ふさ)” の例文
千兩箱は大晦日おほみそかの晩から積んであつて、松のうちはその儘にして置くさうです。床の前はふさがつて居るから誰も氣が付きやしません。
しかるに『岐蘇考』に天正十二年山村良勝妻籠つまごに城守りした時、郷民徳川勢に通じて水の手をふさぎけるに、良勝白米もて馬を洗わせ
重ね重ね奇怪だ、無礼だ。身分違いの身で、土下座でもして謝るならまだしも、人がましゅうし目の前に立ちふさがって、それなる奴を
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
東の空を重たげにふさいでいた、黒ずんだ牡丹ぼたん色の雲が裂けて、いつか朝の日光が、きらきらと森の梢を染めだしているのが、見えた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わたしゑりかぶつてみゝふさいだ! だれ無事ぶじだ、とらせてても、くまい、とねたやうに……勿論もちろんなんともつてはません。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがてお引けということに成っても元より座敷はふさがって居りますから、名代部屋へ入れられ、同伴つれもそれ/″\収まりがつきました。
これも余り善い成績ではなかつた。とかくこんなことして草花帖が段々に画きふさがれて行くのがうれしい。八月四日記。(八月六日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
神楽坂かぐらざかへかゝると、ひつそりとしたみちが左右の二階家にかいやはさまれて、細長ほそながまへふさいでゐた。中途迄のぼつてたら、それが急に鳴りした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
手拭てぬげかぶつてこつちいてる姐樣あねさまことせててえもんだな」ふさがつたかげから瞽女ごぜ一人ひとり揶揄からかつていつたものがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかし、石神堂の間道もあのとおりふさがせてありますから彼に翼のない以上、ふたたび江戸城の外へ逃げ出す気づかいは絶対にない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土地の凍結がある程度まで進行して、地下水のけ口をふさぎ、内部に圧が加わってくると、地下水の一部は裏込めの層に浸入してくる。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そう云えばあの仏蘭西窓の外をふさいで、時々大きな白帆が通りすぎるのも、何となくもの珍しい心もちで眺めた覚えがありましたっけ。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ゴチャゴチャと不規則に立ちふさがっている山が次第に四方へ片づいて、人の住むべき地歩を少しばかり譲っているような気がする。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
近い岸より、遠い山脈が襞目ひだめ碧落へきらくにくつきり刻み出してゐた。ところどころで落鮎おちあゆふさ魚梁やなされる水音が白く聞える。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
今迄越えて来た山と山との間の路が地図でも見るやうに分明はつきり指点せらるゝと共に、この小嶺せうれいふさがれて見得なかつた前面の風景も
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
(画家しずかに娘の前にひざまずき、娘を見上ぐ。娘両手にて画家の目をふさぎ、顔次第に晴やかになりて微笑み、少し苦情らしき調子にて。)
私はお宮がそんなにしているのが分ると、さっきから一ぱいにふさがっていた胸がたちまち和らかに溶けて軽くなったようになった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
のつそりハッと俯伏せしまゝ五体をなみゆるがして、十兵衞めが生命はさ、さ、さし出しまする、と云ひしのどふさがりて言語絶え
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ただしその窮とは困窮、貧窮等の窮にあらず、人の言路をふさぎ、人の業作ぎょうさを妨ぐる等のごとく、人類天然の働きを窮せしむることなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれども小僧はこれを押し止めて、猿共を皆洞穴ほらあなの中に隠して入り口をふさいで、自分一人森の外に出て狼の来るのを待っていた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
総監はにこりと笑って、さもさも安心したというような顔付をして眼をふさいだ。その時、松島氏はその顔色を見てぎょっとした。
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
伊織が続いて出ると、脇差を抜いた下島の仲間ちゅうげんが立ちふさがった。「退け」と叫んだ伊織の横に払った刀に仲間は腕を切られて後へ引いた。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と言ってお銀様は、竜之助のかおを見ることができました。けれども、わざと眼をふさいでいるこの人の物静かなのを見ただけでありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「あ!」と叫びし口はとみふさがざりき。満枝は仇無あどなげに口をおほひて笑へり。この罰として貫一はただちに三服の吸付莨をひられぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それゆえは西北の風強くして砂を打ち上げて川口をふさうずむれば、その水ただちに海に入ることあたわず、川口にて東へ曲り流るるなり。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
我血は湧き返りて、渾身震ひ氣息ふさがりたり。此時人の足音して一間ひとまの扉は外より開かれ、主人はフエデリゴと共に入り來りぬ。
何と言っても濁り気のなく感じやすい青年時代に知った最初の情人の名であったほど、それほど旅の心の閉じふさがってしまった時。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
坦々たる古道の尽くるあたり、荊棘けいきよく路をふさぎたる原野にむかひて、これが開拓を勤むる勇猛の徒をけなす者はきようらずむば惰なり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
私の入れられた箱は、四方ともふさがれていて、たゞ、出入口の小さな戸口のほかには、空気抜きのためきりの穴が二つ三つつけてありました。
ほらざれば家の用ふさ人家じんかうづめて人のいづべきところもなく、力強ちからつよき家も幾万斤いくまんきんの雪の重量おもさ推砕おしくだかれんをおそるゝゆゑ、家として雪をほらざるはなし。
利己的なる近代人が人生の過悪に目をふさぎ、その煩雑を厭い、美しき女を連れて湖畔の水楼に住まんとするのは隠遁ではない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし何者かに口をふさがれ、咽喉のどめられつゝも、懸命に抵抗しているように、今にも呼吸が詰まりそうに云うのであった。
手がふさがっている? 物貰ものもらいと私は間違えられたのだ! 脳天から打ちのめされたような気がして、私はもうふらふらとした。
緑色の衝立ついたてが病室の内部をふさいでいたが、入口の壁際かべぎわにある手洗の鏡に映る姿で、妻はベッドに寝たまま、彼のやって来るのを知るのだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そこへ内務省と大きく白ペンキでマークしたトラックが一台道をふさいで止まってその上に一杯に積んだ岩塊を三、四人の人夫が下ろしていた。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして最後に、彼の目の前には、殆ど四五寸の近さで、異様に大きな鼠色ねずみいろの肉塊の山が立ちふさがっていた。それは春川月子の左の肩であった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その牢屋の中でいためられたのだらうか? その小さなふさいだ室の中で、仕事を遂げるのに窒息する程の悲惨な沢山の困難にも怒らないのだ。
雲黒く気重く、身され心ふさがれ、迷想しきり蝟集ゐしふし来る、これ奇なり、怪なり、然れども人間遂にこれを免かること難し。
白いものが、夫の手から飛んで来て、あたしの鼻孔びこうふさいだ。——きついかおりだ。と、そのまま、あたしは気が遠くなった。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やがてふさがれた生命の流が疎通する。かくて献身者は生命の流のしかもその中流に舟を浮べて、舟の漂い行くに任せて、ひとりほほえんでいる。
「しかし席順ってものがある。此方が上になれば、就職の必要のあるものがそれだけ下になる。指定席を持っているものが普通席をふさぐ勘定さ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わづか一人いちにん専用の特別一等室だけがふさがらずにあると聞いて、六百円の一等乗船券に更に一割の増金ましきんを払つてからうじて其れに載せることが出来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
すなわち吉田は首を動かしてその夜着の隙間をふさいだ。すると猫は大胆にも枕の上へあがって来てまた別の隙間へ遮二無二しゃにむに首を突っ込もうとした。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
しかし、梶はこの風穴をふさぎとめては尽く呼吸の断ち切れてしまう日本人の肉体を今さら不思議な物として眺め始めた。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
松本はちょうど誰かいい相棒をほしいところだったから酷くよろこんだ。そーッと曽根に気づかれないように彼の背後から両手で彼の目をふさいだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
あなたのぬすみ見た横顔は、苦悩くのう疲労ひろうのあとが、ありありとしていて、いかにもみにくく、ぼくは眼をふさぎたい想いでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
我は既に魂等全くおほふさがれ玻璃の中なる藁屑わらくづの如く見えける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
勿論その当時、お元の親たちはかれに口止め料をあたえて秘密を守る約束を固めて置いたが、広い世間の口をことごとくふさぐわけには行かなかった。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
街を通つてゐても、或る店先などに人が大勢立ちふさがつてゐて、其の家で誰れかが争論でもしてゐるのを見ると私は直ぐ国の父の上に思ひをせた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
そして子供の手を突離して駈け出そうとする、が可怪おかしなことに死んだはずせ青ざめた子供達が、彼の先へ先へとコロがって足許あしもとふさいでしまう。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)