“菩薩:ぼさつ” の例文
“菩薩:ぼさつ”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治10
泉鏡花9
野村胡堂8
幸田露伴3
中里介山3
“菩薩:ぼさつ”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 芸術・美術 > 芸術史 美術史60.0%
芸術・美術 > 絵画 > 日本画3.0%
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.2%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
将門のむすめ地蔵尼ぢざうにといふのは、地蔵菩薩ぼさつを篤信したと、元亨釈書げんかうしやくしよに見えてゐる。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
併し、残された刀自・若人たちの、うちまもる画面には、見る見る、数千地涌すせんじゆ菩薩ぼさつの姿が、浮き出て来た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
女は仏菩薩ぼさつに会った心地して、をすり合せて礼拝し、よろこび勇んで、いそいそとたちまち走り去ってしまった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
光春は城に入ると、ここに留守していた全家の老幼男女から、そのすがたを、焦土に降った菩薩ぼさつのように取り囲まれた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで菩薩ぼさつとなり仏となったものは化他けたの業にいそしむことになるのが自然の法で、それが即ち菩薩なり仏なりなのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると、……二人とも味方なのか、それともかたきなのか、どれが鬼で、いずれが菩薩ぼさつか、ちっとも分りません。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花によって荘厳しょうごんされているということで、仏陀への道を歩む人、すなわち「菩薩ぼさつ」の修行をば、美しい花にたとえて
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
とにかくラサ府は悪魔も沢山居るけれども、悪魔ばかりでなくてそのうちに菩薩ぼさつも居られるありがたい所である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「みんな削ってしまった。——削っても削っても、木の中から、とうとう菩薩ぼさつのおすがたが出て来なかったよ!」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は法隆寺の百済くだら観音や中宮寺の思惟しゆい菩薩ぼさつに、幾たびかその面影おもかげをさぐってみた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
本尊の薬師如来にょらい脇侍きょうじの日光月光がっこう菩薩ぼさつを、きょうはゆっくり拝したいと思ってやって来たのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
けれども地方人民は今の法王は実に結構なお方であると言うて、菩薩ぼさつか仏のごとく信じて居るのでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
阿弥陀あみだ仏と脇士わきし菩薩ぼさつが皆白檀びゃくだんで精巧な彫り物に現わされておいでになった。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
非常に宗教心にあつく、法華経ほけきょうを信仰して、まるで菩薩ぼさつさまのような生活をおくっていました。
啄木と賢治 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「それそれ、あの人たちは、神か菩薩ぼさつかの化身けしんでしょうよ。まったく、悪いことはできないもので」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
した歌舞うたまい菩薩ぼさつにたとえられる、よろず吉原よしわら千の遊女ゆうじょをすぐっても
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
イエスを父に、マリアを母に、または如来を主に、菩薩ぼさつを親に、かくて浄土を憧れ奈落ならくを恐れた。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「御新造のお仙さ。めん菩薩ぼさつ樣のやうに綺麗だが、ありや、内心如夜叉によやしやといふ奴だな」
子にはなんのとがもないはず、親の罪は親にこそむくえ、南無なむかんぜおん菩薩ぼさつ、城太郎のうえに大慈の御眸みひとみありたまえ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小色紙こしきし半ぶんほどな紙に、地蔵菩薩ぼさつ相絵すがたえ千枚を描いて、世の有縁無縁うえんむえんわかとうという願いである。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞烈無比な女と信じた時代の遊女はきびしい選擇と激しい修業と、かなり高い教養を積んだことも事實らしく、『歌舞の菩薩ぼさつ』といふ形容詞が
「惜しいことをしたわい。もう一足早ければ、これなる菩薩ぼさつのお臍が拝めたものを。わっはっは。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
よし、ただ、南無とばかり称え申せ、ここにおわするは、除災、延命えんみょう求児ぐうじの誓願、擁護愛愍ようごあいみん菩薩ぼさつである。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
神明仏菩薩ぼさつ勇士高僧の多くが岩石などの上に不朽の跡を遺して、永く追慕を受けている国であった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
古来存在した幾万億の仏達、菩薩ぼさつ達のおこなひが、言葉がかれの心によみがへつて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ことに問題となるのは天人や菩薩ぼさつとして現わされた女の顔や体の描き方、あるいは恋愛の場面などに描かれた蠱惑的こわくてきな女の描き方である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
激しい修業と、かなり高い教養を積んだことも事実らしく、「歌舞の菩薩ぼさつ」という形容詞が
こちらは、阿弥陀というよりは、地蔵菩薩ぼさつと謂えば、その美しさは認められるだろう。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
後年彼がこの話をした時、弟子懐奘えじょうは問うていう、「自らの修行のみを思うて老病に苦しむ師を扶けないのは、菩薩ぼさつぎょうに背きはしないか」。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ばばの唱える観音経かんのんぎょうの声がそこにする。ばばの眼や耳には、お通の声も姿もなかった。ただ、観音が見える。菩薩ぼさつ御声みこえが聞えている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右にこのくつわを取って、ちょっと振向いて、菩薩ぼさつにものを言いそうなのが優闐玉ゆうてんぎょく、左に一匣いっこうを捧げたのは善哉童子ぜんざいどうじ
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎の調子はいかにも苦々しさうでした。言ふまでもなくこの男は、大のフエミニストで、吉原禮讃者で、そして、歌舞の菩薩ぼさつ渇仰者かつがふしやだつたのです。
その代りに、今度は珠子を非難し、君の脚を売ることを望むような女性は外面がいめんにょ菩薩ぼさつ内心ないしんにょ夜叉やしゃだといって罵倒ばとうした。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
東の隅の小壁に描かれた菩薩ぼさつの、手にしている蓮華れんげに見入っていると、それがなんだか薔薇ばらの花かなんぞのような、幻覚さえおこって来そうになるほどだ。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しょせん地蔵菩薩ぼさつ御手みてでも救いがたい阿修羅の申し子だったとみえる
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論竜樹りゅうじゅ馬鳴めみょうも、人並の鼻を備えた菩薩ぼさつである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
吉原のおいらんを歌舞の菩薩ぼさつと見てあがめしは江戸時代のむかしなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
これ程の縹緻を持てば、その頃の道徳と通念では、歌舞の菩薩ぼさつと思はれた、遊女の群に入つたら、名ある太夫を蹴落して、一氣に全吉原の人氣をさらふことも出來るでせう。
やがて振事が濟んで、最後の見得になりました。舞臺正面、描いた後光の前に立つて、江口の君なるお妙が、昇天の菩薩ぼさつの形になるのですが、鳴物につれてその座に直ると、
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
一真寺のほうから洗ってみましょうからね。この六地蔵さまともども、どうぞもうお引き揚げくださいまし。珍念さんもね、仲よしのお菩薩ぼさつさまがこのとおりたいへんなおけがだ。
ありもせぬ声まで聞しおろかさ、箇程かほどまでに迷わせたるお辰め、おのれも浮世の潮に漂う浮萍うきくさのようなさだめなき女と知らで天上の菩薩ぼさつと誤り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして次第に法力ほふりきを得て、やがてはさきにも申した如く、火の中に入れどもその毛一つも傷つかず、水に入れどもその羽一つぬれぬといふ、大力の菩薩ぼさつとなられたぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そして次第に法力ほうりきを得て、やがてはさきにも申した如く、火の中に入れどもその毛一つも傷つかず、水に入れどもその羽一つぬれぬという、大力の菩薩ぼさつとなられたじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼岸の仏菩薩ぼさつでなくて、吾が隣人であり、又自己そのものである。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「それは、古代の天竺てんじく国が、日本よりは、もっともっと男尊女卑の国だったからしかたがない。——それから、龍樹菩薩ぼさつは、女人にむかって、こういうことばを与えている」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
話はつい横道へそれましたが、かの「菩薩ぼさつやまいは大悲よりおこる」という『維摩経ゆいまぎょう』の文句は、非常に考えさせられることばだと思います。どなたかの歌に、
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「なんの、われらには、清水寺の諸菩薩ぼさつが、お護りあるわ」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かりに、こういう寺にも、仏心のある菩薩ぼさつすがたがすえられていたならば、むしろ、焼けた方がよいと、大紅蓮だいぐれん厨子ずしのなかで、あざ笑っているかもしれません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何かしら人の子ではなくて何かの菩薩ぼさつのような気がする。
ある日の経験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一日二晩絶間たえまなく感心しつめて天晴あっぱれ菩薩ぼさつと信仰して居る御前様おまえさまを、縛ることは赤旃檀しゃくせんだん飴細工あめざいくの刀でほりをするよりまだ難し
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御廚子の菩薩ぼさつは、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「南無、かんぜおん菩薩ぼさつ、南無、かんぜおん菩薩ッ」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、長安のほうに渡すのが至当しとうか、五菩薩ぼさつ仮名けみょうをつかってでてきた者にわたしたほうがいいものか、双方そうほうのあいだにはさまって、まったくとうわくの顔色だ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさしくこれを人目にさらして、この六地蔵菩薩ぼさつ
与八のきざむ仏像——実は菩薩ぼさつは大抵お地蔵様に限られているようです。お地蔵様以外のものを刻んだのを見たこともないし、また刻めもすまいと思われる。そのお地蔵様も、木よりは石が多いのです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
男女混浴……国貞くにさだえがくとまではいかないが、それでも裸形らぎょう菩薩ぼさつが思い思いの姿態をくねらせているのが、もうもうたる湯気をとおして見えるから、与吉はもう大よろこび。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
名工のひき刀が線を青く刻んだ、小さな雪の菩薩ぼさつが一体、くるくると二度、三度、六地蔵のように廻る……濃い睫毛まつげがチチと瞬いて、耳朶みみたぶと、咽喉のどに、薄紅梅の血がした。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と後で人にそう云った。またこの飴屋が、喇叭らっぱも吹かず、太鼓をトンとも鳴らさぬかわりに、いつでも広告の比羅びらがわり、赤い涎掛よだれかけをしている名代の菩薩ぼさつでなお可笑おかしい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畜類ちくるゐながらも菩薩ぼさつぎやう
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
同じ三月堂の塑造日光月光がっこうの両菩薩ぼさつ像もその傾向を推し進めたものであり、更に戒壇院の四天王像になると聡明な頭脳と余裕ある手腕とによる悠揚せまらぬ写実の妙諦みょうていに徹底している。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そのうちに、香染こうぞめの衣を着た、青白い顔の、人気のあった坊さんが静々と奥院の方からほのかにゆらぎだして来て、衆生しゅじょうには背中を見せ、本尊菩薩ぼさつ跪座立礼きざりつれい三拝して
なま/\しき絶世の美人であつて、しかも無限性を牽出ひきだすもの、こゝに吉祥天きちじょうてん伎芸天ぎげいてん弁財天べんざいてんなどゝいふ天女型の図像が仏菩薩ぼさつ像流行を奪つて製作され
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
取上げたる若子わかごは面は六つ御手は十二ある異相の産児にして、ただちに都率天とそつてんに昇り住したまい、のちに越前敦賀つるがに降ってけいたい菩薩ぼさつあらわれ、北陸道を守護したもうなどと
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さればこの時の風采ふうさいは、悪魔の手に捕えられた、一体の善女ぜんにょを救うべく、ここに天降あまくだった菩薩ぼさつに似ず、仙家のしもべの誤ってを破って、下界に追いおろされた哀れな趣。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「娘ですよ、鳶鷹とびたかですよ、——鬼の五郎次郎に、菩薩ぼさつの玉枝——つてね、本郷中で知らない者はありやしません。あんな娘の親に、あんな慾の深い人間があると思ふと、こいつは神樣の惡戲としか思へませんね」
そもさんか菩薩ぼさつ
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(略)菩薩ぼさつ薩摩の薩は字原せつなり博愛堂『集古印譜』に薩摩国印は薛……とあり訳経師やっきょうし仮釈かしゃくにて薛に二点添付したるを元明げんみんより産の字に作り字典は薩としあるなり唐には決して産に書せず云々
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「少々拝見を、」と云って、樹島はしずかに土間へ入って、——あとで聞いた預りものだというぶつ菩薩ぼさつの種々相を礼しつつ、「ただ試みに承りたい。おおきなこのくらいのすがたを一体は。」とおおよその値段を当った。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山があり上があり下があり、その中間に立つ地点を峠と呼ぶことに於て、さまざまの象徴が見出される、上通下達の聖賢の要路であり、上求菩提下化衆生の菩薩ぼさつの地位であり、また天上と地獄との間の人間の立場でもある、人生は旅である、旅は無限である
「峠」という字 (新字新仮名) / 中里介山(著)
べっぴんびいきのおまえさんは、さぞ耳が痛いことでござんしょうが、とかく美人と申すしろものが、外面如菩薩げめんにょぼさつ内心如夜叉ないしんにょやしゃというあのまがいものさ。まず上等なところでお多根菩薩ぼさつのやきもちというところかね。
……今の夢の中の菩薩ぼさつの言葉だって、考えてみりゃ、女偊じょう氏や虯髯鮎子きゅうぜんねんしの言葉と、ちっとも違ってやしないんだが、今夜はひどく身にこたえるのは、どうも変だぞ。そりゃ俺だって、夢なんかが救済すくいになるとは思いはしないさ。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「僧都がおとめになるのはどうしたことでしょう。極楽という所では菩薩ぼさつなども皆音楽の遊びをして、天人は舞って遊ぶということなどで極楽がありがたく思われるのですがね。仏勤めのさわりになることでもありませんしね、今夜はそれを伺わせてください」
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いかだを漕ぐ、浪の音が聞える……あれは聖衆の乗らるる迎えの舟だ。五濁深重ごじょくしんじゅうの此岸を捨てて常楽我浄の彼岸へ渡りの舟。かいを操る十六大士のお姿も、追々はっきり見えて来た。あなとうとや観世音菩薩ぼさつかたじけなや勢至菩薩。
或る秋の紫式部 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「これ見ろ宇津木、ここが大門で、それここに柳があるが、これが有名な出口の柳というものじゃ。入口にあっても出口という、これいかに。島原七不思議の第一はこれじゃ。中は昼より明るいぞ。一足入れば歌舞の天女、生身しょうじん菩薩ぼさつ御来迎ごらいごうじゃわい」
「息子の徳太郎ですよ、嫁が氣に入らないから、そこで氣晴しにヘエケイとやら、色氣のない道樂を始めたんでせう。世間並の息子だと、これは十七文字の都々逸ぢや濟みませんよ、先づ手重いのは八文字を踏む歌舞の菩薩ぼさつ、手輕なところで、目と鼻の間の槇町の比丘尼びくに——」
銭形平次捕物控:260 女臼 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
大臣だいじんたちはみんなおどろいて、太子たいしも、このこじきも、みんなただの人ではない、慈悲じひ功徳くどくの中の人たちにあまねくらせるために、とうと菩薩ぼさつたちがかりにお姿すがたをあらわしたものだろうとおもうようになりました。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
太宗たいそう皇帝の水陸大会だいせがきに、玄奘法師げんじょうほうし錦襴きんらん袈裟けさ燦然さんぜんと輝き、菩薩ぼさつが雲に乗って天に昇ると、その雲がいつの間にか觔斗雲きんとうんにかわって、いつか自分は水色の綿蒲団わたぶとんの下に蒸されるような息苦しさを感じた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「臆説って、貴下あなたがお話しなすった癖に。そうしてこう骨になってから、全体そなわっているのは、何でも非常な別嬪べっぴんに違いない。何骨とか言って、仏家では菩薩ぼさつの化身とさえしてある。……第一膝を折った身躾みだしなみい処を見ろッて、さんざん効能を言ったではありませんか。」
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
てんもん十三ねん、天神山城の御かつせんに、浦上うらがみどののぐん勢に、森金作という十六の子を立たせて、ふた目とも見ざるかなしさのあまりに、諸所の御仏をたずねさまよい、今ここに一体のかん音菩薩ぼさつをすえ奉ること、母の身にはらくるいのたねともなり、きん作がためには後生をねがいまつるにはべ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)