては渋面じふめんつくつて朝々あさ/\かよふ。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
それだけに割りきれなさがいつまでも残り、つい愚痴ぐちになってしまう。その音枝の愚痴を聞いた浜子は
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ところがテンバはどうもまだ真夜中まよなかのようでございます、どこの様子を見ても急に夜が明けそうにありませんと愚痴ぐちこぼして居るです。それはもうそのはずです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私は神さまのお惠みに、友の慈悲に、運命の贈り物に驚くばかりです。私、愚痴ぐちなんぞこぼしませんわ。
そのなかでも乳母車うばぐるまは、ちょうどこしがったおばあさんのように、愚痴ぐちばかりいっているのでした。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
福松の姉は、黒部のたいらの弥曾太郎の女房だ。頼もしかった弟の死を、どんなに諦めようとしても諦らめられぬと愚痴ぐちる。劍の小屋の源次郎が当時の話をしてくれる。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
それじゃおかみさんご機嫌よう、二度と忠太郎は参りやしません——愚痴ぐちをいうじゃねえけれど、夫婦は二世にせ、親子は一世いっせと、だれが云い出したか、身に沁みらあ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
この人にだけしか、口に出来ぬ愚痴ぐちをも、今夜だけはいえるよろこびに、雪之丞の言葉は涙ぐましい。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ソレヤコレヤデ僕ハ一層手ノ施シヨウガナクナル。………正月早々愚痴ぐちヲナラベル結果ニナッテ僕モイササカ恥カシイガ、デモコンナヿモ書イテオク方ガヨイト思ウ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
病的思想の社会論などは愚痴ぐちなので、憲法論者の憲法を論ずるにも多くは全然根本を誤っている。文明の意義を理解しておらぬ。我が日本の憲法は如何いかに運用するか。
吾人の文明運動 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
私に愚痴ぐちらされることなどで、この結婚が破れるのであろうということを予想しておりました。