かたわ)” の例文
二年生のときにN先生の研究の手伝いのかたわらそれに縁のあるミラージに関する色々の実験をしたことも生涯忘れられぬ喜びであった。
科学に志す人へ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は私の早まった行為をくやむかたわら、不思議にも安心に似たような気分が湧き、同時にまた幾分か理性が働きかけたようにも思った。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
人知によって馴養じゅんようされ類別され冷やかに定列された世界のかたわらにもち出すと、それは粗野な動物界であり、自由な音響の世界である。
かたわらの苜蓿畑うまごやしばたけを狩り立てるためだ。今度こそ、兎の小僧が二匹や三匹、どんなことがあったっていないはずはないときめていたのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
中世以後武士を「さむらい」と申すのは、主人のかたわらにさむろうて、身の回りの面倒をみたり、主人のために雑役に従事したためであります。
手燭をささげた小間使が両側に控え、式台には、少しかたわらに寄って、かみしもに正装した神山外記が出迎えていた。彼は平伏して云った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
幾個いくつかの皿すでに洗いおわりてかたわらに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白せっぱくなるに藍色あいいろふちとりし品なり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かたわらのハンドルを廻すとカラカラと音がして、球形の天井が徐々に左右へ割れ、月光が魔法使いの眼光がんこうでもあるかのように鋭くさしこむ。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かたわらに引き添ったは童子の紅丸べにまる、並んでいるのは猪十郎。この二人にも変化はない。一人は珠のように美しく、一人は醜くて跛者びっこである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その旅行の準備にかかるかたわら、彼は自分の家に、画工を雇って、西蜀四十一州の大鳥瞰図だいちょうかんずを、一巻の絵巻にすべく、精密に写させていた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤枝は幾分緊張した顔で私の方をさそうように見たが、ふとかたわらの壁にかけてある美しい色の額をさしながら私にささやいた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
それは二三間手前でわざわざ車を止めてレールからかたわらにひっぱっておろしたのだから間違いないというし、車掌もそれを証言するそうです。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
フランクは「とうとう」——とかたわらの人に言った——「私が信じていた通り、世間の人も私の曲を鑑賞するようになった」と。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
葉子と又従兄またいとこくらいの関係にあるその青年は、町で本屋をしていたが、かたわら運動具の店をも持っていた。その細君はこの町長の養女であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は自分の力に出来るだけのことをして、そのかたわら独りで学ぼうと志した。そのためには年長の生徒でも何でもおそれず臆せず教えようとした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鶏はもとより夜明けを報ずるめでたい鳥であったけれども、これを庚申さんのかたわらに持って来るのには、何かまた特別のわけがなくてはならない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かたわらの小箱から、ドキドキ光る短剣を取出すと、それを右手にかざして、向側の裸女の肉塊めがけて投げつける姿勢だ。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
家にいて仕事をしてかたわら弟子を教えることなら教えますが、学校というようなことになると私には見当が附きません。
私は一羽の鳶が螺旋を描きながら舞いあがっているはるかの鎮守の森のかたわらに眺められる黒い門の家を指差して、同じ方角にゼーロンの首を持ちあげて
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ややもすれば湧き立とうとする人の情と人の心を、荒々しい言葉でおさえつけるように手きびしく叱っておくと、かたわらをかえりみて対馬守はふいっと言った。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
それはじぶんが私立大学を卒業して、新進の評論家としてかたわら詩作をやって世間から認められだしたころの姿であった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
孔子はそれを別室で聞いていたが、しばらくしてかたわらなる冉有ぜんゆうに向って言った。あの瑟の音を聞くがよい。暴厲ぼうれいの気がおのずからみなぎっているではないか。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
三歳の少女と肩を並べつつ、ひたすらに英学を修め、かたわら坂崎氏にきて心理学およびスペンサー氏社会哲学の講義を聴き、一念読書界の人とはなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
某これより諸国をぐり、あまねく強き犬とみ合ふて、まづわが牙を鍛へ。かたわら仇敵の挙動ふるまいに心をつけ、機会おりもあらば名乗りかけて、父のあだかえしてん。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
氏はそれをかたわらで聞きながら自分の作物に深い興味を見出すものの如くしばしば噴き出して笑ったりなどした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
鎧櫃よろいびつも有る、鎗も是に懸り居ります、かたわらにはこの通り種子ヶ嶋の鉄砲に玉込もして有る、狼藉者が来てゴタ/″\致す時は、止むを得ずブッ払う積りで
造酒は、かたわらの愛刀、阪東ばんどうろう幸村ゆきむらって野分のわけの称ある逸剣を取って、ニヤニヤ笑いながら、「金打きんちょうしよう」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのかたわらに、わたしは自分の机や書棚やインクスタンドや原稿紙のたぐいを買いあるいた。妻や女中は火鉢やたらいやバケツや七輪のたぐいを毎日買いあるいた。
十番雑記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かたわらに大橋図書館をひかえた宏荘の建物の中に住い、令嬢豊子さんは子爵金子氏令嗣れいしの新夫人となっている。よろずに思いたらぬことのない起伏おきふしであろう。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
流石さすがに疲れが出たのであろう、かたわらの冷えた大湯呑ゆのみをとり上げると、その七八分目まで一思いにあおって、そのまま座を立った。風はいつの間にかやんでいる。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
その橋には名がない、すぐかたわらに地蔵堂があるので、俗に地蔵橋と呼ばれているのだが、庄兵衛はその地蔵堂で伊原をおろし、納屋なや町へ駕籠かごをたのみにいった。
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鉄の格子こうしがはまっているようだ。番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけているかたわらに、余はまゆあつめ手をかざしてこの高窓を見上げてたたずむ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから、もう一人の色つやの悪い、せた、貧相な女の子の姿が、そのかたわらに色褪いろあせて、ぼおっと浮ぶ。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
小田原藩の足軽の一人が、かたわらからマラソンでも見るような気分で、問いかけたものですから、山崎譲が
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こんな山奥でも人は死ぬ、余りに当然なことながら、夢のようにはかない気がした。きっと年寄りが死んだのでしょうね? と旅人はかたわらの農夫にたずねてみた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
かたわらの小卓に、緑色青銅の壺に金飾きんの覆をかぶせたインドの香炉が置いてある。マタ・アリは、マッチをって手早く覆の小穴から投げ落す。白い煙りがあがった。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
その堂の建て方も自分の家よりはよほど丁寧ていねいで中も綺麗になって居ります。その仏壇仏堂かたわらには特別に経蔵を設けまた仏像の中に経文を備えてあるところもある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
天麩羅飯てんぷらめしも出来れば五目鮨ごもくずしも出来るというような訳で茶話会のかたわら食物の共進会が始まったような訳です。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その年帰郷し、以後五十余年間、三備地方を巡遊、箏曲の教授をなす。かたわら作曲し、その研究と普及に一生涯を捧げた。座頭の位階を返却す。検校の位階を固辞す。
盲人独笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
………敏子が洋裁の河合かわい女史を連れて来た。この人は洋裁を教えるかたわらアルバイトに婦人服の注文に応じている。税金がかからないので市価より二三割安くできる。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
千八百八十三ねん、ペテルブルグの師範学校しはんがっこう卒業そつぎょうしたソログーブは、各地かくちうつみながら、教師きょうしつとめ、かたわつくっていたが、もなく長篇小説ちょうへんしょうせつ重苦おもくるしいゆめ
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
そんなことをいっていると、玄関げんかんおとがしました。二人ふたり少年しょうねんは、足音あしおとのしないようにはしって、すぐかたわらのはたけえているすすきのかげかくれてしまいました。
子供どうし (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかるに荷物の整理いまだそのちょかざるを以て、観測所のかたわらの狭屋きょうおくに立場もなきほど散乱したる荷物を解き、整理を急ぐといえども、炊事すいじす暇だになければ
大きな眼を早くも、クルクル廻して、人なつかしそうに、早くも新子にほほえみかけながら、子供らしい元気なおじぎをすると、かたわらの若い叔母の手にぶらさがった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかして小供もまた外出がちで家にいることの少ない父親よりも、幼少の時から常住かたわらにいて撫育ぶいくしてもらう母親の方に多く熱烈な親しみを持つから、家庭教育の義務は
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それらのもののみは、私たちを欺かない日々の友であった。後に生れてくる人々よ、ねがわくはこれらのものをかたわら近くに置かれよ。それは声なくともいつも人情を恋している。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
良人りょうじん五年の中風症ちゅうふうしょう、死に至るまで看護怠らずといい、内君ないくん七年のレウマチスに、主人は家業のかたわらに自ら薬餌やくじを進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夫を失ったスルイヤは一人娘を育てるかたわら新しい進歩主義を奉ずる婦人団体へ入って居た。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かたわらにふきの多く生えたるあり。蕗葉ふきのはは直径六七尺、高さ或は丈余なるあり。馬上にて其蕗の葉に手の届かざるあり。こころみたずさうる処の蝙蝠傘を以て比するに、其おおいさは倍なり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
皆家元の家来もしくは書生同様に育てられるので、おさないうちは学校に遣ってもらう、かたわら兄弟子から芸を仕込まれたり、自分で研究したりする。つまり一種の天才教育である。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)