はかま)” の例文
すこし疲れて、体がほっと熱ばんで来ていながらはかますその処がうすら冷たくずっと下の靴できっちり包んでいる足の先は緊密に温い。
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一とわたり祈祷がすむと、先達の女房でおまんという四十女が、黒ずくめの品の良い様子で、はかまの少女に案内させて出て来ました。
同行を求められても嫌な顔も見せず、一度家の中へ入って帽子を手にして出てくると、紋付はかま服装いでたちでそのまま自動車に乗り込んだ。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
十六人ははかま穿き、羽織を着た。そして取次役の詰所へ出掛けて、急用があるから、奉行衆ぶぎょうしゅうに御面会を申し入れて貰いたいと云った。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし紋付にはかまなんかつけると、どうして貫禄があって立派なものだ。役場の収入役とでも云った口かな。上にも下にも受けがいい。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
彼女たちが双六盤などを持って来るのを見て、とつぜんそこを逃げだして、はかまも替えず馬でとびだすようなことがしばしばになった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
羽織はかまにすべきかということについて連日殿中に詰めきっている内匠頭が当日までこれを知らないで過しているという法があろうか。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
父は家人の騒ぐのを制して、はかま穿きそれから羽織をた。それから弓張ゆみはりともし、仏壇のまへに据わつて電報をひらいたさうである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
佐藤はその頃筒袖つつそでに、すねの出るはかま穿いてやって来た。余のごとく東京に生れたものの眼には、この姿がすこぶる異様に感ぜられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暑いある日の午後、白絣しろがすりはかまという清三の学校帰りの姿が羽生のひさしの長い町に見えた。今日月給が全部おりて、ふところの財布が重かった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
うわさに聞く婦人の断髪こそやや下火になったが、深い窓から出て来たような少女のはかまを着け、洋書と洋傘ようがさとを携えるのも目につく。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その深夜をおかし、雨を冒して来た客の二人は、二人とも、直垂ひたたれからはかまごし、太刀の緒まで、片袖ずつ、ぐっしょり濡れて坐っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤いはかまをはいた交換手らしい女が三四人で私の前をはしゃぎながら行く。大正琴の音色がしている。季節らしさのこもった夕暮なり。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それから、のん気な学生がはかまをここにほうり込んで置いて、学校まで着流しで来ては、よくここでこそ/\袴をはいているのを見た。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
吉川と云う方は、明石縮あかしちぢみ単衣ひとえに、藍無地あいむじの夏羽織を着て、白っぽい絽のはかま穿いて居た。二人とも、五分もすきのない身装みなりである。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その夜は何かの会の帰りらしく、和服にはかまをはいていました。かなりもう酔っているようで、ふらふら僕の傍にやって来て腰をおろし
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
細身ほそみ造りの大小、羽織はかまの盛装に、意気な何時いつもの着流しよりもぐっとせいの高く見える痩立やせだち身体からだあやういまでに前の方にかがまっていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
紅のはかまをはいた十八、九と覚しい美少女で、紅の地に日の丸のついた扇を取り出すと、それを船のへりに立て、渚に向ってさし招いた。
伝説によると、ときどき海上にはかまを着けた美人が現れて、漁船に妨害を加うるとのことである。漁夫は大いにこれをおそれている。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
学校当局は旦那の厚意を非常に喜んで、先ず音楽隊を組織する条件として、特にはかまを持っている高等科の児童ばかり六名を選んだ。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
客はあたたかげな焦茶の小袖こそでふくよかなのを着て、同じ色の少し浅い肩衣かたぎぬの幅細なのと、同じはかま慇懃いんぎんなる物ごし、福々しい笑顔。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何しろ学校ではかま草履ぞうりをはかないのは俺だけだ。足の裏が丈夫なら草履ははかなくともいいが袴ははかなければいかんといやがる。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……男女の礼拝、稽首けいしゅするのを、運八美術閣翁は、白髪しらが総髪そうがみに、ひだなしのはかまをいつもして、日和とさえ言えば、もの見をした。
「ははア、それはなんでもないことじゃ。はかまぎのある者を見つけだして、それを人柱にすればよい。なんと名案であろうがな」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その武士たちははかま股立ももだちを高く取り、抜き身の槍を立て、畳をガンギに食い違えに積み、往来を厳重に警衛しているのである。
治修はもう一度うながすように、同じ言葉を繰り返した。が、今度も三右衛門ははかまへ目を落したきり、容易に口を開こうともしない。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妹が毎日はかまをはいて大門通りを通り、近所の小学校へつとめに来られては肩味がせまいという理由のもとに抗議をもうしこんだ。
又、お父様は、そのあとで、はかまをお召しになって、納戸なんどのお仏壇の前で見事に切腹しておいでになったそうですが詳しい事は存じません。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
黒いはかまに白い上衣うわぎをきて、ひもを大きく胸のあたりにむすんだのが、歩くたびにゆらりゆらりとゆれる。右腕に古びたつぼを一つ抱えている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
父の遺物となった紋付の夏羽織と、何平なにひらというのか知らないが藍縞あいじまはかまもあることはあるのだが、いずれもひどく時代を喰ったものだった。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
はかまをはいて来なかつたと云ふので。今日は天長節であつた。「先生は不忠者や云ひはつてん」仙吉は梯子の上から下りて来た。
反逆の呂律 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
男は十九か二十歳はたちぐらいで、高等学校の制帽と制服をつけていた。娘は十五、六の女学生らしい風俗でえび色のはかま穿いていた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
駄々をこねあげくに後ろにどうとひっくりかえるとその緋のはかまがそのまま赤いころもとなってグロテスクな達磨だるまと変じヒョコ/\とおどり出す。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
と思うと、彼女はまるで紐がとけたはかまのように、へなへなと床に崩折れてしまった。おれの覚えているのはそれだけで、あとは夢中だった。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
黒いストッキングが少くなり、カシミヤやセルのはかまの下から肉づきのよい二三寸のはぎをのぞかせて行く職業婦人が多くなった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それでも宿へ帰る時は、何か必要な用事があって歩いて来たというふうに、はかま羽織はおりに物の包みをかかえてさっさと帰って来る。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
短い破れたはかまには、雪がかかって湿れている。——足には足袋たび穿かずに、指は赤く海老のように凍えていた。翁は、おごそかに
(新字新仮名) / 小川未明(著)
いつも地味な木綿縞の着物に茶色の小倉こくらはかま穿いて、坊主頭にチョビ髭を生やした、しかつめらしい顔で黙りこくっている。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女は年の頃十八、九であろうか、はかまを穿いていた。そうして上着は十二単衣ひとえであった。しかも胸には珠をかけ、手に檜扇ひおうぎを持っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
友達といふものは、どんな場合にも結構なもので、床屋は仲のい友達から、の紋附羽織と仙台平せんだいひらはかまを借りる事が出来た。
章一ははかまひもを結んでいた。章一は右斜みぎななめに眼をやった。じぶんが今ひげっていた鏡台の前に細君さいくんおでこの出たきいろな顔があった。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
仲間の小野は東京へ出奔しゅっぽんしたし、いま一人の津田は福岡のゴロ新聞社にころがりこんで、ちかごろははかまをはいて歩いているといううわさであった。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
見合みあいとき良人おっと服装ふくそうでございますか——服装ふくそうはたしか狩衣かりぎぬはかま穿いて、おさだまりの大小だいしょう二腰ふたこし、そしてには中啓ちゅうけいってりました……。
折角卒業の間際まぎわまで漕付けながらはかまを脱ぐ如く暢気のんきに学校をめてしまい、シカモ罷めてしまって後に何をする見当もなく
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
寝間を飛び出した宇津木兵馬は、そのまま庭を越えて、道場へ入って神前へ燈明とうみょうをかかげ、道場備附けのはかまをはいて、居合を三本抜きました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ごわりとはかまのもも立ちを取り、とんとんとんと土手の方へ走りましたが、ちょっとかがんで土手のかげから、千両ばこを一つ持って参りました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼の一家、友交輯睦しゅうぼく、忠誠にして勤克。その父もしくは叔父の如き、公衙こうがより帰れば、ただちにはかまを脱して、田圃でんぽ耕耨こうどうす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
はかまをはき、用具の包を抱へこんで、少し前こごみになつて歩くせた少年栄蔵の姿が、海沿ひの街道を毎日き来するのを出雲崎の人々は見た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
天明調はどこまでも引しめて五もすかぬやうに折目正しく着物きもの着たらんが如く、天保調はのろまがはかまを横に穿うがちて祭礼のぜに集めに廻るが如し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
以前は主人がはかまをはき、風呂のふたをとって自ら湯殿へ案内し、また目が見えぬから食物の名を一々告げてすすめたという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)