まぶ)” の例文
彼は僕が庭先に立つてゐるのを認め、しばらくまぶしげにこちらを眺めたかと思ふと、急に人なつこい微笑をうかべて、お辭儀をした。
南方 (旧字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
首を振ったが、それは事実そのとおりなのだが、どうしてか顔が熱くなり、兄やつなの眼がまぶしくなった。そこで彼は自分で狼狽ろうばい
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
障子が段々だんだんまぶしくなって、時々吃驚びっくりする様な大きなおとをさしてドサリどうと雪が落ちる。机のそばでは真鍮しんちゅう薬鑵やかんがチン/\云って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
青い澄んだ空は、それをまじまじと眺めてゐる私にまぶしさを教へる。さうしてついとその窓をかすめて行く何鳥かの羽裏がちらりと光る。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
大陸の暗い炭坑のなかでひしめいている人の顔や、熱帯のまぶしい白い雲が、騒然と音響をともないながら挽歌ばんかのように流れて行った。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
屍体のこもに船蟲がざわざわざわめく音が、この奇怪な話にいっそうの凄気を添えた。しかし、若い巡査は、眼をまぶしそうにまたたいて
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのかわり全体がぎらぎらとまぶしく銀色に光を増した。今や自分たちが大宇宙の真只中に在ることが、誰にもはっきり感ぜられた。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぼくは、地上とは別世界にいるその一種凜烈りんれつな感覚を、忘れていた宝石に見入るように、鋭くまぶしい光の矢のように胸にかんじていた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
何か知ら惡事でも働いてゐるやうな氣がして、小池は赤い軒燈けんとう硝子がらすの西日にまぶしく輝いてゐる巡査駐在所の前を通るのに氣がとがめた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
すべてのものがいっしょになって、闇夜やみよの中の沼みたいな奇怪な夢の世界をこしらえていて、そこから希望のまぶしい光がほとばしり出ていた。
一面池になっている庭の景色丈けはかくの二階からゆっくりと見晴らした。雨上りの若葉がキラ/\と光っていてまぶしいほどだった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
方々に、いくつもかかげられてある「友田」の提灯がまぶしい。そのちらちらする蝋燭の明かりが、自分を嘲笑しているように思われた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
まぶしげに、人々は、眉の上へ手をかざした。四十六名の顔の一つ一つに、たった今、黎明れいめいの雲を破った朝の陽が、紅々あかあかと燃えついていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山国の一月には珍しいほどあたたかい日で、薄暗い堂のなかから出てきた眼には、まぶし過ぎるほど太陽は明るく照つてゐました。
中宮寺の春 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
麻川荘之介と云えば、その頃、葉子より年こそ二つ三つ上でしか無かったが、葉子にはかなりまぶしい様な小説道の大家であった。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
父の後ろについて、千種は控室の方へ歩を運んだが、いちいち出くはす視線を、まぶしさうに避けなければならぬ自分を寧ろみじめに思つた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
弥平は、頬骨ほおぼねの突き出た白髪の頭をお婆さん方へ寄せた。けれども、お婆さんは、まぶしそうに眼を開いたまま何も答えなかった。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼女は丁度ちょうど奥の窓から額際ひたいぎわに落ちるキラキラした朝の日光ひかげまぶしさうに眼をしかめながら、しきいのうへに爪立つまだつやうにして黒い外套がいとうを脱いだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
まぶしさうに仰向あをむいた。つきとき川浪かはなみうへ打傾うちかたむき、左右さいう薄雲うすぐもべては、おもふまゝにひかりげ、みづくだいて、十日とをかかげ澄渡すみわたる。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、中根なかね營庭えいていかがや眞晝まひる太陽たいやうまぶしさうに、相變あひかはらずひらべつたい、愚鈍ぐどんかほ軍曹ぐんそうはうけながらにやにやわらひをつづけてゐた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
まぶしいような電燈の灯影ほかげみなぎったところに、ちょうど入れ替え時なので、まだ二人三人のたちが身支度をして出たり入ったりしている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
……私はガバとね起きた。……そこいらを見まわしたが、ただ無暗むやみまぶしくて、ボ——ッと霞んでいるばかりで何も見えない。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
俺はまぶしいものを見るように、あの広告を見た。山野敏夫——という三号の活字が、さながら俺を嘲笑しているように感じた。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
海も——少くとも堡礁の内側の水だけは——トロリと翡翠ひすい色にまどろんでいるようだ。時々キラリとまぶしく陽を照返すだけで。
森島和作は、加納の住居のある閑静な邸町から電車通の往来に、電車通の往来から更に街路樹と街燈の並んでゐるまぶしい大通りに出てゐた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
建込たちこんだ家の屋根には一昨日おとといの雪がそのまま残っているので路地へさし込む寒月の光はまぶしいほどに明るく思われたのである。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこに燃えてゐる火と蝋燭との二重の光は、私の眼が、二時間もらされて來た暗闇くらやみに對象して、いきなり私をまぶしがらせた。
今なら女優というようなまぶしい粉黛ふんたいを凝らした島田夫人の美装は行人の眼を集中し、番町女王としての艶名は隠れなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
六十二 明るく又明るく東天は開けて日の出少し前に至ると、空の色が、いつもの天日を直接に見るが如く、まぶしくて見ていられぬに至った。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
「まあにぎやかなこつちやなあ、わしらは目鼻ほどに近うでも一年に一度も此所らにや来やせんがな……。」と老母は彼方あつちまぶしさうに眺めた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
が、蝶鳥てふとり几帳きちやうを立てた陰に、燈台の光をまぶしがりながら、男と二人むつびあふ時にも、嬉しいとは一夜も思はなかつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夕陽を正面から受けて、少しまぶしさうですが、いかにも開けツ放しな可愛らしい表情が、妙に錢形平次の心を動かします。
天心まで透き徹るかとばかり瑠璃るり色に冴えて……南極圏近くにありながら、陽光はそこからまぶしく亜熱帯地方のごとくにきらめいているのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
廓内の往来に出ると、暖かい黄色い灯の光に柿江はまぶしく取り巻かれていた。彼は慌てて袖の中を探った。財布はたしかに左の袖の底にあった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その頭上に、七月の太陽が、カアッと一面に反射して、すべては絢爛けんらんと光りかがやき、明るさとまぶしさに息づいているのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
十二月二十二日、冬日ざしがまぶしく照つてはゐるが、めつきりと寒くなつた日の午後、A君といふ、青年と中年の中間年輩の人が、用足しに来た。
冬至の南瓜 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
まぶしいイシカリの平原と、その時刻の光はあたかも平行に——ながい、とらえどころのない影を海に向って投げていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「ちょっといらっしてごらんなさいな。小さなふなかしらたくさんいますわ」と、藤さんはまぶしそうにこちらを見る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
境内を出ると、貸席が軒を並べている芝居裏の横丁だった。何か胸に痛いような薄暗さと思われた。前方に光がまぶしく横に流れていて、戎橋筋えびすばしすじだった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
そちら向けば朱の雲の燃ゆるかとまぶしき帯の立矢の字、裾のさばきが青畳に紅の波を打つて、トンと軽き足拍子毎に、チラリと見える足袋は殊更白かつた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「いや。一緒。丁度うまくお会ひ出来たんでね!」吉三郎は元気よく云つて、まぶし相に眼をしばたゝき乍ら呆然と傍に突つ立つてゐる裕佐の方を顧みた。
と、二川、僕の視線をまぶしそうに避けて、話したくない様子なのだ。仲直りをして早々そう/\、又気持を悪くさせてもいけないと思って、僕は直ぐ話題を変えた。
ドーリヤは伸子を抱きしめると、そのまま、あっさり伸子からはなれ、衣裳タンスの前へ行って、まぶしい光りを反射させている鏡へ自分の全身をうつした。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして球技場のまぶしい日照の下に、人知れず悩む思いを秘めた白衣のヒロインの姿が描出されるのである。
映画雑感(Ⅵ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
子供の折に眼をつぶっていてきゅうに開けたときの、ああいう明るいまぶしいものさえ感じられて参りました。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
良人は柄杓ひしゃくを持ったまま「へへ」と笑って、お島の顔を眺めていた。お島もまぶしい目をふいて笑っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
橋本と余と荷物とは、この広漠こうばくはたけの中を、トロに揺られながら、まぶしそうに動いた。トロは頑丈がんじょうな細長い涼み台に、鉄の車を着けたものと思えば差支さしつかえない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこへ立ち寄ると、平地に倒れた草が、ね返り、起きあがる所であった。鮮かな、まぶしい朝日が、藪の青葉の上にも、平地にも、緑色の草の上にも流れている。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
吉里は燭台しょくだい煌々こうこうたるかみまぶしそうにのぞいて、「何だか悲アしくなるよ」と、覚えず腮をえりに入れる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「東海道は砂が立たなくっていいが、風が吹かねえと随分暑いな」と、半七はまぶしそうに空をみあげた。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)