かつら)” の例文
かつらならではとゆるまでに結做ゆひなしたる圓髷まるまげうるしごときに、珊瑚さんご六分玉ろくぶだま後插あとざしてんじたれば、さら白襟しろえり冷豔れいえんものたとふべきく——
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼はたしかに老人ではない、変装しているのだ。そう思って見ると、いかにもたくみに地の毛のように見せかけてはあるが、どうもかつららしい。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
かく判明せる原因は、がい要保護人を署内(目白署)に収容せる後に至りて、該人物が巧妙なるかつらかむり居たることを発見せるにる。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出し半合羽はんがっぱ日和下駄ひよりげたにて浅草山あさくさやま宿辺しゅくへん住居すまいより木挽町楽屋へ通ひ衣裳かつら大小だいしょうの道具帳を書きまた番附表看板とうの下絵を綺麗に書く。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わづかに六畳と二畳とに過ぎない部屋は三面の鏡、二脚の椅子、芝居の衣裳、かつら、小道具、それから青れた沢山たくさん花環はなわとでうづまつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「芝居氣があるし、女形をやまになれる男だよ。恐ろしくニチヤニチヤして一種うつたうしい女形のせゐさ。まげが大きかつたのはかつらのためだ」
長い髪の毛(無論かつらに相違ない)で顔を隠していた為、今の今まで気づかなかったが、この乞食こそ、外ならぬゴリラ男であった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かつらをためしてるのだった。衣裳方と一人の床屋とがそばにいた。彼女は巻毛をも少し高くしたいといって、床屋に種々注文をしていた。
かつらの上から水などを何杯浴びたって、ちっとも同情は起らない。あれを真面目に見ているのは、虚偽の因襲にとらわれた愚かな見物である。
腰元は振袖ふりそで白無垢しろむくすそをひいて、水浅黄みずあさぎちりめんの扱帯しごきを前にたらして、縄にかかって、島田のかつらを重そうに首を垂れていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
露八は、どこで工面して来たのか、坊主頭に大髻おおたぶさかつらをかぶって、大小をたばさみ、白緒の草履で、りゅうとしてやって来たのであった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畳紙たとうの包を取りそろえて衣裳行李いしょうごうりに入れ、それと、かつらの箱と、あの時のかさとを自動車に積んで出掛けたあと、折よく二人きりになったので
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
白い著物、白いかつら、手は足は、すべて旅の装束いでたちである。頭より上に出た杖をついて——九柱。この坦に来て、森の前に立つた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
私は、彼が日ましに薄くなる頭髪を気にしていたことを思い出したが、あいにく武士のかつらをつけていたので、その現状はよくわからなかった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
地下室から戻ってきたジョオジは、頭から変装用の赭毛あかげかつらり、顔に塗った白粉おしろいをおとした、紛れもない龍介である。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なぜならば、いったん、斬られて倒れた人間が、暗に紛れてい出してまたかつらかぶり直し、太刀取りのべて、やあやあと向って来るからである。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「別の箱にあり、程よき巻き髪のかつら、緑色の眼鏡、時計の飾り玉、および、綿にくるみたる長さ一寸の小さな羽軸二本。」
彼は同行のオランダ人と共に、帽子をかぶること、話しながら室内を歩くこと、また彼らが十七世紀風のかつらを脱いで見せることなぞを命ぜられた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これまで見たことのある厭な意地くねの悪い顔をいろいろ取りだして、白髪のかつらの下へめて、鼻へ痘痕あばたを振ってみる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
幕の外に出ている玉乗りの女の異様な扮装ふんそうや、大きい女のかつらかぶったさるの顔にも、釣り込まれるようなことはなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
奔流、ごろつきのような波の音が僕に英国少女メリーの靴のかかとと、乳房にかつらをかむったような女主人を思い出させた。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
ヴェルサイユ宮殿の王子として、巻毛のかつらをかぶり、金色燦然こんじきさんぜんたる着物に白タイツ、装飾靴という扮装のままだった。
下手しもてに涎くりとほかに三人の子供が机にむかっている。いずれも日本風のかつらをかぶって、日本の衣裳を着ています。
米国の松王劇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ブロンドのかつらをつけた少女は要するに綣村だと、わたしはすぐ意識をとりもどしましたが、この東京の一隅
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
裁判官さいばんくわんつひでに、王樣わうさまがなされました。王樣わうさまかつらうへかんむりいたゞき、如何いかにも不愉快ふゆくわいさうにえました、それのみならず、それはすこしも似合にあひませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
丁度油をコテコテなすってかつらのように美くしく結上ゆいあげた束髪そくはつが如何にも日本臭いと同様の臭味があった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と云うのは、それが何あろうか、巧妙なかつらであって、下は半白の、疎らなみじであった。そうして、屍体の手に、一枚の揉みくちゃな紙が握られていたのである。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どす黒く腐敗した瓜にかつらを被せるとこんな首になろうか、顎にも眉にも毛らしいものは見当たらないのに、頭髪だけは黒々と厚味をもったのが、毎日油をつけるのか
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
緑牡丹はその支那鞄の一つに、かつらだけは脱いでいたが、妓女蘇三ぎじょそさんに扮した儘、丁度茶を飲んで居る所だった。舞台では細面ほそおもてに見えた顔も、今見れば存外華奢きゃしゃではない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
禿頭以外の何物でも、断じてこれあるはずはない。彼はかつらを以て之の隠蔽をなしおるのである。ああこれ実に何たる滑稽! 然り何たる滑稽である。ああ何たる滑稽である。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その貴様の顔が入用なんだよ。というのは、貴様に白いかつらをきせて、胡麻塩ごましおの口髭と頤髭とを
稀有の犯罪 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かつらたるやうにくしけづりたりし彼の髪は棕櫚箒しゆろぼうきの如く乱れて、かんかたかたげたる羽織のひもは、手長猿てながざるの月をとらへんとするかたちして揺曳ぶらぶらさがれり。主は見るよりさもあわてたる顔して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かつらを着けていたひにゃア、切り髪なんかわかるまいに、どうしてお前は探ったな?」「いえ、そいつはこうなので、見物の中に見巧者がいて、噂をしたのでございますよ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ストリンドベリイなども、ときどき熱演のあまりかつらを落して、それでも平気で大童おおわらわである。
女人創造 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ぽっとかつらをかぶった故人菊五郎の与次郎が、本物の猿を廻わしあぐんで、長いつえで、それ立つのだ、それ辞義じぎだと、が物好きから舞台面の大切たいせつな情味を散々に打壊ぶちこわして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かつらなども本式のを損料そんりょうで借り、芝居の衣裳付や床山が出張してきていて、当日私が本陣である大文字屋へ行ったときには、その庭先に助六、権太、法界坊、お嬢吉三、定九郎など
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
こんなに沢山の新しい生命のある中に、野原や牧場のあちこちで、もう種になってしまったたんぽぽの白いかつらを見ると、何だか変でもあり、ひどくいたましい気もするのであった。
毎日喧嘩ばかりしてゐるといひながら、矢張り亭主がくるとかつらを直してやつたり、つくつた顏を見直してやつたりしてゐた。今度の給金の事でよく小山ともつれあつてゐたのもこの早子だつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
ちぢれた半白の頭髪が、かつらでも被っているようである。原田は坐りなおした。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
明治座の舞台稽古は、衣裳やかつらの都合で、ひどく遅くなつたのです。私は其の間、早く稽古を済して、帰りたいと思つてゐました。それでやうやく稽古が済んだのは、もう五日の午前二時頃でした。
忘れ難きことども (新字旧仮名) / 松井須磨子(著)
若い者は珍らしい一方で、散髪になりたくても、老人などの思惑を兼ねて、散髪のかつらまげの上に冠ったのなどがありますし、当時の床屋の表には、切った髷をいくつも吊してあったのは奇観だった。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
それは何かと云うにかつらです鬘や仮面めんには随分逆毛が沢山交ッて居ますそれだから私しは若しや茶番師が催おしの帰りとか或は又仮粧蹈舞ファンシーボールに出た人が殺したでは無いかと一時は斯も疑ッて見ました併し大隈伯が強硬主義を
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
胴に針金はりがね、おめんかつら、寄せて集めて兒が出來る。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、床山とこやまかつらをはずさせながらたずねると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「金髪をとれ、そのかつらだ」
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
口上言ひの玉六は、一寸法師といふほどではありませんが、ひどく小柄な男で福助かつらを冠つて、これもかみしもを着けてをりました。
とはいえ当年の面影はなく、つい少時前すこしまえ舞台で見た艶麗優雅さは、衣装やかつらとともに取片附けられてしまって、やや権高けんだかい令夫人ぶりであった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一着の古い黒の背広服、黒天鵞絨ビロードのソフト帽、その横に白紙をのべて、上に黒眼鏡と、長髪のかつらと、つけ髭が並べてある。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さればこのうちの一を改むればたちまち全体を毀損きそんするに終る。俳優にして江戸演劇のかつらをつけ西洋近世風の背景中に立つが如きは最もわらふべき事とす。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其れは別段驚くべき事でもないが、その床屋の店飾棚ヸトランことごとかつら附髷つけまげ、前髪の添毛そへげで満たされて居るのを見ると、それ等の需要の多い事がわかる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)