繰返くりかえ)” の例文
文芸に四種の理想があるのは毎度繰返くりかえした通りでありまして、その四種がまたいろいろに分化して行く事も前に述べたごとくであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「寝る時にも手に持って寝ます。寝る時にも手に持って寝ます」と二度そのところを繰返くりかえしてわはははとお笑いになりました。
僕の帽子のお話 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
三度紀昌が真面目まじめな顔をして同じ問を繰返くりかえした時、始めて主人の顔に驚愕きょうがくの色が現れた。彼は客の眼を凝乎じっと見詰める。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「レエスに負けたって仕方がねエよ。だけど負けたのははずかしいねエ」とかなんとか同じ文句を繰返くりかえしているうち、監督かんとくのHさんからかたたたかれ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
庄太郎は、さっきのおろか邪推じゃすいを笑うどころではなく、いて自分自身を安心させる様に、大丈夫、大丈夫と繰返くりかえした。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『ですからなぜ、あの家住みませんでしたか。私あの家、面白いの家と思いました』と幾度いくど繰返くりかえして口惜くやしがった。
それから堀尾ほりお一等卒へ、じろりとその眼を転ずると、やはり右手をさしべながら、もう一度同じ事を繰返くりかえした。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今更いうも愚痴なれど……ほんに思えば……岸よりのぞ青柳あおやぎの……と思出おもいだふしの、ところどころを長吉はうち格子戸こうしどを開ける時まで繰返くりかえし繰返し歩いた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「僕が?」と、わたしは悲しげに繰返くりかえした。そしてわたしの胸は、うちつことのできない名状すべからざる陶酔とうすいにいざなわれて、あやしくふるえ始めた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
第三年目の冬も惰性的に前の年の実験を繰返くりかえしていた。その中にふと気が付いて、つめたい銅板の面を上に逆さに置いて、その下に水を入れた器を置いて見た。
雪を作る話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
……繰返くりかえして申上げます。本日午後五時、二百名より成るドイツ将校下士官兵の一隊は、イギリス本土よりわが占領地区カレー市へ無事帰還きかんいたしました。
私は再び繰返くりかえすが、海洋美と山岳美と渾然こんぜん融和して、大風景を形作る雲仙のごとき名山を知らない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
由紀子は教養の高い、貞淑な女でしたが、夫卓二の職酷な態度にしいたげられて、次第に生気を失い、今から一年前、繰返くりかえして申しますが——心臓麻痺を起して急死しました。
かがみのおもてにうつした眉間みけんに、ふかい八のせたまま、ただいらいらした気持きもち繰返くりかえしていた中村松江なかむらしょうこうは、ふと、格子戸こうしどそとひとおとずれた気配けはいかんじて、じッとみみすました。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「そうだ、多くの土人の怨霊がって鬼火となり、椙原家の人間を取殺そうとしているのだ、然もそれは今度が初めてではない、七十年目ごと繰返くりかえされている事が分ったのだ」
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今日きょうは三十にん患者かんじゃければ、明日あすは三十五にんる、明後日あさっては四十にんってく、かく毎日まいにち毎月まいげつ同事おなじこと繰返くりかえし、打続うちつづけてはくものの、市中まち死亡者しぼうしゃすうけっしてげんじぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それを見ると、見物は訳もなくうれしがった。その段取を、幾回となく繰返くりかえすに連れて、潮のような哄笑が、見物席に幾度も、き立った。啓吉も、腹をかかえて、笑った一人である。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
代理大使だいりたいしがついわたしよこほうにゐたが、かれはまだのこりをしさうに「キヤニユスピークイングリシユ?」を繰返くりかえしてゐた。わたしはまたわらひながら、まえおなじことを繰返くりかへすよりほかなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
そこでうろこなら鱗、毛なら毛を彫って、同じような刀法を繰返くりかえす頃になって、殿にご休息をなさるよう申す。殿は一度お入りになってお茶など召させらるる。準備が尊いのはここで。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何だか小さい手であだか合掌がっしょうしているようなのだが、頭も足もさらに解らない、ただ灰色の瓦斯体ガスたいの様なものだ、こんな風に、同じ様なことを三度ばかり繰返くりかえしたが、そのはそれもまって
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
と、れい身分みぶんのいい家鴨あひるはもう一繰返くりかえして
そう明確に答えを繰返くりかえしていたのであった。
繰返くりかえして云う通り、演説はできず講義としてはまとまらず、定めて聞苦しい事もあるだろうと思います。その辺はあらかじめ御容赦ごようしゃを願います。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五階の北のはしの窓で、首くくりがあったのです。しかも、それが、少し時を隔てて、三度も繰返くりかえされたのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ながらへばとらたつやしのばれん、うしとみし年今はこひしき。」それをばあたかも我が身の上をえいじたもののように幾度いくたび繰返くりかえして聞かせるのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
でも、その時わたしが味わったような至福の感じは、わたしの生涯しょうがいにもはや二度と再び繰返くりかえされなかった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ぼくは、愈々いよいよ、あなたを忘れねば、と繰返くりかえし、オォルに力を入れて、スライドをっていたときです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そんな会話が繰返くりかえされているうちに、夜更よふけとなった。このとき病院の玄関に、一人の男が訪れた。院長の許可が出て、上へあげられた彼は、矢走千鳥の病室に通った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
左近は喜びの余り眼に涙を浮べて、喜三郎にさえ何度となく礼の言葉を繰返くりかえしていた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
食事後しよくじご気分きぶんまえよりも一そう打寛うちくつろいだものであつたが、彼等かれら或者あるものなお未練みれんがましく私達わたしたちそばつてて、揉手もみてをしながら「キヤンニユスピイク、イングリシユ?」を繰返くりかえした。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
私達が昨日さくじつ見て来た地獄は旧火山である西雲仙中央火山丘の一つが、その後絶えず繰返くりかえされた爆発のため山形さんけいを失い、現在の地獄盆地を現出したものにほかならないと、地質学者は説く。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
世の溷濁こんだくと諸侯の無能と孔子の不遇とに対する憤懣ふんまん焦躁しょうそうを幾年か繰返くりかえした後、ようやくこの頃になって、漠然とながら、孔子及びそれに従う自分等の運命の意味が判りかけて来たようである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
アンドレイ、エヒミチはやはり相手あいてかおずに、知識ちしきあるものはなしばかりをつづける、ミハイル、アウエリヤヌイチは注意ちゅういしていていながら『それは真実まったくです。』と、そればかりを繰返くりかえしていた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あの夜から毎晩、四人は螺旋階段にひそんで、怪鳥の現われるのを待伏まちぶせた。怪鳥は空から来る、新田はそう断言した。博士にも北村にも信じられなかったが、新田は確信ありげに繰返くりかえし断言した。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、繰返くりかえしてキョロキョロしている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は喜いちゃんから、その書物を受け取って、無意味にそこここを繰返くりかえして見ていた。実は何が何だか私にはさっぱり解らなかったのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お糸はすでに長吉のよく知っている事情をば再びくどくどしく繰返くりかえした。お糸が芸者になるという事は二、三年いやもっと前から長吉にもく分っていた事である。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なんという残忍ざんにん微笑びしょううかべながら、わたしはこの『なんにも』という句を、繰返くりかえしたことだろう!
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
紫繻子の猿股が、もう一度優しく繰返くりかえした。色の黒い、くちびるの厚い、四十恰好かっこう巖乗がんじょうな男だ。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「手術後、ガーゼを取って、手紙を見よ」この信号は、繰返くりかえし発信されたのだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぼくにはよく解らないながら、川北氏の一言一句はネルチンスキイの肺腑はいふわたるとみえ、彼はいかにも恐縮きょうしゅくした様子で、「I'm sorry.」を繰返くりかえしてはうなずいていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いわんや向後の作物が旧来の傾向を繰返くりかえして満足せぬ限り、時と、場合と、作家の性癖と、発展の希望とによって生面を開きつつ推移する限り、何派
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾度いくどとなく有りがとうを繰返くりかえしたのであったが、それがその人の一生涯の恐らく最終の感激であった。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
新一は同じ言葉を夢見るように繰返くりかえしたきり、黙り込んでしまった。彼の目はどこか遠くを見つめたまま、釘づけのように動かなくなった。そしてその目が段々大きく見開かれて行った。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
太平洋艦隊司令長官「……最大の欠陥けっかんは、命令系統が一つでないということだ。強敵日本軍に対して同時作戦が行われないでは、勝利へのみちは絶対に発見されないのだ。このことは再三余の繰返くりかえしたところだ」
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いずれも私の一度経過した煩悶はんもん(たとい種類は違っても)を繰返くりかえしがちなものじゃなかろうかと推察されるのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
稽古の男は「小稲半兵衛こいなはんべえ」をさらったのち同じような「お妻八郎兵衛つまはちろべえ」の語出かたりだしを二、三度繰返くりかえして帰って行ったのである。蘿月はもっともらしくすわなおして扇子で軽くひざたたいた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうしてその翌晩になれば、どこから忍んで参るのか、やっぱり、いつものなまめかしい囁き声が、夫との睦言を繰返くりかえし、又幽霊の様に、いずことも知れず消え去ってしまうのでございます。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今朝も、またさら繰返くりかえして探して下さるそうです
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もう一遍繰返くりかえして「意識の連続」と申します。この句を割って見ると意識と云う字と連続と云う字になります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)