まつ)” の例文
何気なく隣境の空を見上げると高い樹木のこずえに強烈な陽の光が帯のようにまつわりついていて、そこだけがかっと燃えているようだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しばらくはわが足にまつわる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、と立ち直りて、ほそき手の動くと見れば、深き幕の波を描いて
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのアクドい、べたべたとまつわりついてさまざまな必要以外の遊戯をしたがる習性は、すべての男子に通有なのであろうか。………
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
下学集かがくしゅう』上、鶏一名司晨ししん云々、日本にて木綿付鳥ゆうつけどり、あるいはいわく臼辺鳥うすべどり、これは臼の辺に付けまつわって米を拾うからの名であろう。
何時も妙に寂しそうな、薄ら寒い影がまつわっている。僕は其処に僕等同様、近代の風に神経を吹かれた小杉氏の姿を見るような気がする。
小杉未醒氏 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、今まで気がかなかった天井から垂れている青いワナになったひもが、ちらと眼にくとともにそれがふわりと首にまつわった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
糸が……蜘蛛の巣のような釣り糸が、ねばって、光って、にじの如くに飛んだ。からんだのである。造酒の刀身に渦をまいてまつわりついたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
体はおおきいが、小児こどものように飛着いてまつわる猟犬のあたまをおさえた時、傍目わきめらないで玄関の方へ一文字にこうとする滝太郎を見着けた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、弔われている人とは、可なり強い因縁が、まつわっているように思った。彼は、心からそのとむらいの席に、つらなりたいと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
修行の年も漸く積もりぬ、身もまた初老に近づきぬ。流石心も澄み渡りて乱るゝことも少くなり、旧縁は漸く去り尽して胸にまつはる雲も無し。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼らの長さえ討ち取ったなら、諏訪家にまつわるわざわいだけは断ち切ることが出来ようも知れぬ。うむ、そうだ、この一点へ、ひとつ心を集めて見よう
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たゞ甘えることだけが、あの人の厳かな構へを破る方法でゝもあるかのやうに、私はひたすらあの人にまつはつて行く。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
前にも述べたやうに毒にまつはる迷信には二種あつて、毒そのものに関する迷信と、他のものを毒(又は薬)と見做みなす迷信とにわかつことが出来るから
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
しきいめを見つ。沙本さほかたより、暴雨はやさめり來て、にはかに吾が面をぬらしつ。また錦色の小蛇へみ、我が頸にまつはりつ。
マチルドは、お引摺ひきずりが足にまつわりつくと、自身でそれをまくり上げ、指の間にはさむ。にんじんは、片足を上げたまま、優しく、彼女を待っている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
高き石がきは、まつはれたる蔦かづらのために、いよゝおそろしなり。青き空をかすめて、ところ/″\に立てるは、眞黒まくろにおほいなるいとすぎの木なり。
「敷島の大和の国に、人さはに満ちてあれども、藤波の思ひまつはり、若草の思ひつきにし、君が目に恋ひやあかさむ、長きこの夜を」(三二四八)というので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
この時熱を煩っているように忙しい為事が始まる。白い革紐は、腰を掛けている人をらくにして遣ろうとでもするように、巧に、造作もなく、罪人の手足にまつわる。
その損を気づかぬ故に後悔せず、悔いてもせんがないからそっとしておくと、その糸筋いとすじの長いはしは、すなわち目前の現実であって、やっぱり我々の身にまつわって来る。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
木にからつたといへどもかの者の身にまつはれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八—六〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
鬼怒川きぬがは土手どて繁茂はんもしたしのまつはつてみじか鴨跖草つゆぐさからくきからどろまみれてながらなほ生命せいめいたもちつゝ日毎ひごとあはれげなはなをつけた。こほろぎ滅入めいやうかげいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
執念深しふねんぶかまつはる蛇からのがれて、大阪に待つてゐる叔母の前に坐りたいと思はれて來た。早く東京の家へのがれ込んで、蛇から受けた毒氣を洗ひ落したいとまで思はれて來た。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「へー大村さん、へ、どうも」と玄竜はまつわりつきながら腰をかがめた。「……実はそのう、田中君を一日中捜し廻ったんですよ。それで腹ぺこになったもんですから……つい、へ」
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
紅い炎の舌は、この黒い鉄瓶をめるように周囲にちらちらとまつわって、つるつると細い鉄棒を辿って、天井の梁にまで走ろうとしたけれどたちまち思いまったように穏やかに燃え収った。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やはり津多子夫人にまつわる、動機の確固たる重さに引き摺られるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「じゃ、君に、この密書にまつわる事件を一と通り話をしよう……」
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うねりのように起伏した緑の芝生の上に、城砦とりでのごとくに張り出した突端……そこにはアカンザス模様の円柱に蔓草つるぐさが一杯にまつわり付いて、藤蔓ふじづるが自然の天井のように強烈なる陽をさえぎっておりました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は足にまつわる絹の夜具をりつけた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
宗近君は脱いだ両袖をぐるぐると腰へ巻き付けると共に、毛脛けずねまつわる竪縞たてじますそをぐいと端折はしおって、同じく白縮緬しろちりめん周囲まわりに畳み込む。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心がおちついて来ると共に彼は恐ろしい妖婦にまつわられているじぶんの不幸をつくづく悲しんだ。そして口惜くやしくもなった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
部屋の中には、首にまつわって線香のけむりが立ちこめ、室外そとの廊下には、造酒をはじめ五人が眼を見張り、呼吸を呑んで釘づけになっている——。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は、勝平との感情の経緯いきさつを、もうスッカリ忘れてしまったように、ほんとうの娘にでも、なりきったように、勝平に甘えるようにまつわっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「それではお前まだ聞かぬか? その美しい鳰鳥には、聞いただけでも慄然ぞっとする咒咀のろいまつわっておるそうじゃ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つながる縁で妹にまつわる運勢の中へき込まれたような、薄気味の悪い心持もせざるを得なかったのであるが、案外当人は何とも感じていないらしいので
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わああ!裾へまつわる、火の玉じゃ。座頭の天窓あたまよ、入道首よ、いや女の生首だって、い加減な事ばかり。夕顔の花なら知らず、西瓜が何、女の首に見えるもんです。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
痛々いた/\さまをして、男のすること、言ふことには、何一つそむくまいとするらしいのが、小池にはいぢらしく、いとしく見えて來て、汽車のうちで考へたやうな蛇にまつはられてゐるといふ氣は消え
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
箒星ほうきぼしの尾のようにぼんやりまつわっていたのに相違ございません。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども人格のできていなかった当時の自分には、ただむこうすきを見て事をするのが賢いのだという利害の念が、こんな問題にまでつけまつわっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人に慕いまつわって来る動物に対するようないじらしさを、無智むちな勝彦に対して、いだかずにはいられなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……相手をほふるということは、俺の体にまつわっている、呪詛のろい取去のぞくということになる。相手に屠られるということは、呪詛に食われるということになる。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのくせ姉は、相間を見ては二階へ話しに来るのであるが、直きに後からその三人が上って来てまつわり着く。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
じゃが、大次郎、刃元に浮かぶ一線の乱れ焼刃、刀面に、女の髪の毛と見えるものが、ハッキリまつわりついておる。人呼んで女髪兼安にょはつかねやす、弓削家代々の名刀じゃ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
脯を載せた元振の手は邪神の手首にまつわり着いた。邪神は驚いて手を引こうとした。元振は剣を閃かして一刀の下に腕の付け根から切り落した。邪神は吼え叫んで逃げた。
殺神記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつもはしっかり北の方にまつわり着き、隙間もなく手足をからみ着かせて、二つの体が一つ塊のようになって寝ているのに、今朝は襟頸えりくびわきの下や方々に隙間が出来
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その過去には離すべからざる、わが昔の影がけむりの如くまつわっていた。彼はしばらくして
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白い湯気が樹の幹にまつわる。澄んだ湯壺の隅に、山の端の夕月が影を落していた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「その方は、何故なにゆえに人にまつわるのじゃ」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その過去にははなすべからざる、わがむかしかげけむりの如くまつはつてゐた。彼はしばらくして
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
恋する男の身にまつわる悲惨事に、千浪は、現在いまのできごとのように眉をひめて
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
家事の相間あいまを見て来るだけであったし、幸子の方から上本町へ訪ねて行っても、子供が大勢まつわり着くので、おちおち話している暇もなかったと云うような訳で、少くともこの二人の姉妹は
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)