おちい)” の例文
旧字:
いやしくもその妙を極めなければ降りることができないような気がして、いやが上にやりにくい羽目におちいってしまう訳であります。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからこっちも、ときどき変な気持に襲われた。なんだか、五体がばらばらに裂けてしまうような実に不快な気持におちいったのだ。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
景樹を学ぶなら善き処を学ばねばはなはだしき邪路におちい可申もうすべく、今の景樹派などと申すは景樹の俗な処を学びて景樹よりも下手につらね申候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
または元値もとねを損して安物を売る等、様々さまざまの手段を用いてこれに近づくときは、役人は知らずらずして賄賂わいろの甘きわなおちいらざるを得ず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もし怪しい奴とにらまれて、町奉行の手にでも引渡されたら……そして、どうしても密事を吐かねばならぬような嵌目はめおちいったら……
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しかるに少し気の小さな人が、自分のことをうわさされ、あるいは新聞雑誌に悪く掲げらるれば、再びあたわざる窮地におちいるごとくなげく。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
例えば耶蘇やそ教の神さんでも、その昔人民が罪悪におちいって済度さいどし難いからというて大いにいきどおり、大洪水を起してすべての罪悪人を殺し
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
余は覚えず身をふるはし申候。而も取られし手を振払ひて、逃去のがれさる決断もなく、否、寧ろ進んで闇のうちおちいりたき熱望に駆られ候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
支配階級や政治の機構やイデオロギーがそれに適応できず、硬化こうか停滞ていたいおちいるとき、そこに政治的変革が必然となるというべきであろう。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
由来、南蛮の将兵は、猛なりといえども、進取の気はうすく、猜疑さいぎふかく、喧騒けんそう多く、智をもって計るにおちいりやすい弱点をもっています。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして勝代が出て行った後で、まだ見たこともない女と自分とが、この二階にすまうことを、夢のように感じながら、ぐっすり睡眠ねむりおちいった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
清ちやんは全く危篤におちいつてしまつた。周三は、新龜の主人へ使ひをやつたが、主人は來ずに、清ちやんのひもがやつて來た。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
坂本等の銃声が聞えはじめてからは、同勢がほとんど無節制の状態におちいり掛かる。もう射撃をするにも、号令には依らずに、人々ひと/″\勝手に射撃する。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それに不思議なことに、都会で流行する歌が俗におちいらない場合がないのに、田舎の本来の民謡は俗であった場合がないのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
近頃は小児を育てるのに放任主義とか自由主義とかいう大間違おおまちがいの言葉が流行してそれがために小児が非常の不幸におちいるようだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
積年の病ついに医するあたわず、末子ばっし千秋ちあき出生しゅっしょうと同時に、人事不省におちいりて終にたず、三十六歳を一期いちごとして、そのままながの別れとなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「そんなふうに自己陶酔とうすいおちいるようでは、今日は最悪の日だったね。アルコールづけになって生きている動物はないよ。はっはっはっはっ。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
かの夫妻未だ左したる困厄こんやくにはおちいらねど、思はしからぬが苦情の元なれば、時として夫婦顔を赤めるなどの事もありしとぞ。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
わたくしは彼と結婚しなければならない羽目におちいる棹先ですけれども、そこをそれまで手繰り込ませずにわたくしの技倆で
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あわれ文子は四苦八苦の死地におちいった、かの女は去るにも去られなくなった。と階段の音が聞こえてひとりの学生が現われた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ああ、今日によって中途に引止められさえしなければ! 今日によって足下にたえず張られてる陰険なわなおちいって蹉跌さてつすることさえないならば!
もしこれを自然に任せておいたならば、両大国の形勢が一変した暁には、琉球は再び慶長十四年の時のような悲境におちいる事があるのでございます。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
美貌に眼をつけた上級生が無気味なこびで近寄ってくると、かえってその愛情にむくいる方法を知らぬ奇妙な困惑こんわくおちいった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
被害者を錯乱におちいらせ、家具に頭をぶっつけたり、あるいは所持の兇器で自殺させたりする(フェル博士の講義の例)
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
春琴はこの時から怏々おうおうとして楽しまず間もなく脚気かっけかかり秋になってから重態におちいり十月十四日心臓麻痺しんぞうまひ長逝ちょうせいした。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
我はお雪の供給にきて、かれをして石滝の死地におちいらしめたのに、少年はその優しき姿と、斗大の胆をもって、渠を救うために目前荒鷲と戦っている。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからしばらく従姉は英さんと同棲してゐたが、彼女は自分が卒業すると、ぢきに又新しい恋愛におちいり、英さんを置き去りにして東京へ出てしまつた。
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
うっかりと是をもあの時代の世相史料に取入れたならば、どんな間違った史観におちいるやら知れなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
貴君は、今可なり危険な深淵しんえんの前に立っている。私は貴君がムザ/\その中へおちいるのを見るに忍びないのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
惣治はいよいよ断末魔の苦しみにおちいっていることを思いながらも、耕吉もそうした疑惑に悩まされて行った。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
そして数回の折衝を重ねた結果、到頭たうとう法廷にまで持出されることになつたのであつたが、法律家の手に移されてからは、問題は一層困難におちいるばかりであつた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
一次スランプにおちいるのと同じように、友釣りの技もどうにもこうにも自分の力では行なえ得ぬ日がくる。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
前世紀の末も文芸的には確かに時代的ヒステリイにおちいつてゐた。ストリントベリイは「青い本」の中にこの時代的ヒステリイに「悪魔の所為」の名を与へてゐる。
此の世の中の表裏をて取つて、構ふものか、といふ腹になつて居る者は決して少くは無く、悪平等や撥無はつむ邪正の感情に不知不識しらずしらずおちいつて居た者も所在にあつたらう。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
持っている者が迂闊にこの流れにおちいったら、なかなか浮かびあがられまい。気をつけたがようござるぞ
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もし鎖国せんか、彼は外においては外国のせまる所となり、内においては攘夷家の要する所となり、みすみす幕府を挙げて、死地におちいらしめざるべからざるに至らん。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それを思わずしてあの古代史を一々事実と見ようとすれば牽強附会におちいることはいうまでもない。
神代史の研究法 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
その小使こづかしつ障子しょうじやぶれから、つめたいかぜんできました。けん一はつねのごとくまくらにあたまをつけたけれど、ぐっすりとすぐにねむりにおちいることができなかった。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
御尤ごもつともです、新聞には大抵、小米と申すのが、賤業せんげふおちいらぬ以前、何か兼吉と醜行でもあつた様にありますが、其れは多分小米と申すの実母はゝから出た誤聞であります
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
やはり米国製のものであろうといっているけれども、米国製品にしばしば見るカウボーイなどを題材にしたものは、とかくに筋や見た眼が同一におちいりやすくて面白味がない。
活動写真 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
彼は畏多くも女御の姿を拝して恋におちいり、ふらふら病ひとなつて、勤務を怠りがちであつた。
枕物狂 (新字旧仮名) / 川田順(著)
暴徒に襲われるのはこれが始めてではなかったが、この時は最も困窮におちいった。糧道りょうどうが絶たれ、一同火食せざること七日におよんだ。さすがに、え、つかれ、病者も続出する。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
徂徠が野にいたのも、白石が官儒として立ったのも、たんなる表面観察では誤りにおちいりやすいことを論定したかった。この事業は清逸にとってはたんなる遊戯ではなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
王様の命令によって、人々は急いで舟を河に出して、ケメトスがおちいった淵を探し始めました。その捜索そうさくは三四日間続きました。しかしケメトスはどこにも見出されませんでした。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
結句の、「鳴くも」の如きは万葉に甚だ多い例だが、古今集以後、この「も」を段々嫌って少くなったが、こう簡潔につめていうから、感傷の厭味いやみおちいらぬともうことが出来る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
体育の素養なからんには、人事不省におちいりたる後ち、再び起つこと能わざりしならんにと、下山後医師の言を耳にしたることもありたれども、要するに予が幸に今日あるを得たるは
ヴィテルの病院で、マタ・アリは、盲目の恋人をいたわりながら、飛行隊の将校連と日増しに親しくなりつつある。と思うと、ぞくぞく不思議なことが起こって、飛行機の恐慌におちいった。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
もつとも周三は近頃ちかごろおそろしい藝術的げいじゆつてき頬悶ほんもんおちいツて、何うかすると、折角せつかく築上つきあげて來た藝術上の信仰しんかう根底こんていからぐらつくのであツた、此のぐらつきは、藝術家にりて、もつとも恐るべき現象げんしやう
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
わしは人間というものがこのようなさびしい、とぼしい状態におちいり得るものとは思わなかった。いや、それよりもかような寂寞せきばくと欠乏とにえてもなおせいを欲するものとは思わなかった。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
◯神は外より探りべし、また内より悟り得べし。神を歴史において見、従って神のおしえを国民的、社会的、政治的に見るもひとつの見方である。されどこれのみにとどまる時は浅薄におちいりやすい。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)