平打ひらうち)” の例文
御客様は茶の平打ひらうちひもを結んで、火鉢の前にべたりと坐って御覧なさいました。急に、ついと立ってまたその御羽織を脱ぎ捨てながら
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「親分、この四本のかんざしのうち、平打ひらうちの二本だけは眞物ほんものの銀だが、あとの二本は眞鍮臺しんちうだいに銀流しをかけた、飛んだ贋物いかものですぜ」
返事を、引込ひっこめた舌のさきで丸めて、だんまりのまま、若い女房が、すぐ店へ出ると……文金の高島田、銀の平打ひらうち高彫たかぼり菊簪きくかんざし
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その手に平打ひらうちの釵が光るのを登は見た。逆手さかてに持ったその釵は銀であろうか、先のするどくとがった二本の足は、暗がりの中で鈍く光ってみえた。
艶々つやつやしい頭髪かみの中から抜き取ったのが、四寸ばかりの銀の平打ひらうちかんざし。これが窮したあげくの思案と見えて
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひんのよき高髷たかまげにおがけは櫻色さくらいろかさねたるしろ丈長たけなが平打ひらうち銀簪ぎんかんひと淡泊あつさりあそばして學校がくかうがよひのお姿すがたいまのこりて、何時いつもとのやうに御平癒おなほりあそばすやらと心細こゝろぼそ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
島田髷しまだまげ平打ひらうちをさして、こてこて白粉や紅を塗って、瘟気いきれのする人込みのなかを歩いているお庄のみだらなような顔が、明るいところへ出ると、はじらわしげにあからんだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
修蔵は、両手で懐中ふところを抱えた。その肩を、伝右衛門は思わずかっとして蹴った。お麗の大事にしている手筥てばこが、転がった。銀の平打ひらうちだの、べっ甲のくしだのが散らばった。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
質素な、白丈長をキリリと島田の根にまいた、紫矢がすりに黒じゆすの帶、べつこうの櫛に銀の平打ひらうち一枚、小褄をキリリとあげた武家の娘のいさぎよさは實に清艶である。
下町娘 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
「ほほほほほ、おかしか無い。」と言いながら娘は平打ひらうちかんざしを島田の根元にさし直した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
湯帰りと見えて、しま半纏はんてんの肩へ手拭てぬぐいを掛けたのだの、木綿物もめんもの角帯かくおびめて、わざとらしく平打ひらうちの羽織のひもの真中へ擬物まがいもの翡翠ひすいを通したのだのはむしろ上等の部であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この金具かなもののみにても、貴重なるものは百金を要す、平打ひらうちなるあり、丸打まるうちなるあり、ゴム入あり、菖蒲織しやうぶおりあり、くはしくは流行の部に就いて見るべし。
当世女装一斑 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、この中でお礼とは何かと見ると、刀の下緒さげおの間にはさんであったとおぼしく、それを抜き出して手に持ったのは、意外にも一本の銀の平打ひらうちかんざしでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
総縫の振袖に竪矢たてやの字、鼈甲べっこう花笄はなこうがいも艶ならば、平打ひらうちの差しかたも、はこせこの胸のふくらみも、ぢりめんの襦袢じゅばんの袖のこぼれも、惚々ほれぼれとする姿で、立っているのだった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
娘のひんや身なりからしても、てッきり、紋くずしの平打ひらうちとかばらの櫛のあつらえとかいうに相違ないと合点がてんしたところが、何か使い古しの細工物さいくものでも金に代えたいらしい口ぶりで
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つぶしに大きな平打ひらうち銀簪ぎんかんざし八丈はちじょう半纏はんてん紺足袋こんたびをはき、霜やけにて少し頬の赤くなりし円顔まるがお鼻高からず、襟白粉えりおしろい唐縮緬とうちりめん半襟はんえりの汚れた塩梅あんばい、知らざるものは矢場女やばおんなとも思ふべけれど
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
冬は合羽かっぱこおる。秋は灯心が細る。夏はふどしを洗う。春は——平打ひらうち銀簪ぎんかんを畳の上に落したまま、貝合かいあわせの貝の裏が朱と金とあいに光るかたわらに、ころりんとき鳴らし、またころりんと掻き乱す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さてもこのみのくまでに上手じやうずなるか、たゞしは此人このひとひし果報くわはうか、しろかね平打ひらうち一つに鴇色ときいろぶさの根掛ねがけむすびしを、いうにうつくしく似合にあたまへりとれば、束髮そくはつさしのはな一輪いちりん中々なか/\あいらしく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
白ッぽい糸織の羽織のすそを払って、金の平打ひらうち指環ゆびわめた手を長火鉢の縁から放し、座蒲団を外してふわりと立つと、むッくりと起きた飼犬が一頭。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さては両人共崖にち候が勿怪もっけ仕合しあわせにて、手きずも負はず立去り候ものなど思ひながら、ふと足元を見候に、草の上に平打ひらうち銀簪ぎんかんざし一本落ちをり候は、申すまでもなくかの娘御の物なるべくと
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ガウンの袖口には黄色い平打ひらうちひもが、ぐるりと縫い廻してあった。これは装飾のためとも見られるし、または袖口をくくる用意とも受取れた。ただし先生には全く両様の意義を失った紐に過ぎなかった。
黄八丈のそでの長き書生羽織めして、品のよき高髷たかまげにお根がけは桜色を重ねたる白の丈長たけなが平打ひらうち銀簪ぎんかん一つ淡泊あつさりと遊して学校がよひのお姿今も目に残りて、何時いつもとのやうに御平癒おなほりあそばすやらと心細し
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ここから、南瓜の葉がくれにじっのぞくと、霧が濃くなり露のしたたる、水々とした濡色の島田まげに、平打ひらうちがキラリとした。中洲のお京さん、一雪である。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪の襟脚、黒髪と水際立って、銀の平打ひらうちかんざし透彫すかしぼりの紋所、撫子なでしこの露も垂れそう。後毛おくれげもない結立ての島田まげ、背高く見ゆる衣紋えもんつき、備わった品のさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と一つ婀娜あだな声を、きらりと銀の平打ひらうちに搦めて投込んだ、と思うがはやいが、ばたばたと階下したへ駆下りたが
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此時このとき白襟しろえり衣紋えもんたゞしく、いお納戸なんど單衣ひとへて、紺地こんぢおびむなたかう、高島田たかしまだひんよきに、ぎん平打ひらうちかうがいのみ、たゞ黒髮くろかみなかあはくかざしたるが、手車てぐるまえたり、小豆色あづきいろひざかけして
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
紅梅焼こうばいやきと思うのが、ちらちらと、もみじの散るようで、通りかかった誰かのわり鹿黄金きん平打ひらうちに、白露しらつゆがかかる景気の——その紅梅焼の店の前へ、おまいりの帰りみち、通りがかりに
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結城ゆうきあわせ博多はかたの帯、黒八丈の襟をかさねて少し裄短ゆきみじかに着た、上には糸織藍微塵あいみじんの羽織平打ひらうち胸紐むなひも、上靴は引掛ひっかけ、これに靴足袋を穿いているのは、けだし宅診が済むと直ちに洋服に変って
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お稲さんは黙って俯向うつむいていたんですって。左挿しに、毛筋を通して銀の平打ひらうちを挿込んだ時、先が突刺つっささりやしないかと思った。はっと髪結さんが抜戻した発奮はずみで、飛石へカチリと落ちました。……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほつれた圓髷まげに、黄金きん平打ひらうちかんざしを、照々てら/\左插ひだりざし
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
指に平打ひらうち黄金きんの太くたくましいのをめていた。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)