たくま)” の例文
T君は勿論もちろん僕などよりもこう云う問題に通じていた。が、たくましい彼の指には余り不景気には縁のない土耳古トルコ石の指環ゆびわまっていた。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手足にも胸にもたくましく毛が生えているし、ひげもずいぶん濃い。一日でも剃刀かみそりを当てないと、両頬の上のほうまで黒くなるのであった。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大柄で筋骨たくましい身体からだや、額のきずや、赤銅しゃくどう色の刻みの深い顔など、悪人らしくはありませんが、大親分の昔を忍ばせるには充分です。
避ける工夫は仕てなかッた、殺すと早々逃たのだろう、余り智慧のたくましい男では無いと見える、此向このむきなら捕縛すればじきに白状するだろう
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
荒行にたえたその童貞の身体はたくましく、彼の唄う梵唄はその深山の修法の日毎夜毎の切なさを彷彿ほうふつせしめる哀切と荘厳にみちていた。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのころ良人おっとはまだわこうございました。たしか二十五さい横縦よこたてそろった、筋骨きんこつたくまましい大柄おおがら男子おとこで、いろあましろほうではありません。
その勢力を欧州にたくましゅうするあたわざるのみか、東亜においてさえ思うほどには逞しゅうするあたわざるゆえんのものはなんぞや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
かつ事をなすには時に便不便あり、いやしくも時を得ざれば有力の人物もその力をたくましゅうすることあたわず。古今その例少なからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ふっくら豊頬ほうきょうな面だちであるが、やはり父義朝に似て、長面ながおもてのほうであった。一体に源家の人々は、四たくましく、とがり骨で顔が長い。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし疫病えやみは日一日と益〻猛威をたくましゅうし、たおれる人間の数を知らず、それこそ本統ほんとう死人しびとの丘が町の真ん中に出来そうであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
門の鉄扉てっぴの外側に子守が二、三人立って門内の露人の幼児と何か言葉のやりとりをしていると、玄関からたくましいロシア婦人が出て来て
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
時頼の時年二十三、せい濶達にして身のたけ六尺に近く、筋骨飽くまでたくましく、早く母に別れ、武骨一邊の父の膝下ひざもとに養はれしかば
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「それがですね、塩田大尉」と、小浜こはまという姓の兵曹長が、達磨だるまのように頬ひげをったあとの青々しいたくましい顔をあげていいました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
案内もなく入り込んで来たのは、もとどりを高く結び上げて、小倉こくらの袴を穿いたたくましい浪士であります。手には印籠鞘いんろうざやの長い刀をたずさえて
従って、あるいは堀のいら立たしげな強硬論がますます空想をたくましくするのかも知れない。——それは本当に明治の初年であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
人間世界にくだって蕃殖し、且つ兇暴をたくましくするのだと、ある限りの悪称をもって憎みののしっているのは、珍らしい古文献といってよい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大豆打でえづぶちにかつころがつたてえに面中つらぢうめどだらけにしてなあ」剽輕へうきん相手あひてます/\惡口あくこうたくましくした。群衆ぐんしふ一聲ひとこゑをはごとわらひどよめいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
葦城夫人が頼母木少年のたくましい気魄に親しめないで、些細な落ち度を柄にとりお払い箱を喰わしたのであると伝える人もいるが
春宵因縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
五十二歳になる袴野は野装束をつけると、眼附めつきも足もとも違ったたくましさを現しはじめた。しかしすての気づかいは本気で言った。
政府が人権を蹂躙じゅうりんし、抑圧をたくましうしてはばからざるはこれにてもあきらけし。さては、平常先輩の説く処、まことにその所以ゆえありけるよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
悟浄は、自分を取っておうとしたなまず妖怪ばけものたくましさと、水に溶け去った少年の美しさとを、並べて考えながら、蒲衣子のもとを辞した。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「子猫の褒美ほうびに——お手を」と、軽騎兵は、にやりと笑うと、新調の軍服にきっちり締め上げられたたくましい全身を、ぐいと反り返らせた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
目的もなにもない酔ひと云ふものは気安くて、多勢の友人にとりかこまれたやうな賑やかなものを身につけてしまふ。たくましくなつて来る。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
私との商取引ができた後、私は四、五人のたくましい、異国人たちに取囲まれ、喧嘩けんかになった時、彼女は最後まで私の味方だった。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
室に入りて相対して見れば、形こそもとに比ぶればえてたくましくなりたれ、依然たる快活の気象、わが失行しっこうをもさまで意に介せざりきと見ゆ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二人は真に政宗が頼み切った老臣で、小十郎も剛勇だが智略分別が勝り、藤五郎も智略分別にたくましいが勇武がそれよりも勝って居たらしい。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
殺伐というよりたくましい計画だ。革命はこうでなくてはならない。流血の惨事を俺は歓迎したいのだった。三下みたいな役目でもかまわない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
パリスどのと祝言しうげんするよりもいっ自害じがいせうとほどたくましい意志こゝろざしがおりゃるなら、いゝやさ、恥辱はぢまぬかれうためになうとさへおやるならば
もっと師走しわすに想像をたくましくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季せっきに正月らしい振をして何か書いて置けば、年内にもちいといて
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気候とか養分のり方に、もっと適応したくましく進化して行けば、此処で見るような巨大な実を結び、花を咲かすことが出来るのかも知れない。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
このときねずみにくさは、近頃ちかごろ片腹痛かたはらいたく、苦笑くせうをさせられる、あの流言蜚語りうげんひごとかをたくましうして、女小兒をんなこどもおびやかすともがらにくさとおなじであつた。……
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
また自分よりもたくましい骨格、強い意志、確乎かっことした力を備えた男性という頼母しい一領土が、偶然にも自分にってこの世界に造り出された。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
勝ち誇ったる檜垣衆は日増しに猛威をたくましゅうして、領内を荒らし廻り、僅か一と月ばかりの間に方々の子城こじろを攻め落すと云う有様であった。
たくましい彼の手が私の握り締めを解いた。私の腕がつかまれた、肩も——くびも——腰も——私は絡まれ、彼に抱き寄せられた。
人は只實心じつしんを旨とし苟且かりそめにもいつはあざむく事勿れと然るを言行相反し私欲をたくましうなす者必ず其の身をほろぼすこと古今珍しからずと雖も人世の欲情よくじやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ちょっと、普通の人間に出来る芸当ではないと、その図々しいといおうか。たくましいといおうか、人並みはずれた実行力におれは惚れこんだのだ。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
この花を、山家の少女の衣模様に染めたらば、などと思いながら、森を出て、河原に下り、太いたくましい樹の蔭に立った。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そういってペコペコ頭を下げながら前に進み出たのは、四人の中でも一番年層としかさらしい、色の黒い、たくましい鬚男であった。
女坑主 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
如何にも房枝は女給仕時代並びに同棲生活の当初に於いてこそ経済的にも裕福であり、たくましい程の肉体的魅力を全身から溢れさせて居りましたが
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
そこには太子の心労のみならず、古事記にもみられるようなたくましい原始力があって、それが仏法をも貫いて発揚されて行ったと云えないだろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
細い革鞭かわむちを持って、娘の方でも思いがけぬところへ現れた私の姿に、びっくりしているのです……手綱を絞られたその馬のまた、たくましく大きくて
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
憲兵のたくましい姿は忽ち飛鳥ひちょうの如く裏門に走り、外の小径へと消えて行った。それは丁度設計班の人々の夕飯時であった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少年の事情はせめて小林監督にでも話してやろう、私は顔をあげて死骸の傍に突っ立っているたくましい労働者の群を見た。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そうしてその容貌の魁偉かいいにしていかにも筋骨のたくましきところは、ただその禅定ぜんじょうだけやって坐って居るような人と見えないほどの骨格の逞しい人で
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
見た処は強そうな、散髪を撫付なでつけて、肩の幅が三尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨たくましい男で、一寸ちょっと見れば名人らしく見える先生でございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それに体格もちがっていた。彼等の肌は赤銅色しゃくどういろで、手足もたくましかった。僕らは、老人もいたし若いのもいたが、概して虚弱な感じの者ばかりだった。
魚の餌 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
また殿しんがりで敵に向いなさるなら、鹿毛かげか、葦毛あしげか、月毛か、栗毛か、馬の太くたくましきにった大将を打ち取りなされよ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
色の浅黒い筋骨のたくましい大男であったが、東北では指折りの豪農の総領で、そのころはまだ未婚の青年であり、遊びの味は身にみてもいなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
でっぷりふとった、たくましい老人を選び、それに三角帽をかぶせ、赤いチョッキを着せ、なめし革のズボンをはかせ、頑丈なかし棍棒こんぼうをもたせたのである。
鍛えに鍛えたたくましい体力と鉄石のような負けじ魂と加うるに、この数年師匠を驚かすくらいに上達した北辰一刀流の剣技——この三つの権化ごんげであった。
平馬と鶯 (新字新仮名) / 林不忘(著)