黒檀こくたん)” の例文
と客の前から、いきなり座敷へ飛込んで、突立状つったちざまゆびさしたのは、床の間わきの、欞子れんじに据えた黒檀こくたんの机の上の立派な卓上電話であった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫檀したん黒檀こくたんの上等なる台のみには限る間敷、これも粗末なる杉板の台にてもよく、または有合ありあわせのガラクタ道具を利用したるもよく
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この部屋にはまた、西側の壁に、巨大な黒檀こくたんの時計が立ててあった。振子は鈍い重々しい、単調な響を刻んで、左右にゆれていた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの華美はなやかだった部屋だというのか。熊の毛皮を打ち掛けた黒檀こくたん牀几しょうぎはどこへ行った。夜昼絶えず燃えていた銀の香炉もないではないか。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
火事にもわずに、だいぶ久しく立っている家と見えて、すこぶる古びが附いていた。柱なんぞは黒檀こくたんのように光っていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
聖母は黒檀こくたんの衣をまとったまま、やはりその美しい象牙ぞうげの顔に、ある悪意を帯びた嘲笑を、永久に冷然とたたえている。——
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
オランダの敷物、ペルシャの壁飾り、インドの窓掛、ギヤマンの窓、紫檀したん黒檀こくたんぎょくちりばめた調度、見る物一つとして珍奇でないものはありません。
蛮娘ばんじょうの皮膚、みな鳶色とびいろして黒檀こくたんのように光っている。髪をさばき、花を挿し、腰には鳥の羽根や動物のきばを飾っていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは黒檀こくたんで彫るので、珊瑚の赤色にはくうつるので、外国人向きとしてなかなか評判よろしくく売れるという。
と、女の肌にくびからつるしてあった細い黒檀こくたん珠数じゅずとその先にぶら下がっている銅貨のようなものがちらりと見えた。
さて、野原には黒檀こくたんの五十円の仏壇を送りました。本当は金ピカなのだろうが、記念の品を納める心持にふさわしいような、但シ格に従ったよい品です。
省三は眼が覚めたように四辺あたりを見まわした。青みがかった燈のともったへやじぶん黒檀こくたんテーブルを前にして坐り、その左側に女がにおいのあるような笑顔をしていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
室の正面には椅子いす三脚とネパール製の白布の長方形の厚い敷物があり、欧州風の黒檀こくたん茶棚ちゃだなの上にはネパール製の女神めがみの獅子に乗って居る白色の置物あり
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
黒檀こくたん色の海の上で、船の檣灯しょうとうの光が、いくつも重なり合い、ちょうど夜光虫のようにユラユラとゆれている。
墓地展望亭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
黒檀こくたんの森茂げきこの世のはての老国より来て、彼は長久の座を吾等のかたはらに占めつ、教へて曰く『寂滅為楽』。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おまけにくちびるが薄く、顔色にも見事な黒檀こくたんの様な艶が無いことは、此の男の醜さを一層甚だしいものにしていた。此の男は、恐らく、島一番の貧乏人であったろう。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
紫檀したんや、黒檀こくたんや、伽羅きやら肉桂にくけいなぞを送つてゐたものだが、その後、日本の鎖国の為に、帰国出来なくなつた日本人が、此の地に同化した様子で、墓碑の表なぞに
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
壁のくすんだ掛毛氈かけもうせん黒檀こくたんのように真っ黒な床、歩くにつれてがたがた音をたてる幻影のような紋章付きの戦利品などが、自分の幼少のころから見慣れていたもの
あの、黒檀こくたんで彫刻した鬼の面とでも云ったような感じのする外殻を噛み破ると中には真白な果肉があって、その周囲にはほのかな紫色がにじんでいたように覚えている。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その一室の如きは二抱ふたかゝへもある四角な黒檀こくたん質の柱が参拾本じつぽん以上並び、其れに電灯の映つたもとで幾十の食事の客が大理石の卓を囲んで居る光景はに見られない壮観であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
黒檀こくたんであろう、黒い木で作った脚長あしながの机と腰掛けが置いてあるのだが、引き上げられた三人は、掛ける気もせずに、眼白押しに壁ぎわに立った。机を隔てて白い袋がすわる。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大きな白い十字架像がやみのうちに鎖に下がっている。黒檀こくたんの台の上に大きな象牙のキリスト像が裸のまま並んでいる。血にまみれてるというよりも血を流してるような趣である。
そのために硬く粘り気のある黄楊つげを用いるようになりましたが、産地によって硬軟の差があるようにも聞きました。また桜、黒檀こくたん黒柿くろがきなども用いられ、胡桃くるみなども多く使われます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
けい 紫檀したんだとか黒檀こくたんだとかいうものは、いつ迄たっても変らないものですね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
黒檀こくたんまがひのちやぶ臺、眞赤なメリンスの座蒲團、ビーズ細工を飾りつけた電燈、壁に貼りつけた活動俳優のプロマイド、ペンキ畫の富士山の額、一生懸命に明るく華やかに飾りつけてゐながら
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
なにをしてるんだい、え? コオセットをはめてるところ………………靴下はもちろん黒檀こくたん色がいいよ、だが門外不出、自分で自分を監禁することはできないって? いや待ちたまえ、すぐ行く。
職業婦人気質 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
建物は米国風。応接室の中央に据えられるのは支那黒檀こくたんの机。椅子はとう。飾棚はセセッションの組立。一方には禅僧の筆になる五言絶句ごごんぜっく。一方には油絵裸婦の像。娘は人絹の洋装。息子は久留米絣くるめがすり
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
夜更よふくるまで黒檀こくたんの卓に物書けば幸福しあはせ多きかな。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そ ┃ みきは黒くて黒檀こくたんまがひ
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
黄金の笛と黒檀こくたんの笛とを持てる
姫はこのとき黒檀こくたん
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
黒檀こくたんの森わけて
信姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
たゞる、日本橋にほんばし檜物町ひものちやう藤村ふぢむら二十七疊にじふしちでふ大廣間おほひろま黒檀こくたん大卓だいたくのまはりに、淺葱絽あさぎろ座蒲團ざぶとんすゞしくくばらせて、一人ひとり第一番だいいちばん莊重さうちようひかへてる。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
バビロンの淫婦はなんぢ七頭しちとうの毒竜は爾の馬、火と煙と硫黄いわうとはなんぢ黒檀こくたん宝座みくらの前に、不断の香煙かうえんのぼらしめん。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
黒い河リオ・ネグロ」には浮遊動物プランクトンも魚類も絶対に棲息しない。鳥も蚊もその上は飛ばないのである。この黒檀こくたん色をした陰鬱な河。薄い霧。死滅した熔岩。悲しげな黄昏の色。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
小池はそう云いながら、部屋の隅に立てかけてあった黒檀こくたんのステッキを持って来て、二人の前にさし出した。見れば、その握りの部分全体に、厚紙を丸くしてかぶせてある。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
満月の光を反射して閃くものすごい輝きを発していなかったら、黒檀こくたんとも見まがうほどでした。
あるその隣の何とか云ふレスタウランで澤木さん達と晩餐を一緒にしたが、其処そこの建築は珍しく一切木造で出来て居て、用材は各館共何と名を云ふのか、黒檀こくたん質の立派な木である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
黒檀こくたん木地きじに青貝の象嵌ぞうがんがしてあるだけで、大して高価な印籠とも見えないが、夜の道に捨てられてあると、その青貝模様の光が、ほたるのかたまりが落ちているように、ひどく妖美ようび燦々きらきらと見える。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人ふたりしのびて黒檀こくたん
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ぬのを掲げた部屋の中には大きい黒檀こくたん円卓テエブルに、美しい支那しなの少女が一人ひとり白衣びやくえ両肘りやうひぢをもたせてゐた。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と翁が呼ぶと、栗鼠りすよ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀こくたんのごとくに光沢つやあって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の言葉の超人間的な力にまるで呪文じゅもんの力でもひそんでいたかのように——彼の差したその大きい古風な扉の鏡板は、たちまち、その重々しい黒檀こくたんの口をゆっくりうしろの方へと開いた。
入海いりうみ翡翠ひすゐの水のしやうとして黒檀こくたんを立つ老鉄の山
へりに金を入れた白い天井てんじょう、赤いモロッコ皮の椅子いすや長椅子、壁にかっているナポレオン一世の肖像画、彫刻ほりのある黒檀こくたんの大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉だんろ
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木地の古びたのが黒檀こくたんに見える、卓子台ちゃぶだいにさしむかって、小村さんは襟を合せた。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さわやかなるに驚きて、はかばかしく答もなさず、茫然としてただ、その黒檀こくたんの如く、つややかなるおもて目戍みまもり居しに、彼、たちまちわが肩をいだいて、悲しげに囁きけるは
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たきのそのあるものは、くもにすぼめた瑪瑙めなう大蛇目おほじやのめからかさに、激流げきりうしぼつてちた。またあるものは、玉川たまがはぬのつないで、中空なかぞらほそかつた。そのあるものは、黒檀こくたんやぐらに、ほしあわみなぎらせた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうして今度はお栄にもわかるように、この黒檀こくたんの麻利耶観音へ、こんながんをかけ始めました。
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
第一これは顔を除いて、他はことごとく黒檀こくたんを刻んだ、一尺ばかりの立像である。のみならずくびのまわりへ懸けた十字架形じゅうじかがた瓔珞ようらくも、金と青貝とを象嵌ぞうがんした、極めて精巧な細工さいくらしい。
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)