音色ねいろ)” の例文
ただ、その証拠しょうこに、もはや、このオルガンの音色ねいろうみうえをころがっても、さかなが、波間なみまねるようなことはなかったのであります。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「箏の裏板へ大きなとびらをつけて、あの開閉で、響きや、音色ねいろの具合を見ようという試みね、うまくいってくれればようござんすね。」
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
或る人の覺えてゐるのはまだ乳呑兒の頃に、枕の傍で添伏しの母の懷のなかから、樂しく聞いた時計のオルゴオルの音色ねいろである。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
そしてもう階下では、ヴァイオリンの調子を合わせたり、クラリネットで甘ったるい音色ねいろの音階の練習をやったりしているのが聞こえた。
わたしはこの水の底深くひそんでいて毎日笛をふいておる。だが、わたしのふきならす笛の音色ねいろはあなた方、土の上の者には聞こえはせぬ。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
無論、ブツポウソウなどの乾いた音色ねいろではゆめさら無く、郭公、筒鳥の寂びた聲に較べては更に數段の強みがあり、つやがある。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
その音竜のうそぶくが如しと、こう形容したいほど清く涼しい音色ねいろであったが、林をくぐり森を越え遥かの空へ渡って行くらしい。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その代り、私は忘れられぬほど音色ねいろの深い上野の鐘を聴いた事があった。日中はまだ残暑の去りやらぬ初秋しょしゅうの夕暮であった。
すると、どこでするのか、だれのすさびか、秋にふさわしいふえがする。そのたえ音色ねいろは、ふと伊那丸の心のそこへまでみとおってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして今までよりは一層熱心に演壇の上から流れて来るヴァイオリンの静かな音色ねいろに耳を傾けているらしかった。……
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
成程結構な演奏ではあるが、さうかといつて、一弗六十五仙の先刻さつき提琴ヴアイオリンと比べて、音色ねいろに格別のちがひはなかつた。それにつけても聴衆ききても思つた。
従つて、いくら平生の自分に帰つて、梅子の相手になる積でも、梅子の予期してゐない、変つた音色ねいろが、時々とき/″\会話のなかに、思はず知らずた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
絶えず続いて、音色ねいろは替っても、囃子はやしは留まらず、行交ゆきかう船脚は水に流れ、蜘蛛手くもでに、つのぐむあしの根をくぐって、消えるかとすれば、ふわふわと浮く。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この楽器によって御父帝の御時のこと、また御姉宮に賜わった時のことが思召されて六条院はことさら身にんで音色ねいろに聞き入っておいでになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
じつこの音色ねいろたくはへてなどといふは、不思議ふしぎまうすもあまりあることでござりまする。ことに親、良人をつとたれかゝはらず遺言ゆゐごんなどたくはへていたらめうでござりませう。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
東洋趣味のボー……ンと鳴り渡るというような鐘の声とは違って、また格別な、あのカン……と響くかん音色ねいろを聴くと、慄然ぞっ身慄みぶるいせずにいられなかった。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
そのとき耳を澄ませて聴くならばいま叩いた缶は手でおさえて振動をとどめたにもかかわらず、それと同じような音色ねいろの音が、かなり強くきこえるではないか。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その音色ねいろだけが問題になって、ぬしはあらぬ方へ持って行って、かたづけられてしまうことが多いのであります。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それゆえ私が、どんなにか、探偵小説的な詭計からくりを作り、またどんなにか、怒号したにしても、あの音色ねいろだけは、けっして殺害されることはないと信じている。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それは、むかし鎌倉かまくら奥山おくやまでよくききれた時鳥ほととぎすこえ幾分いくぶんたところもありますが、しかしそれよりはもッとえて、にぎやかで、そして複雑こみいった音色ねいろでございます。
鈴虫松虫蟋蟀こおろぎなどの音色ねいろを分け得ない私の耳にも、千年の昔の虫の声々が、哀れを伝えて来るのである。
軽井沢にて (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
激しい歴史のうつりかはりが感じられて、その音色ねいろから、超然とした運命が流れ出てゐるやうに思へる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
この古い琴の音色ねいろには幾度いくたびか人の胸にひそやかなさざなみが起った事であろう。この道具のどれかが己をそういう目にわせてくれたなら、どんなにか有難く思ったろうに。
つぼの中のお湯がわくと、その鈴はたいへん美しい音色ねいろをたてて、リンリンと鳴るのです。そして
しかし僕は三味線しゃみせんの浮き浮きした音色ねいろきらいでないから、かえって面白いところだと気に入った。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
音譜に「音色ねいろ」というものが表わせるでしょうか「音色」という弾力を、マキシマムに発揮しなければ、その流行歌は人の心を、芯底からつものとは思われませんね。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
打つやつづみのしらべ、三味の音色ねいろに事かかぬ場処も、祭りは別物、とりいちけては一年一度のにぎはひぞかし、三嶋みしまさま小野照をのてるさま、お隣社となりづから負けまじの競ひ心をかしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
目をつぶったまま近くの寺々を思い浮べて見たが、さてどの辺とも分らない。やがて彼方此方、音色ねいろの違った、然し同じくやや高い鐘の音が、入交って静かに秋雨の中に響いて来る。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
チャリンチャリンと美しい黄金の音色ねいろが、まるで音楽のように聞えて来ます。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
楽器の音色ねいろがかなり違って聞こえても、管弦楽はやはり管弦楽として聞取られるし、長唄はやはり長唄として聞かれる。聞きたくなければ聞流している事も音楽ならばそれほど困難ではない。
ラジオ雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鳴り響く青玉の音色ねいろも暮れてゆく……孱弱な心、繊細な絹糸のもつれをかたよせて、私はまた久し振りに、あの銀座の青い柳のかげの白い瀟洒な喫茶店の椅子に寂しい孤独の身をなげかけて
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あの飴屋あめやさんのふえは、そこいらの石垣いしがきみてくやうな音色ねいろでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それが太夫たゆうの沈んだ声と三絃さんげん音色ねいろとに不思議な調和を保っていた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
エルマン・トーンというものは、全く特色的なトーン・カラーで、かつての神童エルマンが、一躍世界楽壇の寵児になったのも、一にあの幻妙不可思議な美しい音色ねいろを持っていたためにほかならない。
甲樂人 はて、ぎん音色ねいろすからでござります。
2、音色ねいろは、霞むやうな銀の鈴の遠音とほねの断続。
しかし彼は、はっきりと音色ねいろ区別くべつしていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
「本当にメランコリイの音色ねいろがしますわ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
自然にかかる音色ねいろいだすやうになりぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
琵琶の音色ねいろを聞きみて。
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
消えて行く音色ねいろの變化
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
影を愛し、音色ねいろを思ひ
季節の馬車 (旧字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
山彦の音色ねいろさびて
信姫 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
うつくしいおひめさまがいられて、いい音楽おんがく音色ねいろが、よるひるもしているということだ。」と、また一人ひとり旅人たびびとがいっていました。
お姫さまと乞食の女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは耳をそばだてて胡弓の声にきき入り、そののんびりしたような、また物哀ものがなしいような音色ねいろを味わっていた。木之助は一心にひいていた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
箏の音はまた、それとは違うて、渺々びょうびょうとしておるので——真の、玉琴というのはああした音色ねいろと、余韻とでなければ——
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
実はその鉢合の反響が人間の心に個々別々の音色ねいろを起すからである。第一主人はこの事件に対してむしろ冷淡である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そう音色ねいろ悲愁ひしゅうな叫び、または嘈々そうそうとしてさわやかに転変する笙の余韻よいんが、志賀しがのさざ波へたえによれていった——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鐘鳴器カリリヨンは一つ一つに音色ねいろも音階も違うのだから、距離の近い点や同じ建物の中で聴いていると、後から後からと引き続いて起る音に干渉し合って、終いには
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかしそれとは全然性質を異にする三味線はいわば極めて原始的な単純なもので、決して楽器の音色ねいろからのみでは純然たる音楽的幻想を起させる力を持っていない。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)