とく)” の例文
歌物語うたものがたりに何の癡言たはことと聞き流せし戀てふ魔に、さては吾れとくよりせられしかと、初めて悟りし今の刹那に、瀧口が心は如何いかなりしぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
時過じすぎかれははつとして、このゆめからめた。御米およね何時いつものとほ微笑びせうして枕元まくらもとかゞんでゐた。えたくろなかとく何處どこかへつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
こは富山唯継が住居すまひにて、その女客は宮が母なり。あるじとくに会社に出勤せし後にて、例刻にきたれる髪結の今方帰行かへりゆきて、まだその跡も掃かぬ程なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
出行いでゆきたり元より足も達者にて一日に四十里づつ歩行あるくめづらしき若者なれば程なく松の尾といふ宿迄しゆくまで來懸きかゝりしに最早とく日は暮て戌刻頃いつゝごろとも思ひしゆゑ夜道を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ひとたび歩を急にせんか、八田はとくに渠らを通り越し得たりしならん、あるいはことさらに歩をゆるうせんか、眼界の外に渠らを送遣し得たりしならん。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「殿には学問を好ませられ、多くの書物もご覧のことゆえ、宇治拾遺物語などはとくに承知でございましょうな?」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いかにも! すべて殿のめいでござる。いたるところにとくに手配してあるによって、安堵して追いつめられい!」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
笹屋とは飯山の町はづれにある飲食店、農夫の為に地酒を暖めるやうなうちで、老朽な敬之進が浮世を忘れる隠れ家といふことは、とくに丑松も承知して居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
も一朝一夕のゆゑに非らずサ、つひ石心木腸せきしんもくちやうなる井上与重の如きをして、物や思ふと問はしむる迄に至つたのだ、僕の如きはとくの昔から彼女をして義人を得
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その村長の名はニェルバ・タルボと言って誠に温順な人で、その妻君はとくかくれて二人の娘があるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
さア、これで宜しい、私が父親てゝおやなればとくに手打にして命はないのだから、手前の命は亡いものと心得ろ。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もう此家はとくに起きていると思われたからだ。私は其の時からこの家にはどういう人々が住んでいるだろうかと思った。私は直ちに生活に奮闘している人々だと考えた。
ある日の午後 (新字新仮名) / 小川未明(著)
く香の煙の煙立つ夕をとくも来れと待つ間、一字三礼妙典書写の功を積みしに、思ひ出づるも腹立たしや、たゞに朕が現世の事を破りしのみならず、また未来世の道をも妨ぐる人の振舞
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「狐を釣るにねずみ天麩羅てんぷらを用ふる由は、われ猟師かりうどつかへし故、とくよりその法は知りて、わなの掛け方も心得つれど、さてそのえばに供すべき、鼠のあらぬに逡巡ためらひぬ」ト、いひつつ天井を打眺うちなが
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
長い年月の間には、種々の事情の爲、先例そのものの精神がとくに失はれても、その形式だけを大事に守つて行く。支那人の習慣のうちには、名實隔離して、他國人から觀ると隨分奇妙なことが多い。
支那人の文弱と保守 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
起していては脳がとくに消えてくならなければならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
修善寺しゅぜんじが村の名でかねて寺の名であると云う事は、行かぬ前からとくに承知していた。しかしその寺で鐘の代りに太鼓をたたこうとはかつておもい至らなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じく舎弟の七郎にてそうろう、大塔宮様お迎えとして、とくよりここにて待ち受けたり! ……勿体なくも宮家に対し
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
久八はとくさつし何事も心切しんせつを盡し内々にて小遣錢こづかひぜに迄も與へかげになり日向ひなたになり心配してくれけるゆゑ久八が忠々まめ/\敷心にめでて千太郎は奉公に來し心にて辛抱しんばう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
外「お前のうちに百ぷく幽霊の掛物があるという事でとくより見たいと思って居たが、何卒どうぞ見せて下さい」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかるにとくより聞きつけたと覚しく、娘の立姿、こぼるるもみじの葉の中へ、はらりと出でて見ゆるや否や、床几を立って、うやうやしく帽子をくびすあたりまで、手とともにずッと垂れて
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とく時機ときの来よ此源太が返報しかへし仕様を見せて呉れむ、清吉ごとき卑劣けちな野郎の為た事に何似るべき歟、てうなで片耳殺ぎ取る如き下らぬ事を我が為うや、我が腹立は木片の火のぱつと燃え立ち直消ゆる
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
りながら何の御禮に及びませうぞそれ其處そこ水溜みづたまり此處には石がころげ有りと飽迄あくまでお安に安心させ何處どこ連行つれゆきばらさんかと心の内に目算しつゝ麹町をもとくすぎて初夜のかね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
帰る前に、実は本屋からも少しは前借はしたんだが、それはとくの昔に使ってしまったんだと自白した。寺尾の帰ったあとで、代助はああ云うのも一種の人格だと思った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、拙者代わりの品物を作り、本物とすり換えて本物の独楽は、とくより拙者所持しておる。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何がさて母君はとくに世に亡き御方おんかたなれば、出来ぬ相談と申すもの、とても出来ない相談の出来ようはずのなきことゆえ、いかなる鼻もこれには弱りて、しまいに泣寝入となるは必定ひつじょう
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
斯うやって父子おやこで度々遊びに来るのは宜しいが、多助も馬鹿でない男だから、とくよりおかしいと感附いて居るだろうが、来る度に厭な顔もしないで、旦那様くいらっしゃいました
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
帰る前に、実は本屋からも少しは前借はしたんだが、それはとくむかし使つかつて仕舞つたんだと自白した。寺尾の帰つたあとで、代助はあゝ云ふのも一種の人格だと思つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
目付の情をもって柔和に調べつかわすに、以てのほかの事を申す奴だ、とくに証拠あって取調べが届いてるぞ、最早のがれんぞ、兄弟共に今日こんにち物頭ものがしらへ預け置く、勘八其の方は不埓至極の奴
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もうとくに、余所よそれっきとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅きらは要らないが、山深く分入るのではない。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それはとくより承知でござる」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何事とは不埓ふらちな奴だ、汝がとくより我が召使國と不義姦通いたずらしているのみならず、明日みょうにち中川にて漁船りょうせんより我を突き落し、命を取った暁に、うま/\此の飯島の家を乗取のっとらんとの悪だくみ
自分はただ俯向うつむいていた。いつもの兄ならもうとくに手を出している時分であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桂木は切尖きっさき咽喉のどに、つるぎの峰からあはれなる顔を出して、うろ/\おうなを求めたが、其のことばに従はず、ことさらに死地しちいたを憎んだか、う影も形も見えず、推量と多くたがはず、家もゆかとくに消えて
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
澤田右衞門夫婦はとくに相果て、今は養子の代に相成ってる事ゆえ母の行方さえとんと分らず、むを得ず此処こゝに十日ばかし、彼処あすこに五日逗留いたし、彼方此方あちこちと心当りのところを尋ね
すべてが恐ろしい魔の支配する夢であった。七時過に彼ははっとして、この夢からめた。御米がいつもの通り微笑して枕元にかがんでいた。えた日は黒い世の中をとくにどこかへ追いやっていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また一座のうちに、下宿の二階に住んで六畳の半ばをおおう白熊の毛皮を敷いて、ぞろりと着流して坐りながら、下谷の地を操縦する、神機軍師朱武しゅぶあって、とくより秘計をめぐらし、兵を伏せて置いたれば
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母「はい、源次郎お國は私が手引をいたしましてとくに逃がしましたよ」