ほこら)” の例文
庭の奥の林の中には、近所の百姓地で荒れ放題になっていたという、稲荷様のほこらを移して、元のままながら小綺麗にまつってあります。
ふと、お袖の見たあいての女性も、ほこらの横の大きな木の幹に、半ば、すがたを隠して、じっと、射るような眼をしているのであった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここにも夜店がつづき、ほこらの横手のやや広い空地は、植木屋が一面に並べた薔薇ばら百合ゆり夏菊などの鉢物に時ならぬ花壇をつくっている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昼から陰っていた大空は高い銀杏いちょうのこずえに真っ黒にしかかって、稲荷のほこらの灯が眠ったように薄黄色く光っているのも寂しかった。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
六三園は純粋の日本式庭園で、諏訪明神のほこらがあり、地蔵の石像があり、茶亭さていが設けられ、温室には各種の花が培養せられて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
殊勝しゆしようらしくきこえて如何いかゞですけれども、道中だうちうみややしろほこらのあるところへは、きつ持合もちあはせたくすりなかの、何種なにしゆのか、一包ひとつゝみづゝをそなへました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
太助とは、山の神のほこらのあるところへ餅を供へにも行つたことが有ります。都會の子供などと違ひ、玩具も左樣さう自由に手に入りません。
又は山の中の小さな石のほこらを引っくり返し、お狐様の穴に懐中電燈を突込んだりして、寝ても醒めても兇器の捜索に夢中になっていた。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
津島の天王の信仰は弘く及んでいるようだが、御葭場みよしばというほこらのあるのは湾内沿岸だけで、それも伊勢の側はどうであるかわからない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
図183は家庭内のほこらを、写生したものである。小さなテーブルの上にならんでいるコップは真鍮製で、赤い色をした飯が盛ってある。
揚子江と灌水かんすいの間の土地では、蛙の神を祭ってひどくあがめるので、ほこらの中にはたくさんの蛙がいて、大きいのは籠ほどあるものさえある。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
往還わうくわんよりすこし引入ひきいりたるみちおくつかぬのぼりてられたるを何かと問へば、とりまちなりといふ。きて見るに稲荷いなりほこらなり。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
人間の毛髪を刈取ったものを私は寺の本堂や小さなほこらの壁や柱に、の年の女とか何とか記されてり下げられてあるのを見る。
その時、ふと注意を転じると、母家の左の隅の方に古い稲荷のほこらのあるのが眼に這入はいった。津村の足は思わず垣根の中へ進んだ。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
薄緑の芝生や、しなやかに昇る噴水で飾られたそのがある。処々しよ/\に高尚な大理石の像が立てゝある。木立の間には、愛の神をまつつたほこらがある。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
その日も孝也がでかけたので、日がれてから二人は会った。屋敷の北の隅に「茂庭明神」といって氏の神をまつったほこらがある。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裏庭の梅林に小さな稲荷いなりほこらのあるのを、次兄が、開けて見たら妙な形の石があったというので、祖母にひどくしかられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
つたのからまった小さなほこらのあるのを認めると共に、その祠の側の杉の大樹の下に、人が一人立っているのをさとらないわけにはゆきません。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大島の神社の境内に、御幣ごへいを木の下に立て、かやをもってこれを囲んであるものがある。これは島内の安全を祈るためのほこら代用であるとの話だ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
比叡坂本側の花摘はなつみやしろは、色々の伝えのあるところだが、里の女たちがここまで登って花を摘み、ついでにこのほこらにも奉ったことは、確かである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
稲荷のほこらも垣根も雪に隈取くまどられ、ふだんの紅殻べんがらいろは、河岸の黒まった倉庫に対し、緋縅ひおどしのよろいが投出されたような、鮮やかな一堆いったいに見える。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道祖さえの神のほこらうしろにして、たたずんでいる沙門のなざしが、いかに天狗の化身けしんとは申しながら、どうも唯事とは思われません。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その上に、彼は白無垢しろむくの布を肩からって、胸にうやうやしく白木のほこらをかかえていた。唐突なほど真面目まじめくさっていた。鎮守の小祠しょうしである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
即ち、被告は、神の名により、不当の価格にて医薬を売ろうとしたものであり、人命救助の目的を以って竹駒稲荷のほこら建立こんりゅうしたものではない。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「や、や、あの山神さんじんほこらの台座、後面の石垣のまん中の丸石を抜き取ると、その下が抜穴、そこに佐渡の金箱が隠して有るので御座りまするか」
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
きょうはそのお稲荷さまなんか、あれどもなきがごときありさまで、今そのほこらのうしろの庭隅に、この壮大なお祭りが開かれようとしています。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
撮影しに行つた際、私達はそこで弁当をつかつたが、傍にはやはり何かの社といふよりはほこらがあつて、いまも遊山の人が来るらしい形跡が見えた。
「晩年」によせて (新字旧仮名) / 小山清(著)
多分二時を少し廻った時刻でしたが、すると彼処あそこに御存知の様に、何んとか言う情事いろごとほこらがあるんで、そいつを一寸おがんで行く気になったんです。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は其の辺に有名な行者で、梅林の奥に小さなほこらを守つて居た。彼自らの言ふ所によると、よはひは既に九十を過ぎて居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
池は田となったが、小さなほこらはいまでも残っていて命日には桜井家の当主が代々まつりを断やさないというのである。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
二人は稲荷いなりさんのほこらについた。祠は小さいが、八幡さまのに次ぐくらいの大松が二本生えている。僕達はその下に立った。もう日の暮れ近くだった。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その時わしはたまらなくなって立ち上がりました。わしは餓鬼がきほこらを拝んでいるのではないかという気がしたのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そこには、ちいさなほこらがあって、そのえんしたなら、安全あんぜんおもったのでしょう。けれどそこは湿気しっけにみち、いたるところ、くものが、かかっていました。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
晩春の午後、裏庭では旦那が気ぜわしそうに爺さんや、若い衆たちを指図して、小さなほこらを荷馬車に積ませていた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そのために後日、向山という所大いに崩れ、住民くるしんでほこらを建て神にまつったが、今も倉科様てふ祠ある(『郷土研究』四巻九号五五六頁、林六郎氏報)
街道は白く弓なりに迂廻うかいしているのでたちまち私は彼らのはるか行手の馬頭観音のほこらの傍らに達し、じっと息を殺してうずくまったまま物音の近づくのを待伏せした。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
嘉門次が帰りそうにもないので、小舎から二、三町も行く、鳥居があって四尺ばかりのほこらを見せる、穂高神社の奥の院だという、笹を分けると宮川の池。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ほんの僅かばかりの、つつましい祈願をかける人人の神神は、同じやうにつつましく、小さなささやかなほこらで出來てる。
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
稲荷坂というのは、もと布哇はわい公使の別荘の横手にあって、坂の中ほどに小さい稲荷のほこらがある。社頭から坂の両側に続いて桜が今を盛りと咲き乱れている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そこには小さなほこらが祭られていたが、その祠の真うしろの、一番大きい団栗の幹に、大釘が五本ほど打ちこんであるのを、かつて彼は見たことがあった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
踊るような恰好の一本松や、竹藪へ登る壊れた石段、「猿田彦大神」のほこらなどには、はっきりした記憶があった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そして今夜の宿泊所を求めるために、人影の全く絶えた、石段ぎわの小さいほこらの暗闇の方へいざり寄って行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
村を出はずれて、おいなりさまのほこらのあるところまでゆくと、道ばたのアシのしげみの向うから、山羊をつれた人が、こっちへやってくるのが見えました。
柿の木のある家 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
土神は何とも云へずさびしくてそれにむしゃくしゃして仕方ないのでふらっと自分のほこらを出ました。足はいつの間にかあの樺の木の方へ向ってゐたのです。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
それに、たとえ機会が与えられたとしても、ほこらのうしろを見ることは、非常な勇気のる仕事だ。イザとなったら、おれにはこわくて出来ないかも知れぬ。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何の風情もない、饅頭笠を伏せた樣な芝山で、逶迤うねくねしたみちが嶺に盡きると、太い杉の樹が矗々すく/\と、八九本立つてゐて、二間四方の荒れ果てた愛宕神社のほこら
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それ故、村人は赤星重右を一種の、何かふしぎな天狗の一種のような、決しておろそかにできないもののような考えを持ち、それをほこらのなかに加えたのである。
天狗 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
お稲荷様のほこらの脇から杉の木立ちの生い茂っている桜山続きの裏山のけわしい細径を登りはじめたが、なるほどこれが亭主のいわゆる裏道伝いというのであろう。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
燈明の火が明るく輝き、紫の幕が、華やかにえ、その奥から、真鍮しんちゅうびょうを持ったほこらの、とぼそが覗いていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
道の行きどまりに小さなほこらがあった。いつもは、その前を何べん通りすぎても、特に気をとめて見たこともない。しかし、私はその前にひざまずいておがんだ。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)