しゃ)” の例文
特に柔らかい肩のあたりの薄い纏衣てんいなどはそのしゃでもあるらしい布地の感じとともに中につつんだ女の肉体の感じをも現わしている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
コゼットは白琥珀こはくの裳衣の上にバンシュしゃの長衣をまとい、イギリス刺繍ししゅうのヴェール、みごとな真珠の首環くびわ橙花オレンジの帽をつけていた。
西の屋根がわらの並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、しゃのやうな黒味の奥に浅い紺碧こんぺきのいろをたたへ、夏の星が
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に座を占めながら、さらにもう一天井ひとてんじょうしゃのような幕を張り渡した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬上、華奢かしゃ羅張うすものばりの笠に、銀波を裾に見せたしゃの袖なし羽織という装いの佐々木道誉が、高氏を見て、遠くからほほ笑みかけていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着つけは桃に薄霞うすがすみ朱鷺色絹ときいろぎぬに白い裏、はだえの雪のくれないかさねに透くようなまめかしく、白のしゃの、その狩衣を装い澄まして、黒繻子くろじゅすの帯、箱文庫。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
着ているのは、ふわりとしたうすしゃの服で、淡青うすあお唐草模様からくさもようがついていた。かみはイギリス風に、長いふさをなして両のほおれかかっていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
月のうす明るい夜で、丞相がしゃとばりのうちから透かしてみると、賊は身のたけ七尺余りの大男で、関羽かんうのような美しい長いひげやしていた。
その周囲には緑色のしゃの片々と思うようなアスパラガスの葉が四方に広がり、その下から燃えるようなゼラニウムがのぞき
病室の花 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして、片肌を脱がせ、しゃ襦袢じゅばん口から差し入れたを、やんわりと肩の上に置いたとき、その瞬間フローラは、ハッとなって眼をつむった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
真ん中にノビノビと立っているのはしゃ唐冠とうかん、白い道服、刺繍ししゅうしたくつの老人で、口ひげはないが長いあごひげ、眉毛まゆげと共にの花のように白い。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自分は吹き込むしゃの窓を通して、ほとんど人影の射さない停車場ステーションの光景を、雨のうちに眺めた。名古屋名古屋と呼ぶ声がまだ遠くの方で聞こえた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぼんぼりの光が、水いろしゃの蚊帳を淡く照らして、焚きしめた香のかおりもほのかに、夢のような彼女の寝間だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
奥底も知れない程の恐怖ではあったが、それが何かしゃを通して眺めるようで、まだ身にしみて感じられなかった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
穹窿アーチ形の天井から下っている純白しゃのように薄い垂れ幕……ふうわりと眼も醒めんばかりの羽根蒲団クッションが掛けられて、瑪瑙めのう勾欄こうらん……きらびやかな寝台の飾り!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と、しゃの宗匠頭巾ずきんを被った、宝井其角きかくと云ういでたちで奥から現れた老人は、玄関まで送って出たお久と要とにそう云い残すと、白足袋の足に利久を穿いた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此処ここ行燈あんどん部屋のような暗い長四畳で、壁の一部に二寸角の穴が切ってあり、黒いしゃ二重ふたえに張ってある。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もう何百万という数の、星のように光るこな雪でった、うすい白いしゃ着物きものを着ていました。やさしい女の姿はしていましたが、氷のからだをしていました。
秀吉はしゃの冠に黒袍束帯、左右にズラリと列坐の公卿が居流れる。物々しい儀礼のうちに国書と進物を受けたけれども、酒宴が始まると、もう、ダラシがない。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
雪白の、しゃのような一片の布が、彼女の優美な姿を蔽うているほとんど唯一のものであるように見えた。
ひげの長い、しゃ道行触みちゆきぶりを着た中爺ちゅうじいさんが、「ひどいですなあ」と云うと、隣の若い男が、「なに藪蚊やぶかですから、明りを附ける頃にはいなくなってしまいます」
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二枚目役者の千代之助は、青々として野郎頭ですが、薄化粧位はして居るらしく、上布の帷子かたびらの上に、帰り支度らしくしゃの短かい羽織を引っ掛けて居るところでした。
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
とがめた時に、この一室が月光のような色にえ返って、隔てのふすましゃのように透きとおりました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
枝にはしゃをかぶったように苔が垂れ下り、サルオガセが灰色のかたまりとなってしみついていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
特に黒い喪服を着け黒いしゃを長く垂下たれさげて歩く婦人の多くなったことを取りたてて言うまでもなく、二人はそれを町で行き逢ういかなる人の姿にも読むことが出来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
机博士が手にもっている携帯電灯の光の一部が、偶然か、それとも故意か、頭目の顔をおおう三重のしゃのきれの下からはいってきて、彼の顔を下から照しているのである。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして明りに掛けてある緑色のしゃ退けようとした。そのとたんに女は男に抱き付かれた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
ところが、ある日のこと、彼は師匠と二人で、静かな、ある秘密の部屋の中にすわったのでした。そこは白いしゃに蔽われた、一個の巨像が、森厳しんごんそのもののように立っていたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
春雨はるさめの明けの朝、秋霧あきぎりの夕、此杉の森のこずえがミレージの様にもやから浮いて出たり、棚引く煙をしゃの帯の如くまとうて見たり、しぶく小雨に見る/\淡墨うすずみの画になったり、梅雨にはふくろうの宿
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その癖、大のお人好しで、時には自分でしゃきれに刺繍をしていたりさえした。
越後上布えちごじょうふ帷子かたびらの上に重ねたしゃの羽織にまで草書そうしょに崩した年の字をば丸く宝珠ほうじゅの玉のようにした紋をつけているので言わずと歌川派うたがわはの浮世絵師五渡亭国貞ごとていくにさだとは知られた。鶴屋はびっくりして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白いしゃの窓掛けを蝶のようにひらひらさせ、花瓶のダリヤの花をひとゆすり、帆前船ほまえせんの油絵のがくをちょっとガタつかせ、妖精がたわむれてでもいるように大はしゃぎで部屋の中をひと廻りすると
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
青いしゃの窓掛をすかした明るい日の光が、室中に快い明るさをたたえた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
釘とじのものは背に布、寒冷しゃなどを膠着、それが糸の代りをつとめる。略したのは、見返しで中身と表紙とを貼り結ぶ。之は見返し紙が余程丈夫でないと見返しの折目が切れて中身が離脱して了う。
書籍の風俗 (新字新仮名) / 恩地孝四郎(著)
青年の通って行ったあまり大きくない部屋は、黄色い壁紙をはりつめて、窓に幾鉢かのぜにあおいを載せ、しゃのカーテンをかけてあったが、おりしも夕日を受けて、かっと明るく照らし出されていた。
月のおもてしゃのような雲がかかっていた。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白南風しらはえや風吹もどすしゃの羽織 沙明
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
西の屋根瓦やねがわらの並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、しゃのような黒味の奥に浅い紺碧こんぺきのいろをたたえ、夏の星が
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この、好色の豪族は、はやく雨乞のしるしなしと見て取ると、日のさくの、短夜もはや半ばなりししゃ蚊帳かやうちを想い出した。……
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
重太郎は再び枯木をくと、霧は音もせずに手下てもとまで襲って来て、燃えあがる火の光はさながしゃに包まれたるようおぼろになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蘭燈らんとうの珠の光や名木めいぼくのかそけきにおいが、御簾みすごしにうかがわれる。やんごとないお人の影と向いあって、李師々りししの白い横顔もしゃの中の物みたいだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かわやから帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」のうしろには、黒いしゃの覆面をした人が一人、人形を持って立っている。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人形は薔薇色ばらいろしゃの着物を着、頭には金色の麦の穂をつけ、本物の髪毛がついていて、目には琺瑯ほうろうが入れてあった。
おぼろ夜にはまだ早いけれど、銀白のしゃが下界を押しつつんで、人はいっそうの陶酔とうすいに新しくさざめき合う……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
バウムの下の小さなお堂の中に人形の基督孩児クリストキンドが寝ている。やがて背中にしゃの翼のはえた、頭に金の冠を着た子供の天使が二人出て来て基督孩児クリストキンドの両側に立つ。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しゃのうすものの長いそでをひるがえしながら、裾長ののはかまをさばいてくるすがたの優美さ、あでやかさ! 水もしたたらんばかりの美少年というのは
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ボッと両の眼が霞んで来た。瞳へしゃでも張られたようであった。家々の形がひん曲がって見えた。見える物がみんな遠く見えた。そうしてみんな濡れて見えた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
広い芝生の庭も、林のような樹立も、築山も、しゃをとおして見るように緑ひと色に濡れていた。ときどき泉池で鯉のはねる音がし樹立のなかで蒼鷺あおさぎの鳴く声が聞える。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただ光がきんしゃのきれを織るように、上からちらちら落ちて来て、若いみどりの草のにおいがぷんとかおりました。小鳥たちは肩のうえにすれすれにとまるようにしました。
というのは、白い地に、黄色い波形のものを置いて、その上を、しゃのようなものでかぶせると、取り去ったとき、かえって残像が、白地のほうに現われて黒く見えるのである。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)