一向いっこう)” の例文
なにしろそういう人々はこと生命財産に関係することだとあって、衣服が破れ、鼻血を出し、靴の脱げ落ちることなど一向いっこう意にかいせず
だから木の香や刃物の香が新らしいうちは、人の家だと思うから、のぞいて見ようともしない。一向いっこう平気なのは雀ぐらいなものである。
尤も代馬の現れるのは大日岳の下であるから、当然この山が白馬岳と呼ばるべきで、そうすれば白馬の大池で一向いっこうに差支ないのである。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「着物どころか櫛簪くしかんざしまでも、ちゃんと御持参になっている。いくら僕が止せと云っても、一向いっこう御取上げにならなかったんだから、——」
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一向いっこう人も来ないようでしたからだんだん私たちはこわくなくなってはんのきの下のかやをがさがさわけて初茸はつたけをさがしはじめました。
二人の役人 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
日頃女には一向いっこう冷淡であった兄も、その遠眼鏡の中の娘丈けには、ゾッと寒気がした程も、すっかり心を乱されてしまったと申しますよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「わたくしも若いときには少し飲みましたが、年を取っては一向いっこういけません。この徳利とっくりも退屈しのぎにならべてあるだけで……。」
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
般若の面の男 見よう見真似みまねの、からざる踊りで、はい、一向いっこうにこれ、れませぬものだでな、ちょっくらばかり面をつけて見ます了見りょうけんところ
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると、川のみず一向いっこういていませんが、まさかとおもっていたはしが、半分はんぶん以上いじょうも、みごとにその上にかかっているので、びっくりしました。
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
相渝あいかわらず娘の方ではそんな父親が監視していることなぞ知らないものですから一向いっこうおかまいなしで毎晩庭へ出るのだそうです。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼は吾輩の近づくのも一向いっこう心付かざるごとく、また心付くも無頓着なるごとく、大きないびきをして長々と体をよこたえて眠っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、一行は尻をたたいてこのを出たが、婆さん一向いっこう平気なもの、振向いてもみない。食物しょくもつ本位の宿屋ではなかったと見える。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
もとより往来しげ表通おもてどおりの事わけても雨もよひの折からとて唯両三日中には鑑札がさがりませうからとのみ如何いかなる訳合わけあいにや一向いっこう合点がてんが行き申さず。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は日本製のものは嫌いで見ないから一向いっこう知らないが、帝国館や電気館あるいはキネマ倶楽部などの外国物専門の館へは、大概たいがい欠かさず見に行く。
活動写真 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
伯父さんはぶりぶりして足を急がせたが、なにしろふとってるので頭と背中がゆれる割合わりあい一向いっこう足がはかどらなかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
その後へ来た青毛布のぢいさんなどは一向いっこう匂ひなにかには平気な様子でただ虎のでけえのに驚いて居る。(九月十五日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「まず、それを洗え。とかく念仏一向いっこうの仲間には、まま敵がたの曲者がまぎれこんでいるものだ。——義助にそう申せ」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
▲話は一向いっこうまとまらないが堪忍かんにんして下さい。御承知のとおり、私共は団蔵だんぞうさんをあたまに、高麗蔵こまぞうさんや市村いちむら羽左衛門うざえもん)と東京座で『四谷怪談』をいたします。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
が多くは、細かい花びらがほおかすめて胸に入っても、一向いっこう無関心でありました。無関心が一層いっそうあわれを誘いました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お登和「曹達で煮たのもよくありますがあれでは曹達の匂いがして味が抜けて形が崩れて一向いっこう美味しくありません。 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
どっちを聞いて見てもごもっともで私はどっちが善いか悪いかということは一向いっこう分らなかったですが、とにかく男は心を大量たいりょうに持たなくちゃあならん
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれど森の精は一向いっこう迎えに来てくれませんでした。王子は悲しそうにお城の裏門の方を眺められました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
是非ぜひ一度いちど目通めどおりをねがわずにはられなくなりました、一向いっこう何事なにごとわきまえぬ不束者ふつつかものでございますが、これからは末長すえながくおおしえをけさせていただきとうぞんじまする……。
であるから坪内君の『書生気質』を読んでも一向いっこう驚かず、平たくいうと、文学士なんてものは小説を書かせたら駄目なものだと思っていた。格別気にも留めずにいた。
乃公おれの着いた日には仏蘭西フランス軽業師かるわざしが此瀑布の上で綱渡りをする所だった。お母さんはあれ狂人きちがいだと言ったが、一向いっこうじるしらしくもない。見た所音なしそうな人である。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
の家にも、子女の五六人七八人居ない家はないが、それで一向いっこう新しいかまどえる様子もない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
娘子じょうし久しく待つ、何ぞ一向いっこう薄情かくごとくなる」と、云って遂に喬生ととも西廊せいろうへ入って暗室の中へ往くと、の女が坐っていて喬生をせめ、その手を握って柩の前へ往くと
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これには一向いっこう御着手なし(新川、浜田、名東みょうどう、岐阜、宮城その他二、三県はとにかく)。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
実際また平七は、有朋がこの別荘に、何日閉じこもっていようとも、どんな風に世間の目をくらまして、長州陸軍の根を育てる苦心をしていようとも、一向いっこう用のないことだった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
それは何も一向いっこういいことではないはずなのだけれど、いうことを聞かぬいたずらもの腕白わんぱくどもに、老教師ろうきょうしはもうほとほと手をいているので、まるで探偵たんていみたいなかおつきをしながら
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
悪い事も考えれば善い事も考える、歩きたいと思えば足が動くし、手を揚げようとすれば手が揚がる、生理学者の説明はさることながらせんずるに人間は一向いっこうに判らない大怪物だいかいぶつである。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
僕もそう思ってるんだが、一向いっこうお許しが出ないし、それに場所も(あたりを見廻す)
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
れから私はどうもその船にのっ亜米利加アメリカいって見たいこころざしはあるけれども、木村と云う人は一向いっこう知らない。去年大阪から出て来たばかりで、そんな幕府の役人などに縁のあるけはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
他の多くの家は真言しんごん宗、一向いっこう宗の信徒が圧倒的で、冠婚葬祭には特に、相互の往来や交渉はなく、村長である島田家の祝宴にも、参会者は同じ宗旨の十二、三人しか列席していなかった。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手で地上を探って鎌や、鉈を腰に挟んで、一歩一歩池の畔に出た時に心覚えのあるだらだら坂を登って、やっと昼前に柴を刈っていた場所まで来て見たが、それからきは一向いっこう覚えがない。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
頭ばかり手をつけずに、全部分解ぶんかいがすんだあとであった。一つは女で今頭を分解したところで、頭をメチャメチャに切りけられては男も女もない。矢野にはまだなにがなにやら一向いっこうわからぬ。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
彼等は一向いっこう平気で、少しもそこから去らないから、仕方なしにまた汽車を動かして、其処そこを通ってくと、最早もはや彼等の姿は、決して人の眼に映らないが、何処どこからともなく、嫌な声で、多くの人々の
大叫喚 (新字新仮名) / 岩村透(著)
彼は、新しい襟章えりしょうも、佩剣はいけんも、一向いっこう嬉しくないのである。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
その他の役者は一向いっこう名もない手合てあいばかりであった。
「わたくし、まだ札の取り方も一向いっこうに存じませぬ」
ところが友人は一向いっこうにこれを信用しない。
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
上 一向いっこう専念の修業幾年いくねん
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
敵国は空中よりの爆弾が一向いっこう効目ききめがなくなったことを確認し、そして遂に、その軍用機整備の縮小を決行するに至った次第しだいであります。
まさか内部から賊が這入るとは考えぬので、外に面した所には金網を張る程用心深い人でも、あすこ丈けは一向いっこう戸締りをしないものですよ
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、瀬戸物のパイプをくわえたまま、煙を吹き吹き、その議論に耳を傾けていた老紳士は、一向いっこう辟易へきえきしたらしい景色けしきを現さない。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところが自分たちは遠方に住んでいて、そういう機会が得にくいのかも知れぬが、今まで一向いっこうに九州の鳥の話を聴いていない。
昔は亭主に口返答なんかした女は、一人もなかったんだって云うが、それならおしを女房にしていると同じ事で僕などは一向いっこうありがたくない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私たちの一向いっこうに気のない事は——はれて雀のものがたり——そらで嵐雪らんせつの句は知っていても、今朝もさえずった、と心にめるほどではなかった。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かまいませんよ。それよりまああのなしの木どもをごらんなさい。えだられたばかりなので身体からだ一向いっこうり合いません。まるでさなぎおどりです。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
けれどもいまにもうしろから鬼婆おにばばあ襟首えりくびをつかまれそうながして、ばかりわくわくして、こしがわなわなふるえるので、あし一向いっこうすすみません。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)